糸井 | 最近は若い人も 『島耕作』を読んでいるのがおもしろくて。 |
弘兼 | 僕がちょっとビックリしたのは、 『学生 島耕作』だって、 舞台は50年前の大学ですし、 興味ある人なんているのかなと思っていたんです。 でも、意外なことに若い担当編集者でも 「え、その時代はこうだったんだ」という感じで 喜んで読むんです。 |
糸井 | 彼らからしたら、親の世代でしょう。 |
弘兼 | ええ、親よりも上くらいです。 |
糸井 | 若い子がなぜ島耕作を読んでいるかという話、 僕も聞きたいんです。 ここにいる、うちのスタッフも読んでいるんですよ。 (ほぼ日乗組員を見て) いつ『島耕作』を知ったの? |
(ほぼ日乗組員) | 僕は大学4年生のときに 自動車教習所へ通っていて、そこに‥‥ |
弘兼 | あ、置いてあったんだ(笑)。 |
(ほぼ日乗組員) | はい。それで、 教習所では待ち時間があったので 「課長」の第1巻から全部読んで‥‥ |
弘兼 | 自動車教習所に置こう、これから。 タダで全部置いておく。 |
糸井 | ねえ。学生が来るに決まってるし。 |
弘兼 | そうそうそう。 『学生 島耕作』を 全国の自動車教習所に2冊ずつ配本する。 |
糸井 | (笑) |
弘兼 | うちの近くの整骨院にも 僕、いつも『島耕作』を置いていたんですよ。 |
糸井 | ご自分で? |
弘兼 | はい。自分が足を骨折したときに発見したんです。 診察を待っている間は みんな漫画を読んでるなって(笑)。 それで、出版社から新しいものが送られてくるたびに 何冊か持っていってました。 でも、教習所は思いつかなかったです。 アリですね。 |
糸井 | (ほぼ日乗組員を見て) どういうところがおもしろい? |
(ほぼ日乗組員) | なんか‥‥僕が生まれる前の話なんです。 |
弘兼 | でしょうね。 |
(ほぼ日乗組員) | 僕は1987年生まれなので、 生まれる前なんですけど、 「あ、バブルってこうなんだ」みたいな。 しかも「課長」のころって、 ラブアフェアがすごいじゃないですか。 「ああ、大人っていいなあ」 みたいなことを思いながら。 |
糸井 | うらやましいですよねえ。 |
(ほぼ日乗組員) | それから、だんだん情報が新しくなってきて リアルになっていくのがおもしろくて。 「自分でも知ってるような話が出てきたな」とか、 「ニャッコって宇多田ヒカルを モデルにしてるのかな」とか‥‥ |
弘兼 | ああ、その通りでございます。 ありがとうございます。 |
▲ニャッコは宇多田ヒカルがモデル!? (「部長」編 STEP80より) |
|
糸井 | そうか。 類推するところまで含めて楽しめるもんね。 ちょっと女性にも聞いてみよう。 (ほぼ日乗組員を見て) 『島耕作』の エロティックな部分についてはいかがですか。 |
(ほぼ日乗組員) | うーん、 私はよく新幹線とかで読んでましたので、 そういうシーンはちょっと‥‥ |
糸井 | (笑) |
弘兼 | ああ、そうか。隣りに座ったオッサンが、 「なんでこんなエロイの読んでんだよ」 みたいなね。 |
(ほぼ日乗組員) | あと「何を参考にしてこんなリアルに」 という気持ちはずっとありましたね(笑)。 |
弘兼 | ああ。それは、 聞いた話と実体験とが混じってます(笑)。 『課長 島耕作』は銀座が舞台だったんですけど、 ママの話もホステスさんの愚痴も 全部ネタにしてましたね。 当時は作家1人に編集者が4、5人ついて、 毎晩、銀座の高い店をハシゴしていたんですよ。 バブルってそういう時代で、 それだけ出版社が儲かっていたんですね。 |
糸井 | あのころの銀座は、 そういう場所でしたね。 |
弘兼 | ええ、漫画家もしょっちゅう行ってましたが、 もう誰も行かなくなって、 いまは銀座に若い人が多いんです。 それも、IT系の方ばかり。 |
糸井 | ああ、そうか。 |
弘兼 | IT業界って、常識では考えられない額を 稼ぐ人がどんどん増えたじゃないですか。 で、100億、200億の資産を持った 若い連中がバンバン、ロマネコンティを開けたりする。 これまでとはまた違う変なバブルですね。 でも、その中に相変わらず 作家の北方謙三さんはいるんです。 「まだいるじゃない、北方さん」って(笑)。 |
