どこにでもある段ボールが生まれ変わってできた、どこにