谷川俊太郎質問箱  冬だよ! ツアー質問箱の巻
その2 タクシーの運転手さん、 谷川俊太郎さんに訊きたいことはありませんか?
いつもたくさんのお客を乗せて車を走らせ、
東京じゅうの道を知っている、タクシーの運転手さん。
ツアー質問箱担当チームは
タクシーの運転手さんから
谷川俊太郎さんへの質問集めをすることにしました。
乗り込んだタクシーで、いきなり
「これこれこういうわけで」と説明するのは無理だと思い、
あらかじめ主旨を伝えて「いいよ」と言ってくださった
タクシーの運転手さんを紹介してもらい、
そのタクシーを予約して、乗車することにしました。

ビルの前で、待ってくださってます。

今日質問集めにご協力いただくのは、
タクシー運転手さんの石川さんです。
よろしくお願いします。

よろしくお願いします。

「どこに行きましょうか」

えーーーっと、行き先を考えていませんでした。
いちばん多い行き先って、どこですか?

「いまは、東京スカイツリーでしょうか。
 みなさん、建設現場をごらんになりたいと
 おっしゃいます」

では、東京スカイツリーまで、お願いします。

「はい、わかりました。
 スカイツリー、ムサシへ」

ムサシ?

「はい、高さ634メートル、ということで
 そういう愛称でも呼ばれているようです。
 もうけっこう、高くなってきてますよ」

へぇえ。東京タワーの倍近くになるんですね。
石川さんは、ふだん、どのあたりを中心に
走ってらっしゃるんですか?

「昼間は、だいたい大手町。つまり、東京駅です。
 夜になると、品川五反田あたりにも行きます」

会社のほうから
このあたりを回ってくださいという
指示があるんですか?

「いいえ、そういうことはありません。
 それぞれ自分の好きな、くわしいエリア
 というのがありますので、
 そこへ行くことが多いですし、
 それに、商売になるところとなんないところが
 やっぱりあるんです。
 だから、ある程度自分がくわしくて、
 お客さんがいるところを走る、
 ということになるでしょうか」

石川さんは、タクシーの運転手さんになられて
長いんですか?

「いいえ、私はいま4年目です。
 最初の1年は、“今週はもう巣鴨なら巣鴨”と
 1週間ごとに駅づけして
 山手線を一周するように道を覚えました。
 最初は、道と道がつながらなかったんですが、
 それがいまは、ずいぶんなくなってきました」

東京の道路のおおまかな地図なら
描けるそうです。

毎日、いろんな方が
乗ってこられると思うのですが、
これは困った、というようなご経験は、ありますか?

「そうですね‥‥夜は、やっぱり
 酔っているお客さまが多いです。
 みなさん、十中八九寝てしまわれますので、
 先に住所を訊くようにしています。
 それをナビに入れれば、ご自宅の前まで
 行くことができますからね。
 到着して、お客さまに声をかけたときに
 “なんでうちを知ってるんだ!”と
 驚かれることはありますよ。
 だけど‥‥昔に比べると、
 正体不明になるまで飲む方は、
 少なくなりましたねぇ」

不景気だからでしょうか?

では、うれしかったことは何ですか?

「うれしかったこと?
 まぁ‥‥長距離いけたときは、うれしいです」

ははははは。

「2年ほど前、大手町で、
 宴会の途中で具合が悪くなったお客さまを
 お乗せしたことがあります。
 上司のような方が、伊香保まで送ってやってくれ、と
 タクシーチケットを私に渡されました。
 伊香保にお送りして、
 いつものエリアの五反田に戻ってきたら、
 次に乗ってきたお客さまが、
 熱海に宿を取りたいんだけど、とおっしゃって」

すごい。

「熱海では結局宿が取れなかったんですが、
 小田原で見つかったので、
 小田原へ送っていきました。
 その日1日で、2日分の売上があったんです。
 それがいちばんの、うれしかったことです」

車は、皇居のまわりをくるりと進みます。

ドラマみたいに、
あの車追ってください!
なんてことはあるんですか?

「あります。
 それは、調査の方でした。
 ふつうはバイクで追跡するんだけど、
 免停中だから、とおっしゃってました」

そういうのって、緊張しませんか。
逃しちゃったらダメですし。

「はい。かといって、
 近づきすぎてもいけないんです。
 すごく難しいんですよ」

ここにお客さんが来るよ、というような情報は
どのようにして知るんですか?

「いつも仲間うちで、お互いに連絡を取ってます。
 ぼくも、電車が急に止まった、というような情報を
 みんなの携帯電話に流したりします」

町の表情が少しずつ変わってきました。

「正面つけたら、もう隅田川。両国橋です」

両国橋を渡ります。

タクシーの運転手さんって
おいしいラーメン屋さんにくわしい、と
言いますが、石川さんは、どうですか?

「お客さんに、よく
 ラーメン屋さんを教えてくれと言われますけど、
 駐車違反の取り締まりが厳しくなったので、
 ラーメン屋さんの前に停められないです。
 ですから、いまは、ファミレスにくわしいですよ(笑)」

なるほど!

