不作?! 
──ことしの状況、お伝えします。

有明海では、海苔づくりの暦は9月に始まります。
毎年9月になると海苔の生産者は
「竹だて」といって、海に竿を組み、網を張って、
種を植え付ける準備をすすめます。
そして海水温が徐々に下がり、
23度を下回る10月の中ごろ、
大潮の日をねらって種付け作業をします。
これは、ずっと続いてきたならわしです。

ところが、昨年10月。
種付けをしたものの、海水温がいっこうに下がらず、
よく降った雨が、海の塩分濃度を薄めました。
つまり「あたたかくて、うすい海」。
いつもの海とはちがいます。
「おいしい海苔」をつくるための環境として、
とても不安な状態がつづきました。

その後は、ほんらいなら、
種付け後20日ほど過ぎたあたりで
良い具合に成長した海苔の網を一部引き上げて
冷凍庫にしまいます。
海がもっと冷たくなって、気温も下がり、
海苔の生育に適した海況になるまで保管しておくのです。
これを「冷凍網」といい、
ままならない自然を人為的なタイミングで
コントロールすることで、
より、おいしい海苔をつくる方法です。
ところが、冷凍用の網を引き上げようという日、
暦の上では最適だったはずの日に、強い風が吹き、
船を港から出すことを断念させました。
数日後、やっと風が凪いでから海に出てみると、
こんどは強い雨が降ってきました。

タフな年でした。

皿垣の漁協が受け持つ漁場は、
ほんらいならば、海流がよく、
山から川を伝ってくるミネラル豊富な水が
うまく流れ込んで、まじりあい、
海水温も塩分濃度も、そして栄養も
とてもいいはずでしたが、
これでは海苔づくりに最適のエリアとは言えません。
生産者たちに不安が続きます。
「ことしは、だめかもしれない」
そう思いながらも、ていねいな海苔づくりをつづけました。
みんな、夜明け前と日中の1日2回、
片道1時間ほどかけて海に出て、
状況を見て、網の位置を調整したり、
健康かどうかをチェックしてきました。
それでも、いつもならうまいと評判をとる
「秋芽の一番摘み」は、
「‥‥なんだか、大味だなぁ」
というものにしかなりませんでした。

頼みの綱は冷凍網です。
これを張り直すのは、
例年なら水温も気温も下がった12月20日頃。
しかし、昨年の有明海は、冬になっても
気温も海水温も高めでした。
できれば13度を切る海水温で網を入れたい。
けれどもそれにはしばらく時間がかかりそうでした。
成育期間と摘み取りのタイミングを考えると、
悠長に待つわけにはいかず、
ぎりぎりのところを狙って網を張りました。

そんな状態で育てた海苔が、摘み取りの季節を迎えました。

▲摘み取りはこんなふうに行われます。動画です。

走り回る相沢さん。
「これならだいじょうぶ」

年が明けてから、わたしたちも、
海大臣の選定や仕入れを担当している
林屋海苔店の相沢さん、そして、
おいしい海苔レシピでもおなじみの、
フードスタイリストの飯島奈美さんといっしょに
有明海を訪れ、海苔の漁場を見学しました。
「例年よりあたたかい」といっても、
冬の海は、陸から眺めているよりはるかにきびしく、
全速力ですすむ船のデッキは絶えずしぶきが打ち付け、
ひどい船酔いを起こしそうなくらい、揺れます。
到着した漁場では、
腰をかがめての力仕事が待っています。
体感温度はずいぶんと低く、長靴をはき、
ダウンジャケットの上から防水パーカを着て、
ニットキャップを目深にかぶってマフラーをしても、
がたがた震えてしまうほどの寒さでした。
海苔の生産者は、こんな極寒のなかで
ずぶ濡れになりながらの作業をするのです。
見学時は昼間でしたけれど、
ほんらいの作業は早朝にも行なわれます。
あかりのない海の上で、
じぶんの網を探すだけでもたいへんでしょうに、
海の上の作業は、じつにこまかく、予断を許しません。
海苔づくりというのはほんとうにきびしい仕事なのだなぁと、
(たった一度、海に出ただけで言うのもなんですが)
つよく感じました。

▲意気揚々と出港したのですが‥‥
▲寒い。ものすごく寒い! 手袋を持ってこなかったことを後悔。
▲有明海の漁場では、方向感覚がなくなりました。
▲海苔づくりでだいじなのはなにより「目視」。
プロはひとめ見ただけで状態がわかります。
▲こんなふうに、網で海苔が育ちます。

▲これはお借りした画像。夜の作業も、もちろんあります。
▲みんな笑顔ですけれど、ものすごく寒いです。

けれども。
どんなにがんばっても、
海況や天候が味方をしてくれない年もあります。
ことしは、そんな年でした。
「この状況では、例年の海大臣クラスの海苔は、
 皿垣だけでは、集まらないかもしれない」
と相沢さんは思い、
入札に向けて、いろいろな情報をあつめ、
現地に住む、信頼できるスタッフといっしょに、
「海大臣にふさわしい」海苔を探して回りました。
これまでずっと「有明海の皿垣産」から
選んできた海大臣ですが、
ことしは「有明海の佐賀産」も、
入札候補に入れることにしました。

▲海苔づくりの工場を見学しました。摘み取った海苔を洗うところから、かたちにして、問屋さんに出荷する状態まで、一気につくりあげます。
▲こういった工場は、個人ではなく、共同で運営されています。
「この時間は、誰々さん」というふうに、時間を決めて使います。
▲品質チェックは、1枚ずつ。
▲最終的には二つ折りの状態で出荷されます。林屋さんのような問屋さんは、
これを仕入れて、自社で保管。販売前に「焼き加工」をし、製品に仕上げます。

そうして、相沢さんが集めてくださった海苔。
候補の数は多くはありませんでしたが、
「よくできた!」と言える海苔が揃いました。
すべて、冷凍網から育てたものです。
海苔の生産や販売をしているプロが、
「こんな不作の年に、
 ここまで高いレベルの海苔を
 集めることができたのは、すごいことです」
と言うほどの海苔があつまりました。

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