「お客様の中には、
 私たちにサービスをさせてくれない人が
 いらっしゃるのです」

サービスの神様は、そう、話をつづけました。

「ご自身でテキパキ、なんでも決められる。
 ご注文も。
 お水のお替わりの合図をワタクシどもにだされたり。
 お皿を下げるタイミングまで、
 全部、お客様自身でお決めになるお客様。
 レストランを使い慣れていらっしゃる方に、
 そういう傾向が強いのですけど、
 もったいないなぁと思うのです。

 ここはオマールエビのグリルがおいしんだよ‥‥と、
 したり顔でお連れの方におっしゃって、
 それを二人前ネと注文なさる。
 確かに当店のオススメ料理のひとつでもあるのですけど、
 今日はヒラメが身厚で新鮮。
 それをバターソテにして召し上がっていただければ、
 必ず満足していただける。
 何より、今日でなくては楽しむコトができない料理を
 知っているのにそれをオススメさせてくれない。
 もしどうしてもオマールエビを
 お召し上がりになりたければ、
 温かい前菜としてアメリケーヌソースで煮込んで
 パイの器に入れてお持ちいたしましょうか‥‥、と、
 メニューにはないご提案を
 させていただくことすらできる。

 私たちはお客様がお入りになれない
 厨房の中に入って仕事をするのです。
 今日の食材のコト。
 今日のソースの仕込みの状態。
 今日のシェフはちょっと不機嫌で、
 だから肉を焼かせたら威勢よく、おいしく作る。
 でもあんまり面倒くさい注文を出すと怒りだすぞ‥‥
 とか。
 まぁ、それは冗談ですけど、
 厨房の中のムードというか、
 調理人の働く様子をみていると
 今日おいしく食べられそうな料理が
 あたまの中に自然と浮かんで来るものなんです。

 あぁ、なのにそれをオススメさせていただけない」


レストランのサービスは4段階で
提供されると言われます。

まずスタートがお出迎え。
ご挨拶からはじまって、お荷物をお預かりしたり
お席にご案内したりという、
お食事の環境を整えて差し上げるコトが主な目的。

次に、ご注文をいただくという段階。
メニューをお渡しし、必要とあればご説明申し上げ、
注文をとる。

3段階目が料理の提供。

そしてお見送りという最後の段階で幕を下ろすという流れ。

中でも一番の腕の見せどころが
実は注文を取るという2段階目。
ご注文をいただきながら、
そのテーブルでくりひろげられるであろう
おいしい時間をイメージする。
例えばこの温かい前菜のご注文であれば、
冷たい前菜との間に
20分ほどの時間がかかってしまうであろう。
お急ぎのようであれば、別の前菜をオススメするか、
会話が弾みそうなお客様ならば、
そこでワインリストをお持ちして、
メインディッシュ用のワインのご説明をしてみようかと、
頭の中でサービスのストーリーを組み立てながら
注文をとる。
首尾よく注文をとりおえることができれば、
そこからはお客様のリズムにあわせて
料理を提供するばかり。

サービスの神様は続けます。

「オススメしてたのんで頂いた料理を提供するときには、
 その説明にも力が入ります。
 そのお料理のお皿を下げにいくときは、
 『いかがでしたか?』
 と自然にお声をかけることもできたりします。
 つまり、『注文をお受けする』というサービスは、
 お客様とわたくしどもとの
 コミュニケーションのはじまりなのだと
 思っていただけるととても助かる。
 だからどんどん、質問をしてもらいたいのです。
 クエスチョンこそが、よいサービスを引き出すキッカケ、
 鍵なのですネ。

 なのに、『知らない』と言えない人が多いのでしょう。
 なかなか質問をなさらない。
 知らないコトがまるで恥のように思われて、
 プロの知恵や経験を借りるコトをしないって
 もったいないと思いますよね。
 特にメニュー。
 文字だけのメニューではわかりにくいから、
 写真を入れてとおっしゃる方があまりに多い。
 たしかに写真があればどんな料理か一目瞭然。
 でもどんな料理かが食べる前から
 わかってしまっているなんて、
 タネを教わってから手品をみるようなもの。
 食材や料理方法が詳細に説明されて、
 料理自体のイメージが大体ついたとしても、
 どんなお皿でやってくるんだろう。
 どんな盛り付けなんだろうと想像するのも
 おいしく料理をたのしむ時間。
 イマジネーションをふくらませるお手伝いをするのが、
 私たち、サービススタッフの大切な仕事。
 私たちの言葉に耳を傾けていただけるお客様が
 ひとりで増えてくれればいいのに‥‥、と思いながら、
 日々、精進いたしております‥‥」


というような話を家族みんなで食事をしながらしていたら、
母がひと言。
恋愛も一緒なのかもしれないわよ‥‥、って。

私がまだ女学生だった頃ネ‥‥、
そりゃ、可愛かったのよ。
いろんな人が、君はカワイイ。
付き合ってくれっていいよってくる。
もてもてだったワケよね。
でも、みんな自分のコトしか言わないの。
映画を観にいこうよととか、
喫茶店にいきませんかとか
自分のしたいことを言う。
あなた達のお父さんはネ、今でこそ、
人前でしゃべることを仕事のようにしているけれど、
昔は寡黙で何を考えてるかわからないような人だった。
でも、笑顔がキレイでネ。
ボソリと聞くの。
今度のお休みに何をしたいですか? って。
私はしたいことがたくさんあった。
でもそのほとんどが、ひとりじゃできないコトで、
だから「何をしたいの?」と聞かれたときに、
あぁ、この人と一緒だったら
シアワセになるかもしれないなぁって思ったわけよ。
あら、惚気話になっちゃった。

と、そういう母に、父は、
「僕は質問をした上で、
 サービスしてあげているわけだから、
 そのサービスの神様とは逆の立場だと思うんだけど‥‥」
と。
あら、それでシアワセなんだかいいじゃないのと、
結局、みんなで笑って終えた。

そんな母と一緒に経験した、
ハッピー・ミスコミュニケーションの話を
来週いたしましょう。


2014-03-13-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN