第2回 試練は、ごほうび。第2回 試練は、ごほうび。

糸井
褒められると、どうしても疑っちゃう(笑)。
宮沢
そうですねぇ(笑)、
でも、たまにラクになりたいときはありますよ。
自信をもって、
「ねー! いいでしょーー!」って言ってみたい。
けど、ぜったい言えないんだろうな。
糸井
りえちゃんが、いろいろやっている中で
その屈託のなさが出てるのは「絵」と「字」だよね。
宮沢
ああー、そうですね。
それはそうかも。
糸井
屈託ないよー。
宮沢
あははは。
糸井
まあ、この対談にこの話を混ぜるのは
ちがうのかもしれないんだけど、
お母さんが亡くなりましたという報告の紙の
「宮沢りえ」というサインがね、
漫画っぽかったんだもん。
ああ、いいなと思ったんです。
喪服を着ている文章のはずなのに、
屈託のない文字で「宮沢りえ」と書いてあって、
あれを見たときに、
この子やっぱりこういう子だと思った。
宮沢
そうですね。
なんでしょう‥‥
母親を失った悲しみはあるんですけど、
でも、そこで得たものもすごく大きくって。
なくすことで、
すごいものを得ているような‥‥。
うまくいえないのですが、空虚感はないんです。
なんかこう、
いろんなものを
埋めていってくれた気がしてならなくて。
糸井
お芝居の真っ最中でしたよね。
宮沢
そうです。
糸井
ものすごいことです。
宮沢
亡くなってからみなさんに報告するまでに、
2回の公演をしました。
自分だけがそのことを知っていて、
共演の方も、お客さんも知らない状態で
2回公演をやりました。
‥‥あのときの、
あの時間の流れ方って、
一生で一回しか経験できないんだろうな‥‥って。
それは悲しみを隠すということではなく、
悲しみを持ちながらいつも通りにいる、という。
これは芝居をしていく上で、
ものすごい勉強になっていると思いました。
なんだか、不謹慎なのですが。
糸井
いやいや、わかる気がする。
すごい悲しみの当事者になりながら、
同時にひとつ、客観的な目があるわけでしょ。
宮沢
そうなんです。
糸井
また、その日の舞台を
うちのひと(樋口可南子さん)が
観に行ってたんですよね。
宮沢
はい。
まさにその日に。
糸井
カーテンコールで何かを予感して
楽屋に行ったというのがおかしくってさ。
宮沢
そーなんです!
いつもは楽屋にいらっしゃらないのに。
糸井
いかない、いかない(笑)。
宮沢
いつもあとでメールをくださるんですけど、
あの日は「なんか来ちゃった」とおっしゃって。
糸井
そういう勘はいいんだよ。
宮沢
‥‥プロデューサーの方が、
いつ母が来てもいいようにと、
ずっと空席をひとつ
つくっていてくださったんですね。
糸井
うん。
宮沢
それで、あの日‥‥
カーテンコールのとき、
ぽつんと空いているその椅子を見たときに、
どうしてもあふれるものがあって‥‥。
わたしのその瞬間を見た可南子さんが、
楽屋に来てくださった。
糸井
胸騒ぎがしたって言ってました。
宮沢
共演の方にもお話してなかったんですが、
もう、この人には言ってしまおう、と。
糸井
おそらく、なんだろう‥‥
抱き合うくらいの感じだったんだろうなって、
そんな気がしましたよ。
宮沢
抱き合いました。
糸井
やっぱりね。
宮沢
しかもギュッと抱き合いました。
糸井
そういうことする人たちじゃないじゃない(笑)。
宮沢
ね(笑)。
糸井
冷たいよ? あの人。うちにいるときは。
一同
(笑)
宮沢
あの日は‥‥そうですねぇ‥‥
漠然とした言い方ですけど、
もうひとり、自分が生まれた感じでした。
糸井
うん。
あのね、40になると男って厄年なんですよ。
その頃にろくでもないことが起きるに違いないと
みんな覚悟するわけ。
たとえば火事にあったとか
病気になったりとか、けっこうあるのよ。
それがほんとに起きてることも知ってるわけ。
自分には何がくるんだろうって、
みんなドキドキしながら厄払いしたりしてるの。
で、ぼくはね、
そのときにどうだったかというと、
「来るなら来い!」という気持ちがあったんです。
宮沢
ああー。
糸井
「来てみろ!」と。
宮沢
最近、よく言っていることなんですけど‥‥。
わたし、試練はごほうびだと思ってるんです。
糸井
あ(ポンと手をたたき)、
それそれ、それです。
宮沢
苦難は経験したくないかもしれないけれど、
じゃあ、まったく経験しないで
50歳になったひとと、
経験して50歳になったひととだったら、
おもしろい話がちゃんとできるのは、やっぱり‥‥。
糸井
そういうことだよね。
宮沢
「知っている」ということ。
苦しみとか悲しみを知っている人のほうが、
豊かな気がするんです。
糸井
うん。

(つづきます)

2014-11-05-WED

©2014「紙の月」製作委員会

宮沢りえさん主演映画のおしらせ「紙の月」

直木賞作家・角田光代さんのベストセラー小説、
『紙の月』を宮沢りえさん主演で映画化。
11月15日(土)より全国ロードショーされます。