糸井 | そこまで含めて作品ですね、もう。 それで、弘兼さんご自身の 楽しみというのは‥‥ |
弘兼 | まあ、ずっと忙しいんで、 なかなか自分の時間もとれないんですよ。 でも、ときどき、どうしてもダメなときは 編集部に電話でお願いしたりしてます。 「16ページのところを 12ページにしてください‥‥」って。 |
糸井 | 減ったページ分だけでも助かるわけですか。 |
弘兼 | 助かるんです。 4ページ短いと、どれだけ助かるか! |
糸井 | ‥‥すごい切実な。 なんかこう、陰毛の描き方がどうとか 言ってらんないですね(笑)。 |
弘兼 | (笑)そうですよ、陰毛だって もう必死の思いで描いてるんです。 飲まずにまっすぐ帰って、ぐっと集中して。 |
糸井 | 僕らが見ている乳首は 誰かの努力の結晶である、と。 |
弘兼 | そうそう(笑)。 で、唯一の楽しみといえば 寝る前のワインとか日本酒ですね。 家族は寝静まって、台所には誰もいない。 1人で冷蔵庫をそーっと開けて、 まあ、子どもが小さいときは 子どもの食べかけの歯型のついたハンバーグなんかを 肴にするわけです。 |
糸井 | (笑) |
弘兼 | CSでいろんな映画をやっているので、 バンバン切り替えながら観るんですけど、 結局どれも覚えてないんです。 逆に、すごく観たい映画は観ないんですよ。 観ちゃうと終わるのは朝の6時だ、ダメだ、と。 だから、どうでもいいようなホラーとかを観るんです。 そしたら、いつでも寝ていいじゃないですか。 |
糸井 | わかります。 本気のものって 「必ず観なきゃ」ってなるから。 |
弘兼 | おもしろすぎて寝られなくなっちゃうんで、 どうでもいいやつのほうがいいです。 |
糸井 | なるほど。そう聞いてると、 何ていうんだろう、 弘兼さんは、時代とか大衆の 生贄のような暮らしをされているような。 |
弘兼 | そうかな、 ‥‥そうかもしれないですね(笑)。 |
糸井 | そんな目に遭っていて、と言いますか、 弘兼さんに被害者意識が まったくないっていうのが才能なんでしょうね。 |
弘兼 | あ、もう被害者意識どころか楽しいです。 正月も働いてね。 |
糸井 | 何かと人のせいにする人だったら、 「俺は大衆のために、こんなに自分を犠牲にして」 ‥‥ってなるんでしょうけど、 いまの話を聞いてると、 それしか楽しみがなくても、楽しいでしょう。 |
弘兼 | 楽しいですね。 僕、どんな状況にあっても 楽しみを見つけるのが 多分うまいと思います。 たとえば前、映画の 『ライフ・イズ・ビューティフル』を観まして。 |
糸井 | あれはいいですねえ。 |
弘兼 | みんな絶望しかないんだけど、 1人だけ、そのへんの小さい花を育てている。 それぐらいしか楽しみがなくても、 持ってると持ってないで全然生き方が違うでしょう。 そういうことを自分はやっていきたいですね。 どんな状況にあっても、 いまできる範囲内で 一番楽しいことは何だろうかって考えたら、 それを求めていこうと。 |
糸井 | ああ、いいですね。 最初は陰毛の話だったのに、 なんだかジーンと来る終わり方に(笑)。 |
弘兼 | プラス思考ですから。 |
糸井 | だって台所でワインを飲んでる時間帯って‥‥ |
弘兼 | 朝の4時から5時。 |
糸井 | 「4ページ減らしてください」って電話もかけて。 それ「幸せな人」って題で写真撮っても、 誰も認めないです。 |
弘兼 | しかも肴は子どもの歯型のついた 食べ残しハンバーグ。 |
糸井 | でも、ご本人は、楽しい。 |
弘兼 | 楽しいですねえ。 |
糸井 | いいなぁ。どんどん売れても 結局、弘兼さんは台所でひとりワイン。 いや、もう一点透視法みたいですね(笑)。 |
弘兼 | 行き着くところはその一点であるみたいな。 |
糸井 | あらゆる線を結ぶとそこに行ってしまう(笑)。 まさに『ライフ・イズ・ビューティフル』ですよ。 ありがとうございました。 |
弘兼 | こちらこそ、ありがとうございました。 |
(終わります) |
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