両国国技館わきを通り抜けます。

このあたりは、東京って感じがするなぁ。
‥‥ええっと、詩人で、
谷川俊太郎さんという方が
いらっしゃいます。

「はい。もちろん、存じ上げています。
 で、質問、ですよね?」

はい。

「あの‥‥ひとつ思ってるのは、
 ジンクスについてです」

ジンクス。

「はい。例えば、営業所を出て、
 お客さまをお乗せしたとき、
 最初に右に行くと、その日一日ダメだとか、
 左に曲がると、その一日の儲けがいい、
 というようなことが、あるんです」

へぇえ‥‥

「最初にお乗せしたお客さまが、
 “右に行ってください”とおっしゃると、
 ああ、今日一日、ダメなんだなぁと思います。
 それがね、けっこう当たるんですよ」

そうなんですか。

「あとは、夜、ぼくはよく
 帝国ホテルに車をつけてるんですが、
 もうすぐお客さんがお乗りになる、というようなとき、
 ある同僚から電話がかかってくるんです。
 そうすると、乗られたお客さんの行き先が
 東京駅だったり、すごく近いんですよ」

同僚からの電話があると‥‥?

「そうなんです。
 もうね、その同僚、なかなか電話切んないんですよ!
 あと少しでお客さん、ってときに限ってね」

不思議ですね。

「そういうことが、あるような気がしてね。
 谷川さんはジンクスについて
 どう思ってらっしゃるのかうかがいたいんです。
 なんで当たるのかなぁ」

ふーむ、なるほど! ありがとうございます。
質問箱の質問として、集めさせてください。

「あと‥‥もうひとつあるんですけど」

はい。何でしょう。

「私には子どもが3人いましてね。
 男ふたりに、女ひとりです。
 しかし、私の兄夫婦には子どもがいません。
 私の父が亡くなったとき、母から
 うちの次男坊を、
 兄夫婦の養子にしてくれないか、と言われました。
 それは私の一存では決められないので、
 うちの次男坊に訊いてみました。
 すると、別に名前も変わるわけじゃないからいいよ、
 なんて話になりました。
 母がそんなことを言い出したのは、
 お墓を守ってほしい、ということも、
 ひとつあるようなんです」

はい、はい。

「兄夫婦のところにうちの次男坊が行けば
 お墓も安泰ということらしいんです。
 ‥‥で、考えちゃいましてね、私」

はい。

「いまは、こうやって生きてますけど、
 自分たちが死んだときには、
 残ったうちの長男が
 お墓を作って面倒見てくれるのかなぁ、と」

‥‥そうか、石川さんご自身は長男じゃないから、
受け継ぐお墓がないんですね。
自分でお墓をたてなきゃいけない。

「そうです。無縁仏を専門にやるお墓もあるので、
 そっちでもいいかなぁ、なんて考えるんです。
 戒名も永代供養料も、
 年間でも管理のお金がかかるでしょう。
 それを全部、長男に押しつけていいもんだか」

いざ、お墓を自分でたてるとなると‥‥

「谷川さんならどう考えられるか」

‥‥うーーーーん、お墓問題。

「はい」

いままでの「質問箱」では
なかなか出なかった問題ですね。

「あ、みなさん、見えますか?
 あれが東京スカイツリーですよ」

正面に東京スカイツリーが見えてきました。

ふつうのビルは、
もうすでに抜いちゃってますけど、
これからあの4倍くらいになるということですか!

まだまだ土台。

何十年かあとに、このときに建てはじめたんだ、
という話をするときがくるのかなぁ。

通る人たちが立ち止まって見ています。

「このくらいの高さになったので、
 お客さんをお連れしても、
 みなさん喜ばれます」

少しずつできあがるようすを日々眺めるのも、
おもしろそうですね。

また来た道を戻ります。

いつも、深夜まで営業なさってるんですか?

「いつも会社を昼の1時ぐらいに出て、
 帰ってくるのは、朝の8時9時です」

いつ寝てらっしゃるんですか?

「途中でも、3時間くらい寝ますよ。
 もうね、体が、1時間とかで
 熟睡できるようになっちゃいました。
 仕事明けで家に帰って寝ても、
 やっぱり3時間くらいで起きちゃいますね。
 お客さんを待ってるときは、
 本を読んだりして、けっこう自由時間もあります。
 仲間うちで本を交換し合って
 読んだりしてるんですよ」

『質問箱』もそのライブラリに
入れていただかなくてはいけませんね(笑)。

「はい、ぜひ(笑)」

仕事明けには、お仲間のみなさんと
お食事に行ったりされるんですか?

「します。ファミレスに行って」

そういうときは、どんなお話を?

「こういうルートで行っちゃったんだけど、
 まちがっちゃったかな、とか。
 そういうことをね」

復習反省のような。

「はい、また明日も無事に、
 走れるようにと」

まじめでおだやかな石川さん、
タクシーの仕事はたのしいと
おっしゃっていました。

タクシー運転手の石川さんから、
ジンクスとお墓という
めずらしい質問を集めさせていただきました。

ツアー質問箱、次は
石川さんがめっきり減ったとおっしゃる
「お酒好き」の人たちの町へ
質問集めに向かおうと思います!

(つづく)

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2009-12-22-TUE