海外で食事をするというのは、
スリルとサスペンスに満ち溢れたイベントです。
何しろ言葉が通じなくて当然です。
俄(にわか)仕込みの挨拶言葉や、料理の知識を駆使して、
なんとかメニューの内容を推察するのがオモシロく、
ときおり「なんじゃこりゃ!」ってみんなで顔を見合わせて
大笑いするような料理がでてきてしまう。
それもたのしい思い出になったりするのが
旅の醍醐味でしょう。

言葉がわかっても国によって異なる食文化や
食習慣まで理解するのはむつかしい。
厄介なことに、同じ言葉でも
違う意味になることがあったりもして、
思い通りにならないことがある。
母と一緒にイタリア旅行をしていたときに、
こんなコトがありました。


イタリアの街を歩くと、ステキなカフェによく出会う。
通りや広場に面した場所で、
街に溶けこむような風情がとてもステキで、
あぁ、あのテーブルに座ってみたいと心惹かれる。

ミラノでした。
人通りの多い広場に面したお店。
テラスのように張り出したオープンエアの客席があり、
その客席が建物の中へと続いてる。
表のテーブルは丸くて少々小さくて、
並んで座ると自然と肩と肩がふれあうようになる。
つまり、座った人を恋人同士にみせてくれるシアワセな席。

母が言います。
ねぇ、あなた。
どうせランチを食べるのだったら、
私を若い恋人を連れたマダムのように見せるあのテーブルに
付き合うのも悪く無いと思わなくって? と。
じゃぁ、当然、支払いはおかぁさんがするんだよね‥‥、
と言って笑って契約完了(笑)。
テーブルをひとつもらって座ります。

さて、何を食べましょうとメニューをもらう。
10種類ほどの飲み物と、サンドイッチが5種類ほど。
片言の英語をしゃべる陽気なウェイターがひとりいて、
コレ以外に何があるの? と聞くと、
ケーキとジェラートが何種類か揃ってる。
なんだったら、ケーキのサンプルを持ってきましょうか?
と聞いてくる。
そういうボクらの後ろから、
おいしそうなトマトソースの匂いがやってくるのです。
ふりかえると、屋内のテーブルでは
ナイフ・フォークを操り
優雅に食事する人たちの姿がみえる。

あら、温かい料理もあるんじゃないの‥‥、と母が言う。
メニューをお持ちいたしましょうかと、
ウェイターが手渡したメニューをみると、
前菜からパスタにメインディッシュにと、
いわゆる普通のレストランのランチメニュー。
あら、カルパッチョがあるじゃないの。
生ハムだとか、モツァレラチーズのカプレーゼ。
パスタやリゾットもおいしそうじゃない‥‥、
と料理の名前をひとつひとつ読み上げながら、
お腹がぐんぐんすいてくる。
結局、タコのカルパッチョを前菜としてシェアをして、
私はチーズソースのリゾットをもらうから、
あなたは好きなカツレツのミラネーゼを
貰えばいいじゃない‥‥、
と注文も決まってそれをウェイターに伝えます。
ナイスチョイス! と陽気にこたえて、
「どうぞあちらへ」と屋内の奥のテーブルに
ボクたちを案内しようとするのです。

「私たちはココでよろしくてよ‥‥」
と母は最初に座ったテラスのテーブルを動こうとしない。
だって建物の中に入ると街の空気を
感じることができなくなってしまうじゃない‥‥、
と母は断じて譲らない。
確かにボクもその通りだと、それでウェイター氏に
「ここでそれを食べたいんですけど」
というと、それからてんやわんやの大騒ぎ。
マネージャー然とした丸々と太ったヒゲのおじさんと
2人が話し始める。
ヒゲのおじさんが肩をすくめて、
厨房の中に飛び込んでいったかと思うと
シェフまで表にやってきて、もう大騒ぎ。
「おかぁさん、大変なことになってるみたいだよ」
っていうボクに、
「ココでよろしくてよじゃなくて、
 ココがいいのよって、あなた言い直してくださいませな」
と母は言う。
イタリアでそんなコトを伝えるコトができるような
語学力があるワケでなく、ボクはただただ両手を組んで、
祈るように彼らの方をみているだけ。


しばらくしてウェイター氏がやってきて、
それではお食事の準備をさせていただきますと
ボクたちのテーブルにテーブルクロスをひきはじめます。
確かにテラスの席のテーブルは
クロスをはらない木のテーブルトップがむき出しのモノ。
けれど屋内のテーブルには白いテーブルクロス、
そしてキャンドル。
さすがに表のテーブルは屋内に比べて明るく、
キャンドルは無し。
おそらくテーブルのサイズが小さく、
キャンドルを置くと料理が置けなくなるからに
違いありません。
そしてナイフフォークが運ばれ、並ぶ。
それがちょっと小さいのです。
食事用のモノではなくて、
どちらかと言えばケーキや
フルーツを食べるときによく使われる、
けれどズッシリ重たくて、鈍く光った銀製のモノ。
小さいテーブルに普通のナイフ・フォークは大袈裟で、
それにマダムの手にあわせて
小さなサイズのモノが良いのではないかと
これをお選びしました。
もし不都合であれば、普通のモノもお持ちしますが
いかがしましょう? と。

あら、気がきいてるじゃない‥‥。
なんだかワクワクしてきたわね、と母はよろこぶ。
そのワクワクはドキドキへ、
そして二度と味わうコトができない不思議なランチへと
一直線に向かっていくのでありました。

続きは来週。
ごきげんよう。


2014-03-20-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN