新聞をとってない人々

第9回 やつらの溜まり場

パソコンで言うと、ウィンドゥズをつかっている人が
数では圧倒的に多いでしょう。
私もウィンドゥズなんです。富士通のFMV。
でもある種の場所に行くと、
まわりがみんなマックユーザーばかり
ということがありますよね。
そこではマックを使うのは当たり前、
という雰囲気がたちこめています。
そんな中にいると、次第にウィンドゥズを使っていることが
心細くなってきたりします。
私は、多くの新聞をとってない人々と
接近遭遇をしてきました。
でもまだ余裕があったのです。
新聞をとるほうがまだまだ常識だという余裕です。
ところがある日ある場所で、私はその場の人間がみんな
新聞をとってない人々であることに気がつきました。
そうです。とうとうやつらの溜まり場に
足を踏み入れてしまったのです。

その日、私は友達に誘われて
ホームパーティーに出かけました。
場所は東池袋の友達のマンションです。
それはいっぷう変わったパーティーでした。
小劇団の役者たちや、パフォーマンスをするアーティスト。
デザイン会社で働く若い女の子などが集まって
賑やかにおしゃべりをしていました。
友達と同棲している彼女が、
辛味の効いたパキスタン料理を作ってくれています。
主催者である友達が、私のそばに来ました。
「君、新聞をとってない人を探してるんだろ?
俺が聞いてやるよ」
彼とは数日前に電話で、
私が新聞をとってない人々を追っているという
トップシークレットを話していたのです。
「みんなー、ちょっと質問。
この中で新聞をとってる人は手を挙げて」
シーーン。

誰も手を挙げなかったのです。
その時、私は気がつきました。
異星人を見つけようと思って、
いつのまにか彼らの円盤の中に入り込んでしまったことに。

でもそれをきっかけに、
新聞の話でひとしきりその場が賑やかになりました。
今の総理大臣って誰?
と聞く女の子がいます。橋本龍太郎、
と誰かが言うと、え? まだ橋龍? と驚いています。
「だってあたし湾岸戦争って途中まで知らなかったもん」
私は呆然として彼らの話を聞いていました。
「俺はさ、うんこの出のいいものしか食べないんだよ」
突然AV男優だという男が言いました。
うんこの出のいいもの? 新聞と関係あるんですか?
「俺は宿便ってのが怖いのね。
それと同じだと思うんだけど、
古新聞が溜まっていくのを見ると憎しみが湧くんだよ。
旅行とかしてる家には新聞が刺さってるだろ何本も。
ああいうの見ると、資源の無駄だと思って
すっげえ頭にくるの」

「あの、新聞をとらないで困ることないんですか?」
私は定番の質問をしました。
「困ることって何?」と逆に聞かれました。
聞いたのは友達の同棲相手の彼女です。
両手にパキスタン料理を抱いています。
「だから社会のことにうとくなるとか」
私は多勢に無勢の弱々しい口調で答えました。
「社会のことってなんで知らなくちゃいけないの?」
思いがけない反論に、え?っと思って質問の主を見ると、
デザイナーだというの女の子が、
まるで屈託のない顔で見つめています。
素朴に疑問に思っている感じです。
茶髪が似合ってかなり可愛い。
なんでって・・
「いや。そういう斬り口って間違ってんだよなあ」
後ろから声が掛かりました。男みたいな言い方だけど、
色っぽい女性です。

「あのさあ、メディアってさまざまにあるわけだよ。
電車の吊り広告だって、テレビだって雑誌だって、
人と話すんだってメディアなんだから、
新聞読まないから社会に関心がないっていうのは
おかしいんだよ」
その色っぽい人は言いました。
その女性は「お縄パフォーマー」だと自己紹介しました。
「お縄パフォーマー」って何?
彼女は、自分で自分を縛り自分で吊るす
SM的なパフォーマンスをしているのだそうです。
最近、オランダに行って現地の
「とんでもない変態」的なパフォーマンス集団と一緒に
街頭で裸で宙吊りになってきたんだと言っていました。
「自分で自分を吊るのって大変だよ。
こんなに腕が太くなっちゃった」
そう言って彼女は逞しい二の腕を突き出しました。

「オランダって凄い国だよ。なんたって
国民の4割くらいがちゃんと働いてないんだから」
そう言って、お縄パフォーマーの彼女はオランダの話を始め、
そして彼女の廻ったさまざまな国の話を語りました。
その話は、彼女自身の体験と好奇心を土台にしていて、
実に面白く生き生きとしていました。
話す合間にもテキパキと料理のアドバイスをしたり、
料理をお皿に小分けしてくれたりして
とてもエネルギッシュです。
しかもそのたびにスリットの
深いスカートからきれいな太股が覗くんです。
料理のことも世界のこともスケベなことも、
彼女はそのへんの中年男より
たくさんのことを知っているなと私は思いました。
彼女の話をきっかけに、
今度は外国の話で場が盛り上がっていきました。
みんなよく外国に行っているようです。
日本の政治には興味を持っていなくても、
世界のことには豊かな好奇心を抱いています。
なんでそんなことを知っているんだろう?
と思うほど、様々な話が飛び交いました。

私が紛れ込んだ新聞をとっていない人々の円盤の中は、
意外にも生き生きした情報の世界でした。
新聞をとってないから社会に興味がない、
そういう斬り口は間違っている。
確かに彼女の言うとおりかもしれません。
昔ながらのメディアからのニュースを読んで、
それが社会というものだと安心しているうちに、
予想のつかないような様々なメディアから
もっと生き生きとした社会の姿を知っていく人々が
増えているのかもしれないんです。

社会がつまらないなんてことはなくて、
覗き穴であるメディアがつまらないだけなのかも
しれないなあ。
私は、お縄パフォーマーの
彼女の白い太股を盗み見ながらそう思いました。

1998-07-16-THU

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