そんなとき。
父の友人からイチゴが届く。
弱気なところを人に見せるのが嫌いな父は、
この深刻な状況を誰にも言っていなかったので、
そのイチゴはただただ普通の歳暮を兼ねた
お見舞いだったのでありましょう。
「キレイなイチゴが届いたわよ」
そう言う母に、
「最近の果物はみんな、過ぎているからオレは嫌いだ」。
長い病院生活で、憎まれ口が達者になった父ではあった。
だから次々、悪口を言います。
甘すぎる。
やわらかすぎる。
みずみずしすぎる。
どれもがみんなおいしすぎてオレは嫌いだ。
昔のほどよいイチゴを食べたい。
そう言う父に、母は大きなイチゴを一個お皿にのせて、
父の目の前にそっと差し出す。
ぼんやりしていた父の目が、急に輝きイチゴを見つめる。
「うつくしいな」と言いながら、手を伸ばす父。
食べやすいように切り分けましょうねと言う母を制して、
そのまま食べたいと。
ヘタをつまんでユックリ口に運んでパクリ。
ユックリ、ユックリ。
噛みしめるようにイチゴを食べる父。
当社の農園の片隅で、家族で食べる分だけ、
昔ながらのやり方で作ったイチゴが、
思いがけずも沢山収穫できました。
甘みも酸味もほどほどで、
最近の人たちの好みに合わぬイチゴなので、
出荷してもなかなかいい値がつきません。
賞味期限も短く、すぐにダメになってしまうので
もしお口に合わないようでしたら、
すぐにジャムにでも炊いてください。
‥‥、って書いてあるわよと、
母は手紙を読みながら父をみたらば、
大きな一個をペロリと食べて
父がニコニコしているコトにびっくりします。
そして一言。
過ぎることがないいいイチゴだった。
今まで食べたイチゴの中で、一番おいしいイチゴでした、
ありがとうと、送ってくれた人に伝えておくように‥‥、と。
それから父はパタリと何も食べなくなって、
三週間後に遠い世界に旅だった。
過ぎることがないおいしいモノ。
昔は当たり前だったのに、
今では当たり前でなくなったモノ。
さてまた来週。ニッコリと。
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