吸い込まれそうな、水のかたまり 吸い込まれそうな、水のかたまり
SIRI SIRI、HOBO SIRI SIRIの
デザイナーである岡本菜穂さんは、
水晶という素材の魅力をどのように感じながら
あたらしいコレクションをつくられたのでしょうか。

また、同時に登場するジュエリーボックスも、
北海道旭川の白樺という地域の素材を使っています。
どちらも、素材そのもののうつくしさを生かす、
という岡本さんの思いがつめこまれていました。



岡本菜穂 (おかもと・なほ)
SIRI SIRIデザイナー。
建築家であり抽象画家でもあった父の影響で、
幼い頃よりアートやデザインに囲まれた環境で育つ。
2006年、ジュエリーブランドSIRI SIRIを発表。
2015年桑沢賞を最年少で受賞。
2018年よりスイス在住。
地域にルーツがある素材への思い。
SIRI SIRIとしても「水晶」を扱うのは、
はじめてなんですよね。
写真
岡本
そうですね。
石であれば、結婚指輪にダイヤを
すこしだけ使っているんですが、
「水晶」ははじめてです。
HOBO SIRI SIRIも長く続けてきて、
あたらしいものに挑戦したい気持ちがありました。
ガラスやパールなど
素材の特性を生かした表現をされる岡本さんは、
「水晶」という素材と
相性がいいのではないかと思って、
ご提案させていただいたのがはじまりです。
難しいお願いかなと思ったのですが、
どうして受けてくださったのでしょうか。
岡本
SIRI SIRIは、日本の手工芸を扱った
ジュエリーブランドなので、
技術なのか素材なのか、
なにかしら日本とゆかりがあるものを
扱えたらいいなと思っています。



山梨という場所は
ジュエリー業界では有名な産地で、
水晶の産地としてその歴史がはじまっています。
山梨出身のデザイナーさんも
宝石に関わる職人さんもたくさんいらっしゃって、
魅力的な土地だとずっと興味があったんです。
今回、ご一緒した詫間宝石彫刻さんをたずねて
山梨県甲府市におとずれましたが、
駅前にジュエリーミュージアムがあり、
工房や研磨体験など
ジュエリーの街としてここまで栄えているとは
恥ずかしながら存じ上げませんでした。
岡本
北部にある山一体で
水晶が多く産出されたそうですね。
現在は、採取が禁止されているのですが、
技術が土地に残っているので、
海外から輸入しながらものづくりを
受け継がれています。
パールもそうですが、
地域にルーツがある素材という意味で、
惹かれる部分がありました。
私はスイスを拠点にしているのですが、
スイスの山でも水晶が採れるんですよ。
ええっ、そうなんですか?
岡本
無料でポストされるフリーペーパーの記事で、
水晶を採掘する様子が取り上げられていました。
こんなに日常的なんだと笑ってしまいましたけど(笑)。
やっぱり、自然のうつくしさって格別ですよね。
写真
岡本さんがよく手がけられている
ガラスも透明ですが、
色味としてもやっぱりお好きなんですか?
岡本
透明な素材はすごくやりやすいですね。
どちらかというと、
私は色よりも形で表現するタイプなので、
透明なものは形がすごく素直に出るんです。
そういう意味で扱いやすくて、好きです。
同じ透明でも、
素材としての違いはどう感じましたか?
岡本
ガラスとは全然違って、重量感というか‥‥
SIRI SIRIのガラスよりだいぶ重いんですけど、
密度がすごく感じられました。
はじめのころから、
おっしゃっていましたよね。
水晶の質量について。
岡本
そうでしたか。
無意識でしたけど、
最初からそこに惹かれたのかもしれない。
同じ大きさでガラスのジュエリーをつくると
軽くて、少し物足りないかもしれないと。
水晶なら、小さめでも存在感が出るのは、
この質量があるからだろうと話されていました。
岡本
ピアスも、ガラスではこの感じが出ないですね。
奥行き感があるというか、重みがあるというか‥‥
やっぱり質量が違うからだと思うんです。
なので、SIRI SIRIのガラスの場合は
あえて大きめにデザインするんです。
こういうミニマルにデザインができるのは、
私自身も新鮮でした。
でも、このうつくしさが、
自然の中から生まれているのがすごいですよね。
写真
自然のままのうつくしさを取り入れる。
そう思います。
水晶でもいろんな種類がありましたけど、
岡本さんが選ばれたものは
とくに透明度が高いもので、
自然のままのうつくしさとは思えないほど。
岡本
内包物が入っていないものを
あえて選ばせてもらったのですが、
この水晶は、透明度がかなり高いと思います。
澄んでいますよね。
岡本
光の入り方もあって、
吸い込まれそうになりますよね。
まるで“水のかたまり”のようだと思います。
ああ。“水のかたまり”のよう、
というのがよくわかります。
岡本
私はSIRI SIRIでもそうなんですが、
素材にまかせたデザインをよくします。
その素材のいい部分を
素直に残したいといいますか、
自然のままのうつくしさを取り入れたい。
なので、はじめて水晶を見たとき、
このかたまりとして、
ギュッとしたうつくしさを生かしたい
という気持ちが強くありました。
ちょっと、見入ってしまいますよね。
岡本さんは、水晶の美しさを
どんな風に感じ取られたんですか?
岡本
詫間さんのところにおじゃました際に、
大きめな丸い水晶が置かれていたんです。
オブジェみたいな感じだったのですが、
すごくきれいだなと見とれてしまって。
それが、私の水晶の素材のうつくしさと結びついて、
こういうピュアなうつくしさをどれだけ
作品に入れ込めるか考えました。
写真
水晶と聞くと、
勝手ながら占いで使われるものを
イメージしていたので、
こんなに洗練されたものになるんだとおどろきました。
「やろうと思えば龍もつくれる」と
おっしゃっていたくらい、
水晶は遊べる素材だと思うので。
岡本
そうでしたね(笑)。
技術力がとても高いので、
彫刻のようにいくらでも細かいお仕事が
できてしまうとおっしゃっていたのですが、
私はピュアな感じを出したかったので
あえてシンプルにしましたね。
どれも、水のかたまりのような質感で、
卵型に近い丸みをおびています。
デザインのポイントは?
岡本
金属との接続部分は、
いちばん大事にしたところです。
できるだけ、金属が水晶の延長線上にあるような
一体のデザインにしたかったのですが、
それはすごく難しいオーダーだと思うんです。
ものによって長さや細さを変えなきゃいけない。
でも、クオリティはさすが詫間さんでした。
たとえば、ピアスも本体とパーツのつなぎが
ほとんどわからない。
ジュエリーをパッと見たときに、
余計な情報が入ってこないですよね。
岡本
入ってこないですね。
水晶のうつくしさに自然とフォーカスされる。
それは、詫間さんの素晴らしい技術があってこそ
表現できたことだなと思います。
写真
培われてきた技術と
知恵がなければできないこと。
詫間さんとのやり取りで、
印象的だったことはありますか?
岡本
「なんでもできる」とおっしゃってくれて。
なんと、たのもしい。
岡本
なので、なににもしばられずに、
自由にデザインしました。
私の理想をそのままつめこんでも
「ダメでした」と言われることはなかったですし、
試作をつくっていただいて、
その場で要望をお伝えしたらサッと調整してくださって。
ピアスの接着部分のサイズを
さらに小さくしてもらっていましたよね。
岡本
その場で、職人さんをよんでくださって、
要望をお伝えしたら
「ちょっと待っててください」と言われて、
すぐに調整されたものを持ってきてくださって。



SIRI SIRIでは日用品を作る工芸技術を
よく採用しているんですけど、
お皿やコップなどに使われる技術が多いので、
ふだんやっていないことをしてもらっている
部分があるんですね。
でも、詫間さんは専門的に
水晶のジュエリーを長くつくられているので、
ニュアンスや雰囲気も感じ取ってくださって、
ほぼ私が描いた図面と模型のとおりでした。
写真
指輪がこぼれ落ちそうな、
ちょっとニュアンスのある感じで素敵です。
岡本
じつは、この指輪が複雑なデザインになっていて、
水晶がすこし斜めにつくような
デザインになっているんです。
この絶妙な角度を表現できたのは、
詫間さんだったからだなと思います。
この、ななめのニュアンスが素敵ですよね。
岡本
真上にくるというより、
ちょっとずれたところで
指と指のあいだに寄り添うように。
存在感があるサイズですけど、
無調色なので雰囲気は控えめだと思います。
あと、なるべく高さがですぎないように、
フラットにしてもらいました。
ピアスはしっかり、存在感があって。
写真
岡本
卵型ですよね。
私が図面で描いたとおりで、
どんな風につくったんだろうと不思議に思うくらいの
再現度だなと思いました。
水晶って、研磨する工程も結構ありますし、
ここまで小さくしてきれいに磨くことって
それまで培われてきた技術と知恵がなければ
できないことだと思うんです。
シンプルなデザインですが、
この精度の高さは技術の賜物だと感じます。



コレクション全体にリズムがほしいと思って、
つくったのがスクエアのプロダクトです。
ただのフラットな面ではなくて、
脇からみると膨らみがあるようにデザインしました。
写真
水晶で四角いフォルムって
なかなかめずらしいですよね。
岡本
丸みをおびていると、質感もあって
やさしくてかわいらしい感じですけど、
それだけじゃない雰囲気のものをつくりたくて。
水晶を扱うのは難しかったですか?
岡本
あまり感じなかったですね。
ジュエリーのバックグラウンドがしっかりあるので、
ジュエリーをデザインすることに
詫間さんをはじめテクニックがきちんとある。
素材そのものがいいものなので、
全部でトータルの制作期間は
1年くらいかかったと思いますが、
すごくテンポが良くて気持ちのいい時間でした。
白樺そのものの姿から形を決める。
HOBO SIRI SIRIのコレクションを重ねてきて、
年に一度のごほうびに、
定期的にアイテムを買ってくださる方も増えてきました。
これまでのアイテムを入れておける
ジュエリーボックスがほしいとずっと話していましたが、
ようやく形になりましたね。
岡本
うれしいですね。
時間がかかったぶん、いいものができたと思います。
写真
ジュエリーボックスは、
北海道旭川市に拠点をかまえる
「kochia (コキア) 」さんにつくっていただきました。
岡本
私が、スイスの自宅で使っているデスクに、
スイスの木でつくられたジュエリーボックスを
置いているんですね。
デスクのうえに置いてあっても
デザイン的に違和感のない、
生活になじむジュエリーボックスがほしいと思い、
今回デザインさせてもらいました。
たしかにジュエリーボックスというと、
バニティボックスなど“いかにも”になりますよね。
岡本
私がつくるのだとしたら、
そういう感じじゃないものをつくりたくて。
私が、北海道の白樺でつくられたものを持っていて、
白樺のプロダクトに魅力を感じていたんです。
kochiaさんにお願いすれば、
北海道の土地を感じられるような
白樺でできたジュエリーボックスを
つくれるのではないかと思ってご相談させていただいて。
シェイカーボックスにも近いような
シンプルなデザインですが、
この絶妙なカーブがきれいですよね。
岡本
そこは、いちばん大事にデザインしました。
どんな場面でも使えるように、
シンプルだけれど一捻りを加えて。
あとは、フォルムですね。



無垢の白樺でやりたかったので、
できるだけこの細長い楕円形が
一枚板でおさまるようにするために、
ギリギリのサイズ感でつくりました。
木をつなぐのではなくて一枚板で。
岡本
木をつなぐようなデザインもいいのですが、
できるだけこの素材を生かしたいと思うと
つなぎのない無垢なものにしたくて。



あとは、素材を生かすという意味でも、
無理に理想のかたちにおさめることは、
あまりきれいではないと思っているんです。
それよりも、白樺という素材の形にもとづいて、
そこからおさまりのいいデザインを考えたい。
人間のモジュールだけでなく、
自然が持つモジュール感も大事にしたいんです。
写真
すごく素敵です。
岡本
あと、この横幅だと片手で
蓋を外すことができるんです。
HOBO SIRI SIRIやSIRI SIRIの
アイテムを入れるとしたら
大きなサイズのものあるので、
蓋の裏側を凹ませ、
下段に大きなジュエリーを収めても
蓋が閉まるようにしました。



上段はトレーのように使えて
ジュエリーを置けますし、
2段別々で使っていただいても。
毎日使うものは上段に置いていただくと
使いやすいかな、と想像しました。



また、上段の底部分を器の高台のように
ほんのすこし高さを出していて、
上段だけをテーブルなどに置いたときに
若干浮いているようにデザインしました。
そうすることで、佇まいがすっきり見えるんです。
写真
よく見ないとわからないくらいですが、
たしかにちょっとだけ浮いていますね。
岡本
それと、仕上げはオイル仕上げにしているので、
湿度などの環境の変化によって
木が呼吸し、動きやすいんです。
この高台の部分が下段にはまる際に、
ぴったりだと木が動いたとき
開けられなくなっちゃう可能性もあるので、
すこし余裕を持たせて削ってもらいました。
すごいですね、岡本さんの
デザインの知識がすべてつまっている。
岡本
ここに、すべてが
つまっているかもしれないですね(笑)。
木のものは民芸品よりなイメージがあったのですが、
このトロンとした感じとシュッとした輪郭が、
まさに岡本さんのデザインだなと感じます。
とてもうつくしいです。
岡本
ありがとうございます。
テーブルでもデスクでも、
どんな場所にも合うと思うので
長く使っていただけたらうれしいですね。
パールも魅力的ですが
かたちが決まってしまっているものなので、
水晶のコレクションもジュエリーボックスも、
岡本さんの「素材のよさを生かしてデザインする」
という部分を存分に楽しんでいただけると思いました。
岡本
そうかもしれませんね。
私が得意としているところを生かせたのは、
個人的にもすごくうれしかったです。
パールはかたちが決まっているからこそ
アイデア勝負というかチャレンジングで、
金具もふくめて一体でデザインしようと意識していて。
今回は、水晶も白樺も、
素材から金具まですべて手を加えられたので
これまでとは違う楽しさがありました。



あとは、やっぱり職人さんたちとの出会いですよね。
詫間さんもkochiaさんも、
素材について知識が深いので
思いきりまかせることができました。