034 超えてはならない一線のこと。その5
「いらっしゃいませ」を言い換えると?

アメリカのレストランは
心地よいサービスであふれていました。

当時の日本のレストランでよいサービスといえば、
シャキッと背筋を伸ばしたサービススタッフが
慇懃無礼に声をかけ、バカ丁寧な敬語でしゃべる。
「さようでございます」
「よろしゅうございます」
「お気に召しましたでしょうか?」などなど。
日常的ではない言葉遣いを連発し、
それがお客様の優越感をくすぐるのだと信じて
サービスを押し付けてくる。
しかもうやうやしくお辞儀をし、
優雅な動作でひたすらもてなす。

レストランを使い慣れていて、自信のあるお客様なら
そういうサービスを心地よいと思うかもしれない。
けれど、外食しなれていない人たち。
自分の立ち居振る舞いや、知識に自信のない人たちにとって
こうしたサービスは、
尊大にしてバカにされているように感じる。



かつての日本の飲食店は、プロを自負するお店の人が、
お客様をアマチュア扱いする場所だった。
本来、その場の主人であるはずのお客様と、
自ら下僕と呼ぶお店の人との立場が
逆転してしまっている場所でもあって、
だから外食産業の人たちは
それをなんとか本来の立場に変えようとしたのだけれど、
アメリカにいくと立場逆転どころの話ではなかったのです。

「こんにちは、今日は何人なのかしら?」
と、そんな具合にカジュアルにお店の人が近づいてくる。
「ワタシはスーザン」
そう言われると自然と
「ボクはロバート」と、
自分のファーストネームを伝えてしまう。
ちなみに、ボクのアメリカでのファーストネームが
なぜロバートか?
昔、お話したことがありましたか。



テーブルに案内されて、メニューをわたされ、
今日のおすすめを説明されて、それから料理が運ばれる。
そのあいだじゅう、サービススタッフは
ニコヤカに笑顔を絶やさずフレンドリーにサービスをする。
その一部始終をみて外食産業の人たちは、
良いサービスをするために
次のコトをしなくちゃいけないと思ったのです。

[1]接客用語じゃなく、
   日常的な言葉でサービスしなくちゃいけない。
[2]サービスは匿名のモノであってはならない。
[3]いつも笑顔でサービスできるよう
   笑顔のトレーニングをしなくちゃいけない。

という3つのポイント。

日本の人は律儀です。
こうだと思ったら一生懸命、それを守る努力をします。
ただ、この思い込みの中にはかなりの勘違いが混じってて、
それがその後、へんてこりんなサービスを
生み出してしまうことにもなった。



一時期、「いらっしゃいませ」と言わないことが、
接客用語をつかわぬ良いサービスの
第一歩と言われたコトがあったのですね。
だからみんなは一生懸命、
「いらっしゃいませ」以外の言葉を考えた。
こんにちは。
こんばんは。
どちらもあまりに日常的で、お客様には伝わらない。
苦労しました。
苦労のすえに「いらっしゃいませ、こんにちは」とか
「いらっしゃいませ、こんばんは」とかといった、
不思議な言葉を生み出した。

これはそもそも、英語に日本の飲食店で使われる意味での
「いらっしゃいませ」って言葉はない。
直訳すれば「Welcome」ってなるのでしょうけど、
アメリカのレストランで
「ウェルカム」なんていいはしないのです。
そんな面倒くさい言葉よりも、
彼らは「Good Afternoon」とか
「Good Evening」という言葉を選んだわけで、
それがすなわち、接客用語でもあったワケ。
日本にはかわりに「いらっしゃいませ」って
便利な言葉があるわけで、それを素直に使えばいいのに、
やっぱりそれでは接客用語に思えてしまう。
なんとかならぬかと、苦肉の策でその「Welcome」を
日本語に訳して「ようこそ」。
「ようこそ、デニーズへ」なんてお出迎えの言葉を創作。
大いに笑いの種をつくってくれたりしました。

さて二番目の「匿名ではないサービスをしましょう」
というムーブメント。
もっと恥ずかしいコトを平気でやっていた
チェーンがあった。
来週、お話いたしましょう。


2015-10-29-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN