あさおか・くみこ
スパイススタジオ株式会社 代表取締役、
スパイスコンサルタント、
“香りと味覚のブレンド術”をテーマに、
食品コンサルティング、セミナー、雑誌、
テレビ出演、監修などを行なっている。
自身のスパイス企業を経営しながら、
スパイスの普及活動として
より自由な提案ができる場をめざして、
2016年10月
「épices GINZA(エピス ギンザ)」を設立。
(エピスとはフランス語で「スパイス」のこと。)
世界で深く愛されている家庭料理を
背景や文化を含めて味わえるよう、久美子さんによる
クッキングレクチャーつきディナーを開講。
1日1組限定で紹介制のレストランとしても営業している。
「ほぼ日」では「調味料マニア。」に登場、
2019年・丸の内では「épices GINZA」で
「生活のたのしみ展」にも出展。
「épices GINZA」は、一応、レストランなんです。
でも、ふらっと「今日、あいてる?」という店じゃなく、
紹介制というかたちをとっています。
なぜそのかたちにしたかというと、
私はスパイスのプロフェッショナルから
人生経験を積んでシェフになったので、
誰にでもおいしいと思っていただく料理はできなくとも、
その人の──生い立ちまでは知らなくても──
嗜好とかバックボーンとか、生活スタイル、
多少は知っている方についてだったら
料理をすることができる。
まったく初めての人につくるシェフは立派だと思います。
だけど、私はシェフになりたいと思って
歩んできた人生じゃないので、
私の知っている人たちに喜んでもらいたい、
ということが根本にある。
それで紹介制っていう形にさせていただいているんです。
「épices GINZA」の前から、
「スパイスアカデミー」という講座があるんですが、
これはスパイスをブレンドする「ブレンディング」を
みなさんにお伝えしようと始めたものです。
受講生には料理のプロの方もいらっしゃるし、
スパイス好き、ハーブ好き、
お料理好きの方もいらっしゃるけれども、
これもすべて紹介制、口コミだったんですよ。
始めた10年近く前は、SNSに掲載しないでね、
ということを約束にしていました。
その講座では、スパイスを、学術的ではなく、
実生活の中で使ってもらって、
その人らしいブレンドをつくることを目的にしています。
レストランをつくったのは、
私が講座でつくる料理を食べてみたい、
という声にも背中をおされました。
スパイスを世界の3、40カ国から輸入しているので、
それぞれの国の家庭料理をひととおり学んでいるんです。
東京にある、各国の大使館に教わって。
大使館のかたは、ご夫婦で来日なさると、
奥様が「日本の料理を教えてほしい」とおっしゃる。
そのときに、海外の料理も知っていて、
その上で教えてくれる人を、と、探していたんですね。
なぜかというと、「これはフランスだとこういう料理に
相当するんですよ」という説明ができるから。
「あの調理法に似ていますよ」とか。
面白いことに、日本の料理を教えましょう、って言って、
肉じゃがを教えた人はいないんですって。
でもそれが家庭料理じゃないですか。
そして肉じゃがってね、似たものが世界中にある。
だってジャガイモと肉ですから、素材で考えると。
そういうことを私が説明していたら、
各国の大使館とのつながりができていきました。
そこで私は、日本の料理を教えるかわりに、
みなさんの国の家庭料理を教えてほしい、
って頼んだんです。
レシピ本に出ていないような、
お母さんがつくる料理を知りたかった。
大使館には、比較的、おいしいものを知っている方が多く、
また、レシピに詳しい人も多くいらっしゃって、
なかには、自費出版のような本をくださるかたもいて、
そういうところから学んでいきました。
料理本って不思議で、ことばがわからなくても、
「なんとなくわかる」んです。
まるで研究をするみたいに、各国の家庭料理に
没頭していた時期がありましたね。
それを、スパイスの講座でつくると、
たしかに「食べさせて」と思いますよね。
その目的もあって、「épices GINZA」は生まれたんです。
家業ですか? 「朝岡スパイス」といいます。
百貨店やスーパーの調味料コーナーに、
透明のガラス瓶に入って並んでいるスパイス、
あれが朝岡スパイスです。
私が生まれたときにはすでに
「朝岡スパイス」という企業を経営していて、
家庭向けのスパイスはもちろん、プロ用、
それから企業の商品開発を手伝ったり、
そんな仕事をつづけていました。
その道に入ったのは、
もともと私が、食への興味が強かったこともありますが、
思えば、独特な食の教育をする家でしたね。
たとえば、餃子といえば、ふつうの家は1種類。
ところがうちは4種類くらい、
餡の味付けを変えたものが出るんです。
小さい頃から、それを食べ比べて、
どれがどう美味しいか言わなくちゃいけなかった。
また、母が料理のうんと上手な人で、
毎日、料亭か、というくらい、小皿料理が並んでいました。
逆に「どんぶりもの」は出なかった。
それ1つで満腹になる料理は味覚を育てない、
口のなかで混ぜて口中料理をしてこそ味覚が育つ、
そんな方針だったとあとから聞きました。
2019年、丸の内の
「生活のたのしみ展」にお誘いいただいて、
「épices GINZA」が輸入した各国のお菓子や、
スパイスをたくさん使ったオリジナルの
「パンデピス(Pain d'épices)」を販売しました。
パンデピスはそれほど有名ではないし、
そんなに売れないかも? と思っていたのが、
びっくりするほどの人気をいただいて、
ほんとうにおどろいたんです。
「ほぼ日」にいらっしゃるお客さまの
食への興味の高さや、好奇心の旺盛さ!
今回の「旅するスパイス」も、
開発にはいろいろと苦労をしましたけれど、
きっとみなさんに満足いただけるような、
とてもいいものができあがったと思っています。
そもそも私の仕事は、依頼主の要望を聞いて、
その希望どおりのものをつくることなんです。
でも今回は、「ほぼ日」の提案に、
私の方針や嗜好を足して、半々の立場でつくろうと。
こういうケースは、まず、なかったので、
とても楽しんでつくりました。
それぞれのスパイスの調合はもちろんですが、
大事にしたのは3つのバランスです。
食べたときに明確に違うこと。
もちろん味も香りも、です。
(談)
▲『チキンソテーとフライドポテト』
チキンは、重石をして、皮目からパリッと。
ポテトは、タイムといっしょに揚げました。
お皿にのせてから、バスクスパイスミックスを全体に。
お皿の上にもかけると、レストランぽい!
うんと辛いものもあるけれど、
わたしはむしろカリブのイメージって
「爽やかさ」だと思ったんです。
炭火焼きの魚介にライムをキュッと搾って食べたり、
酸味を加えることで食材の味が引き立つ。
そうしたら「それだ!」と、方針が決まりました。
柑橘の印象を出すのに使ったのは、
レモングラスとレモンマートルです。
そして、このスパイスミックスは、見た目どおり、
うんと細かい粉末が主体なんですね。
なぜ細かいかというと、カリブの料理は、
調理としては油をあまり多用しない。
でもスパイスをひき立てるのは油ですから、
油がなくても香りと味を感じるためには、
粒子を細かくする必要があるんです。
ただ、それだと「粉末」だけになってしまうので、
最後にぱらぱらっとかけたときに、
スパイスらしさを、見た目も、食感も感じるよう、
コリアンダーの原形を粗めに手作業で潰したものを、
粉末とともに入れています。
▲『カジキと海老のグリル』
グリルパンで焼き目をつけたカジキと海老。
カジキにはカリブスパイスミックスを全体にかけ、
海老は殻をむいてからつける用に、横にそえました。
▲『ツナのバゲットサンド』
ツナとたまねぎをマヨネーズであえて、
カリブスパイスミックスをふりました。
そしてエリアを表現する以上、その特徴を入れたい。
武井さんからの宿題は「厚い赤身のお肉や、
ひき肉料理に合うような、ちょっとクセのあるスパイス」。
それを考えると、まずタイムは確実に入れたい。
そして、日本だとあんまり普及していないけれども、
世界的に見て胡椒の次ぐらいに使われているスパイス、
クミンも感じたほうがいい。
もうひとつ、少し辛さを感じられるよう、
チリパウダーも加えたい。
そんなふうに組み立てていきました。
この「ニューヨーク」が、3つのなかで、
いちばん多くの数のスパイスをブレンドしています。
カリブ、バスクに比べて、より複雑です。
▲『アンガスビーフのリブロースステーキ』
グリルパンで焼き目をつけたリブロース。
ニューヨークスパイスミックスを全体にもかけつつ、
レモンの上にもたっぷり。
一口大に切ったお肉を、
このレモンにギュッと押し付けると、
また風味がいいんです。
▲『ポルペッテ』
イタリアの肉団子、ポルペッテ。
「ニューヨークのリトル・イタリー」をイメージして
(勝手なイメージですよ!)、
塩がわりにニューヨークスパイスミックスを練り込み、
完成してから、お皿の上でお団子にトッピング。
▲『バスク風トースト』
トーストに、すりおろしトマトと
オリーブオイルをまぜたものをかけて、
ハモンイベリコ(生ハム)、目玉焼きをのせました。
卵黄の色とスパイスの対比がきれいです。
▲『たまごのバゲットサンド』
ゆでたまごをすくなめのマヨネーズであえて、
さいごにバスクスパイスミックスをトッピングしています。
▲『ローストラム』
オーブンで加熱したラムチョップをお皿にもって、
余白にスパイスを。
お肉を手に取って、すこしつけていただきます。
▲『パプリカのマリネ』
網で真っ黒に皮を焼き、冷水で皮をむいて、
スライスした3色のパプリカを、
オリーブオイルとワインビネガーに浸しました。
ふつうは塩味をつけますが、
あえて、食べるときに、
スパイスミックスをちょこっとつけて。
▲『カリフラワーのロースト』
オリーブオイルを塗ってから、
オーブンで加熱したカリフラワー。
ボウルにうつして、スパイスミックスであえました。
①デザートペッパーをすり鉢に入れ、
軽く割れるていどにつぶします。
②シロップの材料を合わせ、よくまぜておきます。
酢と水の割合や砂糖やハチミツは、
味をみて、お好みの酸度と甘さにしてください。
③フルーツを食べやすい大きさに切り、
容器にすべての材料を入れ混ぜます。
④ラップなどをかけ、1時間ほどおきます。
冷たいものがお好みなら、冷蔵庫に入れても。
半日ほど浸けておいても大丈夫です。
⑤残ったシロップは、炭酸で割っても
美味しくいただけます。
久美子さんのひとこと
ふだん、食べるわけではないんですね。
日本人と似て、香りを楽しむわけです。
だから、香りを活かさなければいけない。
こと、独特な文化をもつバスク。
私は彼らの気持ちになりきって、
香りを大事にミックスを考えました。
使ったのはA.O.P.認証のエスプレット唐辛子。
これを、この時期、日本に持ってくることが、
どれだけたいへんだったか!(笑)
でも武井さんが言うわけですよ、
おいしくないとダメだからA.O.P.はマスト、
しかも「もっとパンチが欲しい」って。
さあそれをどうするか。
武井さんのパンチっていうのは、辛さじゃなく、
口に入れたときにすぐ感じるものでもなく、
噛んではじめてはじけるものだろう、と、
いろいろ試作をして、黒胡椒の粒の粗さ(メッシュ)を
石臼を使って手で調整しました。
スパイスの面白さがこのメッシュで、
ミルを使うか、機械か、手か、ほんとうに香りがかわる。
これを何種類もつくって、試して、
ようやく完成したものです。