038 超えてはならない一線のこと。その9
しゃがんで接客。

何事も、「過ぎる」というのは見苦しい。
過ぎること=良くないこととまではいわない。
たとえばサービス精神が旺盛過ぎて、
どんどん盛りがよくなって、
いつしか大盛りレストランとして有名になっていく
個人経営のお店があるとします。
原価のことばかり考えて、
どんどん商品が小さくなっていくチェーンストアに比べて
どちらがいいかといえば、
やっぱりサービス精神の過ぎるお店の方がいい。

けれど、「過ぎる」ということは
「粋じゃない」ってことに
分類されるんじゃないかと思うのですね。



サービスがいいに越したことはない。
けれど、「良すぎるサービス」はときにバカバカしくて、
不快なムードを作り出してしまうことがある。
例えば、最近、お客様からご注文をいただくときに、
しゃがみこむサービススタッフに出会うことがある。

椅子に座ったお客様に立ったままで話しかける。
あるいは話を聞くというこの位置関係が、
上からお客様を見下ろすからと、
敬遠する気持ちがしゃがませるのでしょう。
しゃがんで目線をお客様より下に保てば、
うやうやしい感じになるから‥‥、と、
そう思ってのコトなのだろうと思うのだけど、
レストランの正しいサービスという観点からみれば
これはかなり奇異。

従業員がしゃがんでお客様に接するべきシチュエーション。
次のような決め事があります。

まず、お客様が座敷に座っていらっしゃるとき。
座敷に座った人の横に立ち尽くしてあれこれするのは、
レストランでなくともやってはいけない作法。
だから、しゃがんで接客をする。

それからお子様と話をするとき。
目線をあわせるためにしゃがむ。

あるいは何かお叱りをちょうだいするとき。
それもしゃがんでいいときで、
それ以外のときはしゃがまず軽く体を前に倒して、
お客様の声を一生懸命聞いているという姿勢を保つ。
これが正しい接客姿勢。
なのにお客様を敬うためにしゃがみこむ。
海外の人は、一体何がおこったのか‥‥、
とビックリします。
説明するのが面倒だから、ボクはそれを
「忍者スタイルなんだ」と言ってお茶を濁すこともある。
ボクなんて、ボクはあなたにしゃがませるほど
お金を払っているわけじゃないし、
それほど偉い人でもないから、
どうかやめてくれませんかといいたくなっちゃう。



しゃがむ理由はなんでしょうか。まずひとつは、
日本において、お客様は絶対的に正しく偉いと
思い込んでいるふしがあるからでしょう。

飲食店で食事をして、
「ありがとう」と言わずに帰る人が増えてきています。
「ごちそうさま」と言わずにお店をあとにする人も数多く、
飲食店で従業員を教育する際、一番最初に
「お客様からありがとうと言われるように働きましょう」
「お客様からごちそうさまと言われる料理を作りましょう」
と教育をする。
けれど「ありがとう」とも
「ごちそうさま」とも言われぬ状況で、
どうやったら自分たちの仕事を評価すればいいのか、
戸惑う人も増えている。

だって、お金を払っているんだから、
ありがとうって言う必要はないでしょう。

それがありがとうとも、ごちそうさまとも言わずに
お店を出て行く人たちの理由のようで、それはおかしい。
お客様はお金を払う。
けれど、飲食店の人たちは、サービスを提供している。
どちらが上でどちらが下の関係ではなく、
両者はあくまで平等なんだと思うのですね。
でもお客様に面と向かってそういうことは言えないから、
叱られないようまずしゃがむ店が出てきた。
それでいろんなコトを許してもらおうとするのです。



それからもう一つの理由が多分、
こういうサービスをしてしまいがちな
お店を経営している人たち。
それはベンチャー系とか言われる若い人たちだけれど、
彼らが大好きなキャバクラの黒服サービスを
真似しちゃったのかもしれないなぁ‥‥、と。
ならばなおさら、こういう店で働く人も、
そのサービスを喜ぶ人も品がない。

ほどよきサービスの一線を超えてしまう、過剰なサービス。
それを生むのはそれを良いと思い込んでしまっている
未経験な人たちと、それを良いと思い込む、
神様気取りのお客様との
暗黙の了解なんだろうと思ったりする。

さぁ、来週。
お客様が超えてしまいがちの一線を紹介しましょう。
また来週。


2015-11-26-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN