商品ひとつひとつを試作して、原価を調べる。
肉や野菜に魚といったものから、調味料にいたるまで
使われる食材を合計したら、
それをもとにして売価を決める。
そうした作業を、多いお店では何百と。
少ないお店でも20商品とか30商品。
試作に計算、それから値付けと地味な作業を繰り返す。
その集大成が「メニューブック」と呼ばれるモノです。

お店に行ってメニューをみると、
それを作った人の性格がかいま見えるコトがある。
それぞれの商品の値付けをみると、
このシェフ、こういう性格なんだろうなぁ‥‥、
って想像できるのですネ。

普通ならば「時価」と表現したくなるような料理に
値段をシッカリつけてるメニューをみると、
この人多分、楽天的に違いない。
ほとんどの料理が同じような値段になっている、
おそらく大雑把な人が作ったんだろうって
メニューを使うお店があれば、
その反対に、ひとつひとつのメニューの値段が、
見事に全部違ってて、
慎重な性格の人が、シッカリ原価を計算したに違いないと
思ったりするお店もある。
実際、シェフにあって話をしてみたりすると、
その直感があたっていることが多くて
「名は体を表す」ならぬ
「値は性格を表す」のじゃないかと思ったりする。


ただ、几帳面な人が作るメニューは
値付けも几帳面というか、面白みに欠けて
なんだかつまらないメニューになることがあるのですネ。
例えば30%で原価を想定するとします。
几帳面な人は、ほとんどすべての料理を
30%前後で値付けをしてメニューを作る。
そうすれば、どの料理がどんな売れ方をしても
絶対、30%前後の原価で経営できることになる。
安全です。
経営に失敗することは理論上ない。
でもつまらない。
だって、そういう風に値段をつけられた料理って、
どんなお店にいっても
大体そういう値段で売られている料理でもあって、
驚きがないのです。

肉がおいしい、
が売り物のレストランがあったとしましょう。
塊のまま肉を焼いただけで提供できるグリル料理を、
目玉にしようとそれは50%位の原価設定で値段をつける。
けれど一方、端材のすじ肉やモツを煮込んだ煮込み料理は
手間はかかるけど原価はそれほどかからない。
15%くらいの原価で値段をつけてやろうか‥‥、
と、おいしい企みがメニューをたのしくさせるのですネ。
メニューを開いて、あぁ、
この料理は原価がかかった奉仕品だなぁ‥‥。
そう思って、そればかりを食べて満足するかというと
決してそんなことはなく、そういう目玉料理とは違った
魅力的な「儲けのための料理」を上手に作る腕と、
原価のかかった商品と儲かる商品をバランスよく、
オススメできる知恵とサービスが伴ってこそ、
よいシェフ。
そして、よい経営者。
成功するシェフに必要とされる経営センスでもあるのです。

経営センスも料理を作るセンスの一部で、
だからそういうお店に出会うとうれしくなっちゃう。
この店となら、長い付き合いができるだろうな‥‥、って。
けれど生真面目一方で、
そうした正しい企みをしないお店は不安になる。
おいしいんだけど、果たして長続きするんだろうか?
儲けるコトが下手なお店にかよっても、
おなじみさんになった頃につぶれてしまったら
勿体無いなぁ‥‥、って。


真面目なんだけど、ひとつひとつの料理に
値段をつけるのが下手な調理人。
企むコトが苦手で、儲け下手になっちゃうかもね
という人たちには、
コース料理をメインのお店にしたらどうです?
ってすすめます。

コース料理というのは、
料理、ひと品ひと品に値段をつけずに
商売をするというシステム。
当然、原価計算はする。
けれど、アミューズがいくら、前菜がいくらで
メインディッシュの値段はいくらというのではなく、
それらすべてをひと通り、食べていくらと値段をつける。
当然、中にはすごく原価をかけた料理もあるけれど、
つじつま合わせの原価がかかってはいないけれど、
魅力的な料理もまじる。

コースだけではとおっしゃる方のために
アラカルトのメニューも用意されていて、
その中にはコースの料理も含まれる。
それらの料理には当然値段がついていて、
それをコース分だけ合計すると
かなり高くなるように設定する。

お客様が好みの料理を選んでたのんでたのしむという、
自由を我慢するかわりに、
その日一番おいしいであろうオススメ料理を
値ごろな価格でたのしめる。
好みを聞いてさし上げる時には、
それだけお値段をちょうだいしましょうというのが
コース料理がメインのお店の価格政策。
結果、原価が安定するので、
失敗の確率がかなり下がっていくとうわけ。

経営的な面だけでなく、お店が仕組んだコース料理という
シナリオに沿って食事をすることで、
料理人の考える料理の世界をたのしめる。
味のバランスや量の加減も最適だというメリットもある。
グルメを自称する人の中には、
コース料理は料理を知らぬ素人のためのお目見え料理。
そんなモノをたのめるか‥‥、っていう人がいる。
調理人の中にも、
コース料理を見下す人がいたりもするけど、
以上のような意味合いでコース料理で
お客様をたのしませることができるお店は
健全な店と思うようにしています。
だから初めていったお店にコースが用意されていれば、
まずそれをたのんでためす。
しかも一番安いコースで十分お腹が満たされて、
そのお店ならではのムードや味をたのしめたらば、
おなじみさんになってやろうか‥‥、
と、次の訪問の準備をします。

だからしばらく、コース料理のコトを考え、
説明しようと思います。



2014-05-29-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN