さて、ミラノの街角に溶けこむように
佇んでいたはずのボクたち。
料理がやってきたとき、
あぁ、これは大ごとに
なっちゃったのかもしれないなぁ‥‥、
と思いました。

それは一人用にはほどよきサイズのお皿でした。
透き通ったような白さがはっと目を引く磁器に、
濃い藍色と深い紅色で波打つ模様が描かれたお皿の上に、
ギッシリきれいに薄切りのタコ。
表面だけを炙ってあり、
見ると端がチリリとよじれたようになってる。
その薄切りのタコの切り身を通して
下のお皿に踊る絵が透けている。
ただそのタコはお皿の縁まで溢れ出し、
手でつかむ場所がどこにもないほどビッシリ。
だから両手でお皿の下を支えてそっと持ってくる。
2人分で2皿だから、給仕するのも当然2人で、
その皿を2つ置いたらもうテーブルはほぼ一杯。
かろうじてワイングラスと
ナイフ・フォークを置く場所だけ残る、にぎやかさ。

そしてボクらのテーブル担当のウェイター氏が
銀盆を片手にやってきます。
「タコそのものの塩味だけで作っております。
 お好みでオリーブオイルやレモン汁、
 ハーブやペッパを使って味を整えながら召し上がれ」と。
銀のトレーの上にはそれら調味料がズラリと並ぶ。
とは言え、それをテーブルの上に置く
スペースが無いのです。
どうするのかと思ったら、
彼がずっとボクらの間にたったまま。
生きたサイドテーブルとでもいいますか。
しかもオリーブオイルに手をのばそうとすると、
取りやすいように体の角度を変えてくれたり、
コリアンダーが足りなくなると、
大きな声で他のスタッフに持ってきてという。
自ら働くサイドテーブルをお供に、
ひと皿目を平らげながら、
「大変なコトになっちゃったね」
「申し訳ないわ」なんて、ボクらは恐縮。
けれど「Enjoy?」って声かけられると、
満面の笑みで「Yes, Yes」となっちゃうわけです。


それにしても不思議な景色だったでしょう‥‥。
最初にボクらのテーブルが
とんでも無いことになっているのに気づいたのは、
近くに座っていたおそらく現地の老夫婦。
テーブルクロスがひかれはじめた途端に、
建物の中をみながら「あら、どうしたの?」みたいな表情。
中が満席じゃないのに、なんでワザワザ、
お外で食事をするんでしょう‥‥、
みたいなコトを言っていたのに違いない。
でも、ボクらの横に調味料をもってウェイター氏が
凛々しく立ってサービスしはじめると、
老夫婦がニッコリしながら、カメラを出して、
パチリとボクらを撮るではないの。
そして「ボナペティ」といい、
ウェイター氏に何かをしゃべる。
早口のイタリア語がまるでわからず、キョトンとしてたら
「本当は私もココでしっかりとした料理を食べてみたいと
 ずっと思っていたのよって、おっしゃいました」と。

そしてメインのまずはリゾット。
フルーツ用の小さなボウルにスプーンですくって
3口、4口くらいでしょうか。
あら、小さい‥‥、という母に、
三度に分けてお持ちしますから‥‥、と。
なるほど。
外のテーブルは昼とはいっても涼しくて、
料理がすぐに冷めてしまうからなのでしょう。
まるでわんこリゾットネ‥‥、って笑いながらも、
心憎さに感心します。

母のリゾットの器が小さい分だけボクの、
ビステッカ用のお皿はほどよき大きさで、
ただ肉の大きさに比べて少々小さくて、かなりはみ出す。
だからボクがスゴく大食いのように見えるのでしょう‥‥、
広場を歩く人たちがニコニコしながら手をふってくる。
中には近づいてきて、骨の周りは手づかみで‥‥、
って両手で肉を掴んでかぶりつく仕草をしたり。
すっかり街の人気者(笑)。

都合2時間ほどの食事でしたか。
たしかにカフェの椅子は硬くて、
ずっと食事の姿勢をするのは大変で、
けれど言い出したのはボクらであります。
だから必死にやせ我慢。
料理はとてもおいしかった。
けれど料理の味以上に、お店の人が一生懸命、
ボクらのために工夫をしてくれたというのが
とてもウレシクて、
「ボクたちのためにありがとう」
と言うとニッコリ、こう答えます。

「お客様のためであると同時に、
 料理のためでもございました。
 それぞれの料理にはそれぞれふさわしい舞台があって、
 シェフが作るレストラン用の料理に
 ふさわしいテーブルクロスのある舞台だけは、
 守らなくちゃいけないだろうと、
 それがみんなの意見でした。
 料理を粗末に扱うと、
 それを召し上がるお客様を
 粗末に扱うことになりますから」

 カフェの料理はランチボックスに入れて
 持って帰るコトができるお料理。
 サンドイッチや折りたたんだピザ。
 フランス人が好きなステックフリッツだって、
 パンに挟めば手づかみで食べることができる
 料理でございましょう。
 気取って食べるより、
 ピクニックで食べてるみたいな
 陽気と気軽が似合うのですネ。
 あるいは広場に面した建物の、
 階段に座って膝にランチボックスをおいて
 たのしく食べられます。
 そんな料理しか、うちのカフェでは
 おいてありませんゆえ」

つまりカフェの椅子は階段のようなモノ。
カフェのテーブルは膝と同じようなモノ。
ボクらはそこにナイフ・フォークを並べて
食事をしたワケです。
それを知らずに、ボクらは何の気なしに
とんでもないリクエストを突きつけた。
もうその注文自体がココのルールに照らし合わせれば
滑稽で、でもその滑稽をバカにしないで
ショーのように仕立ててくれた。
お客様のいうことに、なるべくNoと言わないように。
けれど、自分たちの守るべきスタンダードは
犠牲にせぬよう、その折り合いをつけてもてなす。
それがプロの仕事なのでしょう。

  


チップを渡そうとするのだけれど、
断じて彼らは受け取らず
「テラスではチップをちょうだいしない
 決まりになっております」と、ニッコリするだけ。
ならばとボクらは、スプマンテ。
栓を抜こうとする手を制して、
ワタクシからのプレゼント‥‥、
と母がニッコリ、ウィンクしながらお代を渡す。

いい宣伝になりました‥‥、って。
シェフが出てきて、母のホッペにキスをした。

ミスコミュニケーションやミスアンダスタンディング。
レストランの中にはいつもそういう事件が転がってるけど、
プロの技量と経験で良い思い出に変えることができる
ステキを、いまだにたのしく思い出す。

さて来週です。
話題を「値段」の話にしましょう。
一体、何が飲食店の値段をきめているのでしょう。


2014-03-27-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN