谷川俊太郎質問箱  冬だよ! ツアー質問箱の巻
その2 タクシーの運転手さん、 谷川俊太郎さんに訊きたいことはありませんか?
夜の新宿、8時すぎ。
ネクタイを締めた、仕事帰りの人たちが
街に集っています。

夜の新宿。

今回は、谷川俊太郎さんへの質問を
夜の居酒屋さんで集めてみようと思います。
大手町の食品会社に勤める方に、
ふだんいっしょにお酒を飲む同僚のみなさんを
誘っていただき、
飲み会に参加させていただくことにしました。

まずは全員、ビールからはじめます。
社会では、これはなぜか、お約束。

集まってくださったのは、
同じ会社の同じ課の
いっしょの席の「島」に座るグループ。
リーダー役の清水さんだけが39歳で、
あとは全員30歳。
飲むと性格が変わるという川島さん、
顔色を変えずに飲む紅一点の菅谷さん、
いつも週に3〜4回は飲んでいるという
池田さんの4人です。

左から、菅谷さん、川島さん、清水さん、池田さん。

こういったふだんの飲み会では
どんなお話をなさってるんですか?

「やっぱり仕事の話が多いですね。
 明後日こういう会議なんだけど
 どうごまかせばいいだろう? とか」

食品会社にお勤め‥‥ということは、
居酒屋さんでお酒を飲んでいても、
食品のことが気になったりします?

「そうですね。自分の担当していた食材には
 ちょっとうるさかったりします。
 流通過程などについて知っていますので、
 ××産だ! とか、食材の光り方がちがうぞ! とか、
 いろんなことを思ってしまいます。
 気になった加工品などは、
 どこのメーカーのものなのか、
 店員さんに訊いちゃったりすることもあります」

ちなみに、以前はエビ担当だった、清水さん。

あやしく思われちゃいますね。

「まぁ、そうですね。そうなんだろうな(笑)」

エビでいちばんおすすめの産地はどこですか?

「うーーーーん」

去年、ハワイに旅行したんですが、
エビの養殖がさかんでした。
カフクって、あそこはすごいですよね。

「あ! そうです。よくご存知ですね」

‥‥うれしそう。

「はい。専門的なことをしゃべっていいんだ、
 となると、うれしくなります(笑)。
 エビはね、ギアナのピンクがおすすめです」

ギアナの‥‥ピンク?
憶えておきます。

「おいしいので、お寿司のネタに回ることが
 多いんです。あれはぼく、好きです。
 エビは奥が深いんですよ」

エビネタで、ビールがぐいぐい進みます。

みなさん、やっぱりお酒好きのようですね。
菅谷さんも、かなり飲める感じですね。

「(迷わず)はい」

ふだんいちばんよく飲んでいる池田さん。

「うちの会社はお酒が好きな人が多くて、
 以前は定時になると、
 終わった、行くゾーーー! なんてことも
 あったようですが、
 最近はそうでもなくなりました。
 なぜでしょうね」

なんだか、お酒を飲む人たちが、減りましたよね。
前回質問をくださった
タクシーの運転手さんも
そうおっしゃっていました。

「そんな気がします。
 不景気というのもあるかもしれないけど、
 『ぼくは飲めません』と、堂々と言える人が
 多くなったような気が‥‥」

「シャイな人たちが多くて
 気軽に誘えなくなった気も‥‥」

しかし、この4人は、
忙しいときでも飲んでいるそうです。

ところで、リーダーの清水さん、
谷川俊太郎さんのことは、ご存知ですか?

清水さんです。

「もちろん。幼いころから教科書などで
 『スイミー』の翻訳や、『朝のリレー』の詩に
 親しんできました。
 絵本も3〜4冊、持っています。
 谷川さんの絵本って、やっぱり
 言葉がぜんぜんちがうんです。
 なかでも、『あな』がいちばん好きです。
 それで、あの、質問ですよね‥‥」

はい。ありますか?

「あのぅ‥‥私は、仕事でうまくいかないことが
 あります」

いきなり、悩みですね。

「はい(笑)。
 計画そのものがまずいのかもしれないけど、
 計画どおりにいかないことがあるんです。
 そうしたら、まわりのみんなに迷惑かけちゃって。
 谷川さんは、そういうときは、ありますか?
 あったら、どうしてますか?」

お酒が入っているからか、
かなりストレートな質問ですね。
つまり、仕事で挫折したとき、ということですか?

「というより、計画がうまくいかないんです。
 計画がもともと甘いんじゃないかとか、
 そもそも自分ががんばってないじゃんとか、
 起因しているのは自分だと思うんです。
 自分のイメージがしっかりと
 みんなに伝わってないからだろうし、
 ぼくのせいで周りが迷惑していく‥‥」

ははぁ、なるほど。

「まず自分の無能があって、
 それが人の問題になっていって、
 そして時間的な問題が出てきて、
 ああ、ダメだ! となる」

清水さんは、お仕事の役割上、
計画をお作りになる立場なんですね。
それが、自分のグループの人たちに
迷惑をかけていると思う、と。

「根本的な資質として、
 計画を立案する能力がないんじゃないのかなぁ」

清水さんは、新卒で会社に入られて、勤続‥‥

「15年です」

会社員生活15年目の質問、
質問箱に集めさせていただきます。
ありがとうございます。
あ、ビールグラスが空っぽですね。

「焼酎飲んでいいですか!
 芋焼酎、ロックでお願いします」

質問が終わったらすぐ焼酎に切り替え。

「質問のレベルが低くてすみません。
 ああ、死ぬかと思った」

とんでもない、ありがとうございます。

質問が終わってホッとした清水さん。

じゃあ、次は、ちょっぴり後輩の池田さん、
いかがですか。

池田さんです。

「えーっと、‥‥じゃあ、訊きます。
 いつもぼくは大手町近辺でお酒を飲んでて、
 新宿で飲むのは久しぶりです。
 明日もまた新宿でお酒を飲みます。
 明日行くのは、お魚を自分で釣って食べるという
 居酒屋さんなんですよ」

えええ? 自分で釣って‥‥?

「そうです。いまはそういう
 エンターテイメント系の飲み屋さんが
 多いようなんです。
 ぼくは、そういうお店が好きで、
 自分だったらどういうお店を開くかな、
 なんて、いつも考えているんです。そこで‥‥」

そこで‥‥。

「谷川さんだったら、どういう居酒屋さんを
 やってみようと思われますか?」

エンターテイメント系の飲み屋さんで、ですね。

「はい。ぼくはお酒が好きなので、
 ぜひ訊いてみたいです。
 お酒を飲むのに、
 何をするのがいちばん楽しいだろう」

いまは、いろんなお店があるんですね。
テレビでスポーツ観戦をする
スポーツバーくらいは知ってましたが‥‥。

「電車の模型が
 メニューを運んできてくれるお店もありますよ」

それは、鉄道好きの方のために?

「そう。盛り上がるらしいですよ。
 あとは、我々の業界くらいにしか
 興味がわかないかもしれないけど、
 缶詰めバーってのが、あるんですよ」

缶詰めバー?

「サバの缶詰めとか、カレーの缶詰めとかが、
 銘柄別にメニューに載ってます。
 メニューがとにかく缶詰めばっかり」

すごいですね。

「すごいです」

カンヅメになってる作家さんを、息抜きに、
缶詰めバーに連れて行ったら、喜ばれますかね‥‥。

「それは‥‥‥‥(笑)」

すみません。

「でも、缶詰めって、すごい食品だと思うんですよ。
 おいしいし便利だし冷蔵庫要らないし、
 賞味期限はおよそ3年。長持ちします。
 真空にしているだけなので保存料が入ってないし」

たしか、できたてはあんまりおいしくないんですよね?

「そうです。2〜3年くらいがいちばんうまい。
 汎用性があっておすすめなのは、エビの缶詰め、
 ポテトサラダの缶詰め‥‥あれ?
 なんで缶詰めの話になってるんですか(笑)」

「酔ってるから」

では、紅一点、菅谷さん、お願いします。

菅谷さんです。

「わかりました。
 私はこの会社で、これまで10年働いています。
 サラリーマンだと、仕事は仕事、
 プライベートはプライベート、
 何時から何時まで働きなさいと、決まっています。
 ですから、
 会社終わったら、さぁどこへ行こう! って
 気持ちの切り替えが楽です。
 けれども、作家とか詩人のみなさんは、
 四六時中いろんなことを考えていらっしゃるのかな、
 というイメージがあります」

そういえば。

「私たちみたいに区切りがないから、
 たいへんなんじゃないかな?
 それとも、谷川さんは、ご自身の活動を
 仕事ととらえてらっしゃらないのかもしれない。
 とにかくとても不思議な気がして‥‥
 つまり、息抜きや区切りを
 どんなふうになさってるのか、訊いてみたいです」

ありがとうございます。
では最後に残った‥‥川島さん、
質問はありますか?

川島さん。コンピューターの
システムまわりのお仕事もなさってます。

「はい。部署替えがあって、
 いまは清水のもとで働いてます」

あ‥‥さっき、
“仕事の計画がうまくいかない悩み”を漏らし、
いまは焼酎をあおり、
泥酔に向かって一直線の清水さん‥‥

「はい。あの‥‥質問が
 とても漠然としているんですが、
 いいでしょうか」

どうぞ。

「ぼくは多少、プログラム系の仕事をしていたからか、
 なんだか職人の世界に憧れを持っています。
 よく、ああいう世界では
 “一人前”という言葉が使われます。
 だけど、会社員をやっていると、上下関係もあって、
 よくわからないんです。
 “一人前”というのは、どのへんから言うのかなぁ」

一人前が、どういう状態か。

「はい。自分はどこから一人前なのかな。
 それがすごく気になるんです」

清水さん
「川島、そんなことを毎日思ってたのか‥‥」

職人さんの世界だと、
もうお前は一人前だからこれであがりだよ、
ということがあるのかもしれませんが、
会社組織の中では、なかなか
そういったことはありませんよね。

「やっぱり常に、上司を意識する世界です。
 “これ、どうしたらいいですか?”って
 すぐに訊きたくなっちゃいます。
 その一線がどこで越えられるのか、
 いちばんわからない世界が
 企業であるような気がして」

清水さん
「お前はもう、一人前だよ」

「評価する人が常にいて、
 ひじょうに相対的ですよね。
 でもまぁ、清水さんに
 一人前って言われたから、いいかな!」

4人分の質問、集まりました。

このあと、みなさんはビールや焼酎を飲みつづけ、
最近、勤務地の大手町界隈では、
なぜか外国から来る方が増えて
よく道を訊かれるという話になりました。
次の質問集めは、
海外からやってきた方々のところへうかがうのも
いいかなぁ、と思いつつ、
私たちは新宿をあとにしました。


質問集めツアー、次回へ。

(つづく)

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2009-12-23-WED