035 超えてはならない一線のこと。その6
ファーストネームで自己紹介。

ココス(COCO'S)というチェーンストア。
日本にもあります。
その出身はカリフォルニア。
アメリカの中でも最も開放的で人懐っこく、
人を明るくもてなすことに定評のある
コーヒーショップレストラン。
日本でいうところの洋風ファミリーレストラン。

カリフォルニアではコミュニティーに溶け込んだ
チェーンストアとして有名でした。
例えばイチゴの季節になると、
お店の利用者が気持ちのいいサービスをするウェイトレスを
投票で選んで、Queen of strawberries
(ミス・イチゴ、とでも言いましょうか)を
各店毎に選出する。
そのミスイチゴになれるのは、
チアリーダーになるのと同じくらい、
彼の地の若い女性のあこがれ。
普段からサービスのいいことでも知られてた。



その評判に惹かれてでしょう。
日本のスーパーマーケットのチェーン店が
日本で展開する権利を取得。
その会社の本拠地でもあった茨城県で
最初、お店を次々作る。

1980年代の半ばには、流通企業やファッション業界と、
ありとあらゆる産業が外食産業への参入を
目論んだ時代でした。
日本の産業構造はこれからどんどん
サービス産業へと向かっていく。
そういう自由に乗り遅れぬよう、
お金を持った会社は海外との企業提携を好んでやった。
時間を買うことができるから‥‥、って。

それで、すべてを見事にコピーしたのです。
お店の形。
テーブルの大きさだったり椅子の高さに幅に奥行き。
厨房機器やインテリアの隅々に至るまで
アメリカの店をそのままコピー。
真似るならば徹底的に。
アレンジくわえずそのまま真似ろ。
それが当時の外食産業の鉄則で、
それにしたがい彼らもそのまま。
確かに開放的な店作り。
合理的なのに居心地の良い雰囲気や、
垢抜けしたカラーコーディネーションなどは、
日本離れした良さがあった。



ところが反面、いろいろ問題も起こしました。
まずテーブルや椅子が高くて、日本の人にはなじまない。
特に椅子の深い奥行きのため、腰が一向に落ち着かない。
せっかくのブース席なのにくつろげないねぇ‥‥、
とみんなに言われる。
言われはするけど、それがアメリカ流なんだからというと
それもそうかとみんなは納得をする。
アメリカ的がかっこ良かった時代のコトです。
厨房の中の設備もアメリカ人の体格に合わせたモノで、
だから包丁使っていても疲れる。
中には下駄を履いて
作業をしなくちゃいけないような人さえ出る始末。
ただ、当時は日本の調理器よりも
アメリカ製が数段、出来がよかったから、
それは我慢とみんな納得していたりした。

でも一つだけ。
こりゃダメだろう‥‥、ってモノマネがあったのですね。
それはウェイトレスの装い、ふるまい。
ちなみにココスのコスチューム。
かなり短いスカートと、
ウエストがキュッとしまったタイトなシャツに、
フリルの入ったエプロンと、
着る人の覚悟とスタイルを要求するようなモノでした。
だって、チアリーダーを目指せるような女の子たちが
好んで応募してくるお店。
当然、スタイルのいいウェイトレスに似合うような
ユニフォームになっていたのです。
それを日本で来る人たちは、平日の夜や週末でこそ、
高校生や大学生の女子アルバイト。
ところが平日の昼には主婦のパートがメイン。
今で言うところのアラフォーばかりか、
アラフィフ女子がミニスカートにタイトなシャツ。
しかも「いらっしゃいませ」とお出迎えして、
テーブルについたお客様に
自分の名前を告げてサービスをスタートする。
日本ではあまりとられていなかった
「テーブル担当制」というシステムも真似たのですね。
誰も責任をとらずに
ただただサービスしていた日本のサービス。
テーブルの担当者が責任をとる。
これもひとつの「非匿名性」の表現方法。
それはそれで良い試みだったのだけれど、
告げた名前が問題でした。



姓じゃなくって名前を告げた。
アメリカでは普通のコトです。
レストランにいって、そこで働いている
Susan Millerさんが告げる名前はMillerじゃなくて、
Susanで、出迎えられたボクが名乗る名前は
Sakakiではなく、必ずRobert。
そこまで真似て、
「このテーブルを担当いたします、ヒロコでございます」
と、ボクの母くらいの人が言って、お辞儀する。

こういうことが起こった時代がその時代。
匿名でないサービスをしよう。
そんな気持ちが起こした失敗。
ラストネームじゃなくて
ファーストネームでサービスをする。
その「フレンドリー」な人間関係が、
アメリカのよいサービスの秘密なんだと。

‥‥と、またひとつ。
日本人にとって難しい言葉がひとつやってきました。
「フレンドリー」とは?
次週につづきます。


2015-11-05-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN