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LIFEのBOOK ほぼ日手帳

LIFEのBOOK ほぼ日手帳

『うつヌケ』田中圭一さん × ほぼ日手帳 心の変化を記録しておくこと。

漫画家の田中圭一さんによる、
うつ病をテーマに描いたインタビュー漫画、
『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』が、
30万部を超える大ヒットになりました。
10年の間、うつと向き合いつづけ、
現在ではうつを克服されている田中さん。
うつのトンネルから抜け出せたきっかけは、
気温と機嫌の記録をつづけることで、
ある法則に気づいたからなんだそうです。
『うつヌケ』の中で描かれていた、
記録をつづけることや日記を書く意義、
そして、「ほぼ日手帳」でできるうつ対策について、
田中圭一さんにお話をうかがいました。
心の変化を書きとめておくと、
きっと、未来の自分が喜んでくれますよ。

田中圭一さんのプロフィール

田中圭一(たなかけいいち)

1962年5月4日生まれ。
大阪府出身。血液型A型。
手塚治虫タッチのパロディーマンガ『神罰』がヒット。
著名作家の絵柄を真似た下ネタギャグを得意とする。
また、デビュー当時からサラリーマンを兼業する
「二足のわらじ漫画家」としても有名。
現在は京都精華大学 マンガ学部 マンガ学科
新世代マンガコースで専任准教授を務めながら、
株式会社BookLiveにも勤務。
Twitter:@keiichisennsei

パロディ漫画家の解析。

――
田中さんがおもちゃの営業をしていた頃は、
「今やっている仕事を漫画に描いてやろう」
というつもりで働いてはいませんよね?
田中
漫画にするつもりはありませんでした。
ただ、スケジュールを手帳に記録していたおかげで、
ネタだしの時に、本当に役立ちました。
特に、最近のボクの漫画でウケている
レポート漫画では、
自分が主役だから描きやすいんですよ。
キャラクターをこしらえなくてすむんですから。
『サラリーマン田中K一がゆく!』も、
半分フィクション、半分ノンフィクションなので、
手帳に記録をしていたことによって、
「ああ、こういう時期があったな。
じゃあ主人公の気持ちはこうだよね」
というふうに話を展開していきやすかったんです。
――
自分が主人公として登場するから、
キャラクターも動かしやすいんですね。
田中
そうですね。
これは『中国嫁日記』の井上純一さんが
おっしゃっていたんですけれど、
『中国嫁日記』は一冊30万部とか売れたのに、
井上さんのフィクションの四コマ漫画とかは
全然売れないそうなんです。
なぜだろうと自分の胸に手をあてて問いただしたら、
漫画で描いたキャラクターのことを
記号としか思えなかったからなんだそうです。
『中国嫁日記』のユエさんは、
実際の奥さんを記号化して描いているから、
生きて動いてしゃべっていることも信じられる。
ところが、架空の四コマ漫画では、
主人公が生きて動いてしゃべっているとは、
どうしても信じられない。
だから魂がこもらない、と話していました。
――
キャラクターの魅力にも
影響しているんですね。
田中
その一方で、スタジオジブリの宮崎監督は、
たとえば『未来少年コナン』のラナについて、
「ラナはね、こういう女の子で‥‥」
というふうに延々と語れるわけです。
自分の空想で作り出したキャラクターが、
生きて動いてしゃべっていると信じられること。
それができる人が一流のクリエイターなんだろうな、
ということを井上さんがおっしゃっていて、
その考えに、ボクも共感したんです。
――
たしかに、スタジオジブリの登場人物って、
みんな魅力的に見えます。
田中
だからボクも、自分が主人公の漫画を
描きやすいのは当たり前なんです。
じゃあ、一からでっち上げた
キャラクターの性格に厚みもつけて、
生い立ちから何からを全て脳内で整理できて、
「こいつはこんな生い立ちで、
過去にこういうトラウマがあるから、
ここではこういう動きをするのが当然だよな」
と考えながらストーリーが作れるのかというと、
うーん‥‥、ちょっとボクには無理だなぁ。
深いストーリー漫画を描ける人って、
脳みその構造が違うんだろうなと思います。
たとえば、『ガンダム』の富野監督なんて、
あんなにたくさんのキャラクターが出てくるけれど、
それぞれが、本当にいそうな感じがしますもん。
何人ものキャラクターを、
ちゃんと生きているように動かせることって、
漫画なり、あらゆるものづくりにおいて、
大事な能力だなと思いますよ。
――
田中さんは、過去の漫画のタッチを真似する
「イタコ漫画」を描かれていますよね。
自分が描く漫画の中にキャラクターを登場させて、
動かしていくと思いますが、
いわゆる「ファンアート」との境界線って、
どういうところにあるのでしょうか。
田中
ボクがやってることは、
ファンアートとはちょっと違うんですよね。
「パロディ漫画家として何を目指しているの?」
と訊かれたら、答えはひとつです。
「ボクは漫画界の清水ミチコを目指しています」と。
清水ミチコさんって、
松任谷由実さんのモノマネがうまいけど、
ユーミンが絶対に言わないようなことを
ラジオDJっぽく言うじゃないですか。
――
ああ、わかります(笑)。
田中
あの芸を漫画でやっているのが、ボクなんです。
つまり、モノマネ芸人なわけですよ。
ファンアートは、その作品が大好きで、
自分の好きなキャラにこんなことをさせたい、
といった願望で描いているんです。
そことは軸線が違いますよね。
――
田中さんは、真似するキャラによって、
描き方とかも変えているのでしょうか?
田中
そうですね。
描き慣れてくると、
「この人はどんなペン先を使っていて、
どのぐらいの筆圧で描いているかな」
ということも、探っていけるわけですよ。
これも清水ミチコさんといっしょで、
人の声を出そうとする時に、
「田中真紀子は、土井たか子とこの人の声の中間ぐらい」
という分析から入るらしいです。
ボクも模写をしながら、
「本宮ひろ志さんは、こんな太い線を描いているけど、
Gペンを使えば誰でも簡単に太い線を引けるし、
ほっぺたのシャシャシャッという線が
いかに細いかを考えると、じつは相当筆圧が低いよな」
みたいなことを考えながら描くわけですよ。
やわらかいペン先で筆圧を低めに描いてみると、
「ほらほら、やっぱりこのぐらいの筆圧だ!」
という解析ができるんですよね。
――
描きながら、読み解く作業があるんですね。
田中
リバースエンジニアリング、とでも言いましょうかね。
模写をしていると、その人がどんな影響下にあって
この絵にたどり着いたかまで、
ある程度わかってくるのがおもしろいですよ。
たとえば本宮ひろ志さんは、
ちばてつやさんの絵を完璧にマネして描いています。
ボクはその逆で、
本宮さんの絵を模写できるようになってから、
ちばさんの絵をマネしようとしたんです。
逆にたどっていくから、そんなに大変じゃなかった。
本宮さんのタッチを会得するのには
けっこうな時間がかかりましたけど、
そのおかげで得たものもありました。
本宮ひろ志さんと手塚治虫さんはまったく別系統で、
両方のタッチを会得しておくと、
いろんな人の絵をマネできるようになるんです。
たとえば『ガンダム』の安彦良和さんは虫プロ出身で、
あんなに劇画チックなガンダムなのに、
意外と根っこは手塚さんに似ているんですよ。
そういう描き分けができるようになりました。
――
はあー、おもしろい。
流派のようなものがあるんですね。
「ほぼ日手帳」にも絵を描いて
SNSなどで公開する人が増えているんですよ。
日々の中で絵を描いたり、文字を書いたりすることが、
ひとつの習慣として広まってきているので、
いろんな人に使っていただけたらなと思うんです。
田中
やっぱり、紙に絵を描くと、
自然な感じがしてしっくりきますよね。
じつはボクも、ペンタブレットの
あのツルツルするのがいまだに得意じゃなくて。
仕上げはデジタルで作業していますけど、
最初は紙にペンで描いて、
その絵をスキャンして仕上げています。
特に、手塚タッチの場合は、
紙に描かないと、なかなかそれっぽくなりません。
マネしている元が、アナログの線ですからね。
――
ああ、デジタルの線がない時代ですもんね。
田中さんが、これから手帳に記録をするとしたら、
どんなことを書きますか?
田中
記録したいものは、いっぱいありますよ。
今は、睡眠時無呼吸症候群の治療中なので、
まずは体重を落とさなきゃいけません。
だから、食べたものやカロリーを記録したいです。
岡田斗司夫さんが提唱していた
「レコーディングダイエット」がありましたよね。
食べたものを記録しておくことによって、
気をつけるようになってくるんです。
「こんなに食べちゃったらカロリーオーバーじゃん」
ということに自分で気がついて、
自然と摂取カロリーを低めにもってこうとしますよね。
――
ダイエットの目的で食べたものを書くのと、
他には何を書きますか。
田中
それと、ダイエットなので体重は書いておきたい。
あとは、そうだなぁ‥‥。
やる気を五段階評価で残すのもいいかもしれません。
やる気も、うつと似た曲線をとると思うけれど、
やる気と躁鬱は、微妙に異なりますよね。
日々楽しくても、ダラダラしたくて
やる気が出ない時だってありますから。
その要因がわかると、
もっと効率よくできることがあるんじゃないかな。
ボクはいっとき、漫画のネームを描く作業を、
ファミレスでウンウン唸りながら考えていました。
でも、長い時間「つらい、つらい」と悩んでいても、
いいアイデアなんか出てきません。
そこで切り替えたやり方が、
極限まで腹を減らした状態でファミレスに行き、
いちばん食べたいものを注文して、
食べて「うまーい!」と思った食後の、
テンションが上がっている30分。
この時間は機嫌がいいから、
一気にアイデア出しをしようというものです。
――
はあー、心から満足している時間ですね。
田中
そうそうそう。
そこで「わー、楽しい!」となって、
ゲームとかをやっちゃう人もいるんだけど、
ゲームは気持ちが落ちていたってできるんです。
メシのタネである漫画のアイデア出しは、
気分が上がったところでやるぞ、と心がけていました。
――
他の仕事をしている人や、
テスト勉強でも通用しそうですよね。
田中
ああ、そうですよね。
極限まで腹を減らして、
いちばん食べたいものを食べたときって、
生きているのが楽しくなるじゃないですか。
その勢いに乗ったままアイデア出しですよ。
――
ああ、なるほど。
やる気のコントロールは、
誰にとっても関係するような話ですよね。
『うつヌケ』の話からはじまって、
絵の話や、やる気の話まで教えていただき、
どうも、ありがとうございました。
田中
いえいえ、こちらこそありがとうございます。
(以上で、田中圭一さんへのインタビューは終わりです。
ご愛読ありがとうございました!)