『さよなら群青』の色と匂いをほぼ日で  さそうあきら×糸井重里
第5回 薄皮一枚の生命の「色」。
糸井 そういえば、さそうさんは、
早稲田の漫画研究会出身なんですよね?
さそう ええ、そうです。
糸井 早稲田の漫研といえば、
東海林さだおさん、園山俊二さん。
編集の
かた
やくみつるさん、堀井憲一郎さんもそうです。
糸井 へぇ〜、そうでしたか。
マンガはいつごろから描きはじめたんですか?
さそう ぼくは、本当に大学に入ってからなんです。
糸井 え? じゃあ高校のときに、
マンガはひとつも描いてないんですか?
さそう そうですね。
学校の先生の似顔絵が好きだったくらいで。
編集の
かた
それは、ラクガキですね(笑)。
さそう ラクガキです。
糸井 美術の成績がいい
っていうようなことは?
さそう うーん‥‥美術は3くらいでした。
糸井 3っていうのは、
どちらかというとよくないですよね?(笑)
さそう はい。
糸井 せめて4はほしかった(笑)。
さそう (笑)
糸井 いや、でも、
こんなにドキドキする絵を
描いているわけですからねえ。
「生き物っ気」を感じる絵を。
さそう 「生き物っ気」ですか。
糸井 動物の気配というか‥‥。
今、そうとう、
みんなが飢えていると思うんですよ、
その「生き物っ気」に。
なんていうんだろう‥‥
たとえば「商品」が「生き物っ気」を持つと、
不潔な感じになったりするから
ふつうは敬遠されますよね。
でも、本当はだれもが求めているんです。
わがままな「生き物っ気」とか、
ちょっと汚れている「生き物っ気」に。
さそう なるほど。
糸井 『さよなら群青』を読んで、
やっぱりその「生き物っ気」が、
おもしろかったんです。
このドキドキさせる感じは、
作者はどういうふうに描いてるんだろうって。
さそう ああ‥‥。
多分それはきっと、
言葉的なことよりは、絵なんでしょうね。
糸井 うん、絵は大きいと思います。
これがなんとも‥‥
本人は何気なく描いてると思うんですけど、
たとえばここ(ページを指さし)、
冷たい海の中に海女さんがいますよね。
その海女さんの、ほっぺたのところに、
シャシャシャシャッとこう、
アミ線を入れてますよね。
これは「ちょっと寒い」をあらわすくらいの
赤さなんですよね、きっと。
さそう うーん‥‥。
糸井 そう、ですよね?
さそう まぁ、そうとも言えます(笑)。
糸井 いつもの線よりちょっと太いでしょ?
さそう いや‥‥いつもと同じじゃないかと。
糸井 ええー?
あ、でもほらほら、
ここ(ページを指さし)はもっと太い。
さそう ここですか‥‥。
糸井 強いんですよ、この辺は。
で、こっちはほら、淡いじゃないですか。
なのにこっちはほっぺがすこし‥‥
って、おれは描いたご本人に向かって
なんでこんな説明をしてるんだ(笑)。
編集の
かた
(笑)
さそう でも、言われてみればそんな感じが。
糸井 でしょ?
さそう たしかにちょっと。
糸井 ね?
さそう はい(笑)。
糸井 つまり、文体なんて無意識ですから。
さそう ええ。
糸井 だから、その都度なんでしょうね、
ほっぺたのほんのり具合なんていうのは。
やっぱり、なんていうんだろうな‥‥
生命が、薄皮一枚でいるみたいにさ。
それを感じるのは、言葉じゃないんですよ。
さそう そうですね。
糸井 ぼくは昔から女子高生が、冬にね、
肌を赤くして急いでる姿が大好きなんですよ。
さそう (笑)
糸井 このマンガそのものが、そうなんです。
皮膚が薄い。
薄い皮膚を透けて血管が流れてるっていうか、
血が流れてるっていうか。
全体がそういうマンガなんですよ。
さそう ああ(ページを見ながら)‥‥
ここだけちょっと唇が赤い感じですね。
糸井 唇、赤いです。
無意識にそうしてるんですよね。
これはね、いいセリフのときに、
とくに強調されています。
「海があんまりきれいで見とれとった」
っていうようなね、
こんなキザなセリフは
そのまんまシレッとは言えないですよ。
さそう ぼくの照れなのでしょうか。
糸井 うーん。
この薄皮一枚下の命が言わせてるんですよ。
‥‥って、ほんとにこれは、
漫研の会話じゃないか!
編集の
かた
(笑)
糸井 まずいなぁ〜(笑)。
さそう (笑)
糸井 いや、でも、あのほら、西原理恵子さん。
西原さんの場合は、
皮膚をどかーんと厚くして、
からだじゅうにタコができるぐらいの
ものすごい太い線でガツガツと、
「心なんかない!」っていう状況を描くんです。
さそう はい。
糸井 で、「漁師町のお金は魚の匂いがする」
みたいなことを、
絵だけじゃなくて言葉でもぶつけてきて、
もう、一気に描くわけですよね。
女性がそっちを描いてさ、
男性のさそうさんが「薄皮一枚」を描いてる。
おもしろいなぁと思って‥‥。
編集の
かた
かんぜんに漫研の会話です。
糸井 ああ〜(笑)。
いやだなぁ、まいったな、これは。
しかも描いた本人を前にして、
おれ、弱ったな(笑)。
  (つづきます)
2010-04-23-FRI
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