039 超えてはならない一線のこと。その10目を合わせられないお客様。

お客様からの「ありがとう」の感謝の言葉が
飲食店のやりがいになる。
お客様からの「お叱りの言葉」を真摯に受け止めることで、
飲食店の料理やサービスは鍛え上げられ、良くなっていく。
お叱りの言葉をかけるお客様は、
お店に対して愛情と愛着のあるお客様。
二度と来たくないと思った人は、
思ったことを口に出さずに、笑顔で帰っていく人なんだ。
だからお客様からのお叱りの言葉を嫌わぬように。
もっといい店になってもらって
長いお付き合いをしたいと思っているから、
お客様はあなたを叱る。
だからこわがらないで、いつも謙虚に受け止めましょう。

そういいながら、飲食店の人を育てていくのですネ。
なぜなら飲食店は絶えず、
人からの評価にさらされ続ける産業で、
その評価を気にしてばかりいると
気持ちが哀しくなってしまう。
お客様からの評価を前向きに受け取る力を見つけること。
それが、飲食店のいいスタッフになる
大切な仕事のひとつとさえ言われるほどでもあるのです。

お客様からお叱りを頂戴するときには、
必ずお客様の目を見て対応いたしましょう。
お客様の目を見れば、愛情のあるお叱りなのか。
それとも怒りに任せたお叱りなのか、
その真意をくみとることができるから。
そのお叱りを聞いている、
あなた達の真摯な気持ちも伝わるから‥‥、
と、そうも教えます。
けれど最近、目を見ることができないお叱りが
あまりに多い。

インターネットにあふれる飲食店のさまざまな評価。
そこには、しっかり見つめてあやまるべき
「目」がないのです。
評価のほとんどすべてが匿名。
そしてアマチュア。

評論家や評価のプロのいうコトよりも、
自分たちと同じ立場のアマチュアが語る内容の方が
信ぴょう性が高いと思う風潮が、
それら評価サイトをにぎわしている。
それらすべてが悪いというわけではないのです。
ボクもみます。
勉強になったり、参考にしたりすることがある。
けれど中には、素人ならではの見当違いからの、
お店にとって可哀想な評価があったりもするのです。



香川県のうどん屋さんで修行を重ねた人が独立。
東京にお店を作るというので、
話題になったお店があります。
話題が話題を呼んで、開店と同時に人気を博し、
当然のようにインターネットの
評価サイトへの書き込みが増えていく。
多くは好意的な意見だったのが、
とあるコメントで一変します。

讃岐うどんはもっと歯ごたえのあるうどんのはずなのに、
ココのうどんは歯ごたえが足りないと思いました。
これで本当に、香川県のうどん屋さんで
修行したんだろうかって思いました。
私は嫌いです。

という、レビューでした。
それをキッカケに確かに固くない。
もっと歯ごたえがあると思ってきたのに、
期待はずれといった評価がどんどん増える。
店主は大いに悩みます。

それというも讃岐のうどん。
決して歯ごたえがあるわけじゃないのですね。
コシはある。
けれど全体的にやわらかで、
パスタのアルデンテのように芯があるわけじゃないのです。
現地の人は、うどんを噛まずに飲み込むほど。
讃岐うどんに歯ごたえなんか必要はない‥‥、はずなのに。
それでは特徴が出ないからと、
いやらしいほどの歯ごたえを出したうどんを
「讃岐風」と言い張るお店がたくさん出来て、
だから本当の讃岐うどんを売る店が、
あれは讃岐うどんじゃないと言われる不思議。

それを店主はその事実を評価サイトで
弁明しようかと思ったのです。
けれど、相手は匿名です。
その人だけに伝えることはむつかしく、
もし公に釈明すると、
「こんな固くないうどんは讃岐うどんじゃない」
と言ってしまった人に恥をかかせることになってしまう。
悩みます。
悩んだあげく、彼らの見当違いの評価に
身を任せることになってしまう。
のちに、本当に讃岐うどんらしいなめらかな麺が好きな
この店のおなじみさんたちから、
讃岐うどんは歯ごたえのあるうどんじゃない。
歯ごたえとコシは違うんだから‥‥、
というようなレビューが続々投下され、
ひとときそこのサイトは炎上。
評価サイトそのものがなくなってしまう、
というようなコトが起こってしまった。



お客様は神様だから、何を言ってもいいんだと、
そういう人が沢山います。

たしかにお客様があっての飲食店ではある。
けれどボクは、こんな言葉を思い出す。
「健全な精神は健全な身体に宿る」。
スポーツマンに悪人なし‥‥、みたいな意味で使われる、
甲子園とか駅伝だとかで使い尽くされた言葉ではある。
ローマ時代の風刺詩人、
デキムス・ユニウス・ユウェナリスの
有名な言葉を翻訳したもので、
けれど本当の訳はちょっと違う。
本来の意味は実は、
「健全な魂は健全な肉体に宿れかし」。
健全な魂が健全な肉体に宿ってくれればいいのだけれど、
なかなかそれはむつかしい。
まさに、風刺詩人ならではの、ひねりのきいた内容となる。

そして「お客様は神様」という言葉。
今の世の中では、「お客様は神様であれかし」
といった方がよいかもしれない。

神様とは、あまねく、慈悲深い存在であるはずで、
それであってくれればいけど、
なかなかそうともいえないなぁ‥‥。
お客様は人としての一線を超えてはならない。

さて来週。
そんな評価サイトとボクは
「お客様」としてこういう具合に付き合っている。
そういう話をいたしましょう。


2015-12-03-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN