日本を代表する6大家具産地のひとつである、
北海道旭川市。ユネスコ・デザイン都市にも認定され、
北海道の雪深い山のなかで育つ木から
うつくしい生活道具をつくっています。
旭川の北東にある桜岡にアトリエをかまえるのが、
ジュエリーボックスをつくってくださった
デザイン事務所「kochia (コキア)」さんです。
ギャラリー「ギャラリイ帚木(ほうきぎ)」も併設。
デザインを軸に、幅広い活動をされています。
コキアの荒木孝文さんは
「いろいろ興味があって」と楽しそうに話します。
荒木孝文 (あらき・たかふみ)
デザイン事務所 kochia / ギャラリィ箒木主宰の造形作家、
デザイナー、デザインプロデューサー。
旭川市郊外にあるアトリエにて、プロダクトデザイン・クラフトデザイン・
家具デザインや生活道具の創作活動 ( 木のうつわ・ おもちゃ等)、
ライフワークに技術技能書やビンテージ品の収集を行い、
日々、芸術工学研究や創作に励む。趣味は愛犬とフリスビー遊び。
どんな生活用具を生み出したいのか。
─
インタビューを拝見していると、
ディレクション、グラフィック、製品開発や研究など、
いろいろなことをされていらっしゃいますよね。
荒木
そうなんですよね。
デザイン事務所としては、
製品の開発やディレクション、ブランディングまで
“デザインプロデューサー”みたいな立ち位置で、
プロダクトの開発に関わることもあれば
経営をデザイン視点から考えることもあります。
デザインを軸足にいろいろやっていて、
そのうちの一つが木工のプロダクト開発なんです。
─
木材をあつかうのは職人技、というイメージがあります。
もともとは工房などにいらっしゃったんですか?
荒木
僕がデザインを学んだのが、
旭川にあった北海道東海大学という場所で。
2008年に閉校してしまったんですけど、
そこが奇跡的な大学だったんです。
─
奇跡的ですか?
荒木
芸術工学部といって、
デザインや建築など、専門的なクリエイティブ産業を、
幅広く学ぶことができたんです。
それは、大学がバウハウスの影響を
強く受けていたこともあって。
─
ドイツのモダンデザインの拠点である
バウハウスも、建築、デザイン、美術を
総合的に学べる学校ですよね。
荒木
家具、日用品、インテリアデザインにいたるまで
美を追求するという姿勢でした。
今思うと、芸術学も学べたことが重要で。
感性や審美性を育む機会となりうれしかったです。
また、学ぶだけではなくて、
実際に自分の手を動かして作ろう、
という教えが強い学校でした。
製作についてはスウェーデンの巨匠の元で
職人をされていた方が
学校の工房の先生であったり、
家具デザインは中尾紀行教授、
デザイン史やコレクシション活動、
デザイン研究は織田憲嗣名誉教授から、
本当にいろいろ教えていただきました。
ここで木工と出会ったことが
今につながっていると思います。
そのあと、デザイン事務所に就職したのですが、
図面を引くばかりで手を動かすことが少ない。
大学とのギャップみたいなものを感じて、
岐阜の飛騨高山の北欧家具の復刻を
やっている会社に転職しました。
─
手を動かして家具をつくりたいという思いから。
荒木
やっぱり、そのほうがおもしろいなと思いました。
そこで職人さんたちに直接教えてもらいながら
木工機械をひと通りさわれるようになって、
木材をあつかえるようになりました。
デンマークの巨匠の作品も身近に触れることができ、
なぜこの造形に至ったのかを研究することもできました。
一段落したタイミングで、今度は旭川に戻り
イタリア系ソファブランドの
ファクトリーの研究開発チームに入ったんです。
そこで、布やミシンのおもしろさにも気がついて‥‥
ソファのパタンナーを担当させてもらったり、
最高でした。
手を動かすことが好きだとわかったけれど、
興味の幅は広がっていくばかりですよね(笑)。
「どんな生活用具を生み出したいのか」
そんなことをずっと考えていた気がします。
─
実際にいろいろ手を動かしてみた結果、
好きなことを選び取られているんですね。
荒木
肩書きを名乗るときに、
ものづくりの職人かといわれると滅相もない。
旭川地域や日本の職人さんは、
すごい技術を有しています。
僕は、どちらかといえば自分の創作を表現する
「生活道具の作家」と名乗っています。
カッティングボードや器、家具など、
暮らしの道具を自分でつくることができるので。
─
岡本さんにお話をうかがった際に、
このジュエリーボックスは、
仕事場や机など生活空間の中に置かれていても
違和感がないものにしたかった、
とおっしゃっていたんです。
まさに、荒木さんが大切にされている、
「生活道具」という部分でおふたりは
共鳴されていたのかなと思いました。
荒木
わあ、それはうれしいです。
SIRI SIRIさんの作品は昔から大好きで、
岡本さんのデザインにずっと注目していました。
それだけ心惹かれるっていうことは
共鳴するところがあるんだろうな。
"白い樺"は推しの木
─
ご一緒されてみていかがでしたか?
荒木
創造性が重なり合うような感覚でした。
僕は設計と製作を担当し
最初、上蓋の曲線の断面形状の一部をいただいて、
それ以外は「一緒にいい感じを探しましょう」と。
正円はわかりやすいけれど、
楕円ってデリケートなかたちなので、
そのバランスを話し合いながら、設計をしていきました。
ピアスや指輪などジュエリーを置くことなど
使われるシーンに思いを巡らせながら、
作り手同士としてのいい“感じ”を
疎通できていたような気がします。
─
すごくきれいに作っていただいてうれしいです。
白樺も新鮮だなと思って。
荒木
今回は、白い樹脂の樺を総称して
「白樺」とよばせていただきますが、
白樺は僕の推しなんですよ。
─
推しなんですね。
荒木
大好きな素材で、
個人の作家活動でも20年以上使っています。
毛羽立ちやすい特徴があるのですが、
研磨するとピーチスキンのような
シルキーなさわり心地になる。
色味もきれいであたたかみを感じます。
─
やわらかくてやさしい感じの木だなと、
ジュエリーボックスを手にして思いました。
荒木
“パイオニアツリー”とよばれていて、
どんな植林した苗木よりも成長が早いんです。
なので、循環型のものづくりを考えると、
白樺を生活道具にしたい気持ちがあります。
ただ、なかなか流通しない素材なんです。
木を切って貯蔵しておくと変色しがちで。
あとは、夏に伐採すると水を吸い上げている時期なので、
スカスカとした軽い印象になってしまう。
やわらかめで、毛羽立ちやすいですしね。
─
わりと、扱いが難しい素材なんですね。
荒木
そうなんです。
でも、すごく北海道らしい木ですよね。
─
白樺が北海道の雪の中に生えている景色は、
とても美しいイメージがあります。
荒木
僕も各地で働いていたときに、
冬に旭川に帰ってきて
白樺がばーっと生えている景色を見ると、
「ああ、帰ってきたな」と思いました。
なにか形にできないかと思っていたとき、
白樺は気温が低いと扱いやすいことがわかって。
雪が降る中で木を切ると、
ギュッと身が詰まっているものになります。
貯蔵も、気温が低いと変色しにくい。
そうやって季節的な特徴を利用して、
どんどん活用していこうと考えています。
─
ジュエリーボックスは、
白樺の木を無駄なく使ったデザインだと
岡本さんからうかがいました。
荒木
今回は特別に、白い樺を用いて拵えました。
なので、丸太の白い部分ギリギリまで使って
ジュエリーボックスにしました。
このくらいの幅であれば、
つなげて作る方法もあるんですけど、
一本のままで「素材の力を引き出せないか」と
岡本さんからご相談がありまして。
そこで、森から運ばれた原木を調達し
製材乾燥といった、
木材を作るところから行っています。
そして、美しいシェイプというものを
岡本さんがデザインしてくださいました。
─
小学生の頃に、
校外学習で白樺でえんぴつ立てを作ったんですけど、
意外と白樺ってカラフルで、
この淡い色味を揃えるのは大変じゃないかと感じました。
荒木
あの、すごい大変なんです(笑)。
─
やっぱりそうですか。
荒木
大変でしたけど、いろいろ探しました。
あとは仕上げでなにを塗るかでも変わってくるので、
岡本さんが選んでくださった仕上げは、
白樺の色味がほどよく残るんです。
色味や質感も、際立たせてくれる。
白っぽいものや透明なものを置くと、
色が際立ってきれいに見えると思います。
朝起きて、支度をしているときに、
木の色が目に映ると一日の始まりが変わる気がします。
そういう感覚も、岡本さんと「いいね」と言いながら
つくれたので楽しかったです。
─
素材を大事にしている、というところでも
おふたりは共通していたと思います。
荒木
僕も、なんだかんだ木が好きですね。
だからこそ、この木をいろんな人に活用してもらいたい。
今はギャラリーも営んでいるのですが、
ここはコミュニティ形成の場所でもあって。
小さな田舎町ですけど
ここにクリエイティブなことがあると、
クリエイターが集まるきっかけになる。
そこから、その土地の素敵さや素材を
見つけ出してくれる可能性があるので、
もっと大きくしていきたいです。