043 超えてはならない一線のこと。その14過ぎることがないおいしいモノ。

私事ながら、父が先日、みまかりました。
一年ほどの闘病生活の末、苦しむこともなく、
おだやかに眠るように息をひきとる大往生。

闘病のきっかけは、たまたま検査入院をしていた院内で、
階段を駆け降り転んでしまったコトでした。
透析治療を終えて、腹ペコだった。
エレベーターでフロア移動をするようにと
お医者様からきつい指導を受けていたにもかかわらず、
エレベーターが食堂からは遠いからと、一番近い移動動線、
階段を選んで駆け降りた。
最後の数段のところで足を踏み外し、
顔からストンと落ちたんです。
男前を自認していた父のコト。
顔を打ち付けて傷がついたら台無しだ‥‥、と、
それで顎を思いっきり上げたのですね。
それが結果、脊椎損傷。
ほぼ寝たきりの晩年でした。



脊椎を痛めると、喉の機能が著しく衰える。
だから好きなモノを食べられなくなる。
それまでも循環器系が傷んでいたので、
厳しい食餌制限を受けていたのだけれど、
みずみずしいものや、咀嚼しなくてはならないものは
なるべく食べぬようにというお達し。
だからやわらかい食べ物がメインの食事。
固いものはすりつぶして、
スプーンですくって食べられるようにして食べていた。

食事をするというより、
栄養を摂取するような生活が半年以上。
足が不自由になっても、食事が待っていると思うと
思わず駆け足になってしまうほど、
食べることに貪欲だった人です。
だから自分が食べたいものを食べられないというのは
とてもつらい。
それでも生きるために、
病院が用意した食事をいやと言わずに食べていた。

一週間に一度。
母が作った、食べやすい料理を
ほんのちょっとだけ食べることができて、
その日はいつもより自然と朝、早く目がさめるんだ‥‥、
と言っていた。

何を作ってきましょうか‥‥、と聞く母に、
答えは卵焼きだったり、オムレツだったり、
卵サラダを挟んだサンドイッチだったりと、
そのほとんどが卵からみで、
男の人はいくつになっても子供みたいねと、
沢山作って叱られる母。
それも去年の秋が終わる頃から、
父の食欲がすっかり失せて、食べなくなった。
点滴治療がはじまります。

人の生命力と、近代医学の力とはすばらしいもので、
父の血色がみるみるうちによくなって、
体の状態を示す数値も良くなっていく。
あぁ、まだまだがんばってくれるかなぁ‥‥。
一週間に一度の母の手作りの料理に限って、
再び食べることができるようにもなって、
家族みんな、ホッとしました。
けれど。
化学治療というものは、体を持たせることはできても、
心までもを力づけることはできないのでしょうね。
師走にはいると急に体力が衰えはじめる。
母が作った料理も食べる気持ちが沸いてこなくなります。



そんなとき。
父の友人からイチゴが届く。
弱気なところを人に見せるのが嫌いな父は、
この深刻な状況を誰にも言っていなかったので、
そのイチゴはただただ普通の歳暮を兼ねた
お見舞いだったのでありましょう。

「キレイなイチゴが届いたわよ」
そう言う母に、
「最近の果物はみんな、過ぎているからオレは嫌いだ」。
長い病院生活で、憎まれ口が達者になった父ではあった。
だから次々、悪口を言います。

甘すぎる。
やわらかすぎる。
みずみずしすぎる。
どれもがみんなおいしすぎてオレは嫌いだ。
昔のほどよいイチゴを食べたい。

そう言う父に、母は大きなイチゴを一個お皿にのせて、
父の目の前にそっと差し出す。
ぼんやりしていた父の目が、急に輝きイチゴを見つめる。
「うつくしいな」と言いながら、手を伸ばす父。
食べやすいように切り分けましょうねと言う母を制して、
そのまま食べたいと。
ヘタをつまんでユックリ口に運んでパクリ。
ユックリ、ユックリ。
噛みしめるようにイチゴを食べる父。

当社の農園の片隅で、家族で食べる分だけ、
昔ながらのやり方で作ったイチゴが、
思いがけずも沢山収穫できました。
甘みも酸味もほどほどで、
最近の人たちの好みに合わぬイチゴなので、
出荷してもなかなかいい値がつきません。
賞味期限も短く、すぐにダメになってしまうので
もしお口に合わないようでしたら、
すぐにジャムにでも炊いてください。

‥‥、って書いてあるわよと、
母は手紙を読みながら父をみたらば、
大きな一個をペロリと食べて
父がニコニコしているコトにびっくりします。

そして一言。
過ぎることがないいいイチゴだった。
今まで食べたイチゴの中で、一番おいしいイチゴでした、
ありがとうと、送ってくれた人に伝えておくように‥‥、と。

それから父はパタリと何も食べなくなって、
三週間後に遠い世界に旅だった。

過ぎることがないおいしいモノ。
昔は当たり前だったのに、
今では当たり前でなくなったモノ。
さてまた来週。ニッコリと。


サカキシンイチロウさん
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『博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか
 半径1時間30分のビジネスモデル』

発行年月:2015.12
出版社:ぴあ
サイズ:19cm/205p
ISBN:978-4-8356-2869-1
著者:サカキシンイチロウ
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「世界中のうまいものが東京には集まっているのに、
 どうして博多うどんのお店が東京にはないんだろう?
 いや、あることにはあるけど、少し違うのだ、
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福岡一のソウルフードでありながら、
なぜか全国的には無名であり、
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「うどん平」「因幡うどん」などを食べ歩き、
なおかつ「牧のうどん」の工場に密着。
博多うどんの素晴らしさ、
東京出店をせずに福岡にとどまる理由、
そして、これまでの1000店以上の新規開店を
手がけてきた知識を総動員して
博多うどん東京進出シミュレーションを敢行!
その結末とは?
グルメ本でもあり、ビジネス本でもある
一冊となりました。






2016-01-21-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN