ヴィレヴァン下北沢が激推しする『ボールのようなことば。』

2015年版のほぼ日手帳 WEEKSには
全15種類のラインナップがある中で、
ヴィレッジヴァンガード下北沢店では
松本大洋さんの装画を表紙にした
ボールのようなことば。』だけを
100冊も仕入れてコーナーを設ける猛烈プッシュ。
「過剰」とも言えるほどの展開を実行した
ヴィレヴァン下北沢店 書籍担当の長谷川さんに、
ヴィレヴァン流の販売戦略を語っていただきました。

長谷川朗(はせがわあきら)

福岡県北九州市出身。大学を卒業後、
地元小学校での非常勤講師を経て、
小説やアートの創作活動をしながら
ヴィレッジヴァンガードで働きはじめる。
正社員となって新潟店、高円寺店の店長を歴任し、
2012年から下北沢店の次長として書籍部門を担当。

「遊べる本屋」として全国約400店舗。
公私混同で雰囲気をつくるのがヴィレヴァン流。

――
お店をグルっと回らせていただいたのですが、
さすが下北沢店は品揃えが個性的ですね。
他の店舗とは、どこが異なるんですか。
長谷川さん
ひと言で表すと「権力」ですね。
――
権力ですか!
長谷川さん
権力というか、担当者の裁量にまかせてもらえる
比重が他の店に比べて多いんです。
通常、チェーン展開をしているお店というのは
仕入れについては本部との調整が必要になります。
しかし、ヴィレヴァンではここが一番違うところで、
かなりの権限を現場に任せてもらっています。
その中でも、「シモキタ」は
全国1位の売り上げを誇る店舗として
その権限というかブランド? によって
たくさんのお話をいただけることにより、
独自の品揃えができるんです。
――
たしかに、商業施設のお店とは全然違いますもんね。
長谷川さん
下北沢みたいな路面店と、インショップの店舗では
また事情が変わってきます。インショップだと
ディベロッパーさんの目も気にしないといけないので。
下北沢店では、仕入れも陳列もかなり自由ですから。
――
お客さんに合わせて、仕入れを変えるということですか。
長谷川さん
店舗ごとに仕入れは変えていますが、
自分の好きなものを入れることが基本です。
お客さんに合わせた商品だけを仕入れても
効率はいいだろうけど、面白くはないんですよね。
僕の上司に、どの店舗でも忍者コーナーを作る人がいて、
その人は、空気でふくらませた人形に忍者の服を着せて
天井から吊るし、小さく「忍者コーナー」って書くんです。
――
えっ、忍者って売れるんですか?
長谷川さん
いや、売り上げは出ませんよ(笑)。
でもそれがお店の個性になっているんですよね。
他の店舗で忍者コーナーを見つけると
「あっ、あの人が来たんだな」ってわかるんです。
完全に公私混同ですが、ヴィレッジヴァンガードだから
許されるし、お客さんも楽しんでくれるんですよね。
――
長谷川さんは、どんな公私混同をされているんですか。
長谷川さん
僕が高円寺店の店長をしていたときに、
サイタマノラッパー2』という映画の原作本が
太田出版から出されるタイミングで、
「関係者さんへ。ウチでインストアライブやりませんか?」
というPOPを書いたら、それが関係者の目に入ったらしく
入江悠監督から「じゃあ来週やりましょう」という
メールをいただいて、インストアライブが実現しました。
――
お店のPOPが、メールのような役割になるんですね!
長谷川さん
そうなんです。僕はそこで味をしめて、
「菊池亜希子さんと付き合いたい店長がやってる店」とか
「蒼井優さん、友達になりたい」とか書いたんですが、
そっちはまだ実現されませんね(笑)。
――
それは難しそう(笑)。
でも、ヴィレヴァンならではの面白さを求める文化が
ずっと受け継がれている感じがしますね。
長谷川さん
たぶん、ヴィレッジヴァンガードが
いちばん面白いとされていた時代って、
「ヒマ」で「商売ができなかった」んだと思います。
時間があって、何をしていいかわからないから
売り場を触ったり、POPを書きまくっていたんです。
僕がバイトしていた時代の店長なんて、
お店があまりにもヒマで、雑誌の『Switch』を
天井から吊るしてクルクル回してたら
それを横尾忠則さんが下から眺めてたなんていう
エピソードもあるぐらいですから(笑)。
――
うわー、かなりシュールな光景ですね。
書籍の仕入れで意識することは?
長谷川さん
僕は、自宅とお店の本棚を同じように考えています。
お店にある商品も、自分が読みたい本が多くて
好きなものを所有している感覚になるんですよね。
自分の趣味で、自分がほしいものという感覚で仕入れたら
売れ残ったとしても、そっちの方が面白みはあります。

2012年発売の『ボールのようなことば。』が
ヴィレヴァン下北沢店で、最も売れた文庫本に。

――
2012年に発売した文庫本『ボールのようなことば。』が
今でも売れ続けているんですよね?
長谷川さん
はい。僕は下北沢店に来て2、3年というところで、
それまで文庫本では、累計で800冊ぐらい売れた
というのが最高だったんですが、
『ボールのようなことば。』が先日1,000冊を超え、
ダントツ1位で売れているので驚いています。
これはヴィレッジヴァンガードの特徴ですが、
新刊じゃなくても魅力的な商品は
ガッと打ち出してPOPをつけるので、
いい商品が、ずっと売れ続けるんです。
『ボールのようなことば。』は、その典型ですね。
――
売れるきっかけはあったんですか。
長谷川さん
それが実はよくわからないんですよね。
松本大洋さんのファンがけっこうデカイのと、
糸井さんのネームバリューがあっても、
最初2ヵ月ぐらいで売れて
その後はフェードアウトしていくのかなと
予想していたら、今でも人気が続いています。
――
どんな人が買っていかれるんでしょうか。
長谷川さん
20~30代かな、若い人が買ってくれてますね。
自己啓発コーナーに置いてあって
迷っているだとか、人生の指針を求めている人にとっては
文字が詰まっている本だと入っていきにくいのですが、
これは中を開くと、すごく読みやすいんです。
立ち読みで何ページか読んでから買っていく感じかな、
はじめから買おうと決めて来るのではなく、
その場で出会って衝動で買っていくというのが強いです。

所有していてうれしくなる装幀だから、
本棚にずっと置いておきたくなる。

――
今回、ほぼ日手帳 WEEKSの表紙として
この『ボールのようなことば。』が出ると
聞いていかがでしたか。
長谷川さん
「よっしゃ売れるな」ですね。
ヴィレッジヴァンガードでも手帳はけっこう売れるし
場所も広く取っているんですが、
この手帳は、装幀がホントにすばらしいです。
来年の手帳を買おうとしている人が
松本大洋さんのファンならこれを選んでくれるし、
手帳を使わない人でも、手に取るきっかけになりそう。
仮に、手帳をまったく使わなかったとしても、
この手帳なら本棚に置いておきたいじゃないですか。
――
手帳ではあるけれど、書籍のような扱いなんですね。
長谷川さん
そうですね。たとえば人気の漫画や小説だと
1回読んで楽しめればいいやってなるんですが、
装幀も含めていい本だったら、机の中や本棚に
ずっと置いておきたい、その感じに近いですね。
文庫本では背表紙で隠れていた部分が
一枚絵になっているのも、ファンにとっては
うれしいアイテムだと思います。
――
コーナーまで作ってくださって、ありがとうございます。
あの、ちなみに2015年版のほぼ日手帳 WEEKSでは
15種類のラインナップを用意しているんですが、
その中で『ボールのようなことば。』だけを仕入れることに
なったのは、どういった理由があったのでしょうか。
長谷川さん
全種類を仕入れても、たぶん売れるとは思います。
でも、種類を増やすだけ増やしても
やっぱり売れる数に天井はあるので、
1種類でも15種類でも、トータルで考えたら
同じぐらいの売り上げになると思うんですよね。
――
それで『ボールのようなことば。』だけを100冊も‥‥。
長谷川さん
そこはもう、使命感みたいな。
100入れなきゃダメだろ、っていう。
昔の人ほど100とか言いたくなる(笑)。
キリのいい数字が好きなんですよね。
他の店舗で店長をやってるときに聞いた話ですが、
「ハクション大魔王」の魔法のつぼ型ライターが
ブームになっていた頃に、1,000個仕入れて
それを全部売り切ったことが伝説になっているんです。
たぶん1,000個入れたことでヤバイってなって
売るための努力を頑張ったんでしょうね。
――
売り場に気合を入れる役割もあるんですね。
長谷川さん
ウチの場合、他の書店に比べて
熱量を全面に出せることがメリットで、
逆にそれをしなかったら埋もれちゃうんです。
多面で販売してPOPをつけることで
売り上げは大きく変わってきますね。

「松本大洋の絵を買おう! 今回は特別に
 付録として手帳が中についてます‥‥。」

――
POPはヴィレヴァンの象徴ですよね。
長谷川さん
働いていると感覚が麻痺してしまって、
モノがいいからPOPつけなくていいやって
思うこともあるんですが、
たとえばアルバイトの面接で、
ウチの店をよく利用するという人に魅力を聞いてみると
POPって答えてくださる割合がかなり多いんですよね。
僕らが考えている以上に、POPの効果はありそうです。
――
長谷川さんのお気に入りPOPはありますか。
長谷川さん
僕が高円寺で店長をしていた時は
まだiPhoneが出はじめた頃だったんですが、
画面が割れると修理代が高いじゃないですか。
ケースや保護フィルムの種類が増えてきた時に
けっこうデカいPOPで「修理代6万円」って書きました。
「割れるのを防ぎますよ」って言われるよりも
「修理代6万!」って言われた方がリアルにヤバイ。
僕の中では名コピーかなあと。
――
はじめてPOPを書くときって、ドキドキしませんか。
長谷川さん
最初はPOPを書くことが、いちばん嫌いな仕事でした。
当時の店長がプレッシャーを与えてきて、
無理に面白いものを書こうとしても寒くなったり
フツーの説明や、商品の名前とかをそのまま書くと、
いつの間にか自分の書いたPOPが捨てられてるんです。
そうすると書くことがトラウマのように怖くなって、
最初の2、3ヵ月はものすごくイヤでした。
――
イヤだったPOPにも、なにか変化は生まれましたか。
長谷川さん
時間が経って、お客さんの姿や像が
見え始めるようになったら楽しく思えてきました。
どういう人が商品を買うかを想像しろと言われていて、
やっぱりそれが本質だと思いますし、
商品だけを見ようとするから書けなかったんです。
広告のキャッチコピーとも違うのは、
お店によって年齢層が違ったり、
好きなアーティストが変わったりもするので、
それによって効く言葉が変わることですね。
POPを書くのには慣れが影響していて、
数をこなすとうまくなるんです。
今ではいちばん好きな仕事ですよ。
――
新人の方がPOPでやりがちなミスってありますか。
長谷川さん
最初の頃は「字が汚い」のと「クソマジメ」ですね。
よく、ヴィレヴァンの字がみんな似てますねって
言われることがあるんですが、
書き慣れてくると、ペンの角度とか
書きやすい場所が似てくるからだと思うんですよね。
あそこに前の店長が書いたものがあるんですが、
あれは太い「POSCA」の角で書いてますね。
――
すごい、いわゆる「ルール」なのに
あの字だとスッと読めますね!
長谷川さん
ヴィレヴァンのPOPにもいくつかパターンがありますが
元をたどると、たぶん3人ぐらいに行き着くんです。
この3人から流派のようにそれぞれ伝承していって、
店長が指導したり、書いたものをマネしていくことで、
みんなが似たものを書けるようになるんですよね。
――
今回、『ボールのようなことば。』コーナーにも
たくさんのPOPをつけてくださいました。
「プレゼントに」という提案もありますね。
長谷川さん
手帳と文庫本を、セットにしてみました。
こんな手帳ならもらってうれしいし、
手帳がよく売れる時期は年末なので、
クリスマスプレゼントとしてもどうでしょうか。
――
並べ方で意図していることはありますか。
長谷川さん
手帳そのものがコンパクトなサイズなので、
売り場で埋もれないように気をつけました。
文庫本と、それから「ほぼ日」の本も
一緒に出すことで連動感を出しています。
ピンポン』や『sunny』も
並べて、松本大洋さんの絵をすぐに認識できて
惹きつけられるようにしています。
僕は『ボールのようなことば。』を哲学の入り口だと
思っていて、この本を好みそうな人が読んでくれそうな
佐藤雅彦さんの『プチ哲学』や
ヨシタシンスケさんの『りんごかもしれない』を
近くに置くことで、考えるきっかけになればなと。
――
ひとつの手帳が、何かのきっかけになるといいですね。
長谷川さん
ヴィレッジヴァンガードの売り方って、
商品に対する熱量を表現できたりすることは
一般の書店さんよりも絶対に強いと思っています。
僕も書店員として、
本や考えることを好きじゃない人が知ってくれて
本の世界に入ってくれるきっかけをつくりたいんです。
――
長谷川さん、熱のある解説をありがとうございました。
『ボールのようなことば。』のコーナーの様子は
ぜひヴィレッジヴァンガード下北沢店でお確かめください。

ヴィレッジヴァンガード公式フリーペーパー
『VV magazine』のvol.3で、
長谷川さんが楳図かずおさんと対談をされています。
なんと、下北沢店に置かれているものには
10冊に1冊ぐらいの確率で長谷川さんのサイン入り!
くり返します、楳図かずおさんのサインではなく、
いち書店員である長谷川さんのサインです。

ヴィレッジヴァンガード下北沢店POPセレクション

2014-10-02-THU