第8回 新聞をとってない不安
自由業とか学生に比べれば、
会社勤めと新聞をとることとは因縁が深い気がします。
ネクタイをしめたり、
会社の名前の入った名刺を持ち歩くことと、
新聞を宅配でとっていることは
似てるんじゃないでしょうか。
カタギの社会人のアイテムって感じで。
でも、会社員でも新聞をとってない人々は、案外多い。
そのうちの一人は、会社にあるから新聞はとらないんだ
と言いました。
だいたい新聞なんて嫌いなんだそうです。
「新聞なんて会社の延長みたいでさ、
家に帰ってまでつきあってられるか!
って感じだよ。
家の中でくらい俺の好きなことをさせてくれっつーの。
新聞なんて、選挙と同じだよな。
選挙も行くことになってるから行くけど、
それで世の中がどうなるわけじゃないだろ。
新聞もとって読んでもそれで
世の中をどうすることもできないじゃないの。
頭にくるだけでさあ」
だそうです。
新聞をとってない人々を探すうちに、
ちょっと変わったタイプの会社員に出会いました。
彼は35才のシステムエンジニアです。
趣味は競馬と釣り。小説は嫌いで、評論を読むのが好き。
最近のお気に入りは宮台真司です。
それから持田香織が好きになって、
ELTのCDばかりを聴いているそうです。
ま、そんなことはどうでもいい。
彼は新聞をとってない人々にいったんなって、
そして再び新聞をとる世界に帰還した人物です。
ある夜、謎の円盤からの光線にトラックごと連れ去られ、
奇跡的に地上に戻ってきたオクラホマあたりの
農夫みたいに。
一時的に新聞をとるのを止める前、
彼は朝日新聞をとっていました。
実は彼には朝日新聞への片思いの時代がありました。
大学に合格し、島根から上京した彼は
奨学金を貰って新聞配達を始めました。
そしてそれはサンケイ新聞の配達所で
寮生活するものと決められていたそうです。
その時から彼は朝日新聞をとりたかったらしいのです。
やっぱり朝日の方がメジャーな新聞だよな、と思って。
都会生活と朝日、というのは彼の中で
セットになっていたのです。
新聞の格というものはあるようですね。
私も、新幹線でこんなシーンを見たことがありました。
あるサラリーマン風の人が社内販売の女の子に
「新聞、くれ」と言ったのです。
すると彼女は「“毎日”ですけど、いいですか?」
と言ったんです。
(それは毎日に失礼だろう!)
と私は横で密かにツッコンだものです。
新聞の配達所では配った後かなり新聞が余るので、
寮生活をしている配達員で新聞をとる人はいないそうです。
ただで読めるから。
でも、それは当然サンケイ新聞です。
彼は朝日をとりたいと思っていたけど、
サンケイ新聞の寮で、
朝日新聞をとるのは気まずかった。
とれないとなると朝日新聞はなおさら眩しく輝くのでした。
朝日だけに。
朝日の配達員とすれ違うと、
同じ配達員なのにちょっと悔しかったりもして。
(ちぇ、どうせおいらはサンケイさ)みたいな。
会社員になって念願の朝日新聞をとりはじめました。
そして年月は過ぎていき、
彼は新聞を読み続けていきました。
そんなある朝、彼は通勤電車の車内で
ふと考えたんだそうです。
「自分もまわりの会社員たちと同じように
通勤電車で新聞を読んでいる。
小一時間くらいは毎日、新聞を読むのに使っている。
でも、新聞なんて毎日読まなきゃなんないものだろうか。
新聞を読んでも本当に自分に関係のあることなんて
書いていない気がする。
この毎日の時間をもっと価値のある本を読むのに
使ったほうが自分のためじゃなかろうか?」そして、
翌日彼は思い切って新聞をとるのをやめたのです。
その日から、上京以来新聞との因縁浅からぬ彼は、
新聞をとってない人々の一員になりました。
新聞をとるのをやめた彼は、
毎朝の通勤電車で新聞を広げるかわりに、
時間がなくて読まずに積んでおいた
厚い評論の本などを読み始めました。
そして、しばらくは充実した車内読書生活に
満足した日々を過ごしていました。
ああこれで読みたかった本がたくさん読めるぞ、
と彼は嬉しかったのです。
でも、日が経つうちに、
だんだん彼は落ち着かなくなっていきました。
「いやあ、だってまわりの人が新聞読んでるでしょ。
それが気になってきちゃって。
何か大事なことが起こってるのに、
私だけ知らないんじゃないかって。
人の新聞をちらちら盗み見たりなんかして。
けっこう苦しくて。とうとう1ヶ月ももたずに、
また新聞を取り始めました」
「また、朝日新聞を?」
「いえ、今度は読売を。
別に朝日だからってどうってことはないと分ったんで」
新聞をとるということには
まだまだ魔性の吸引力のようなものがあるのでしょうか。
新聞をとらない人々の醒めた気分と、
新聞宅配の吸引力とが、日本のあちこちで
日夜目に見えない戦いを繰り広げている模様です。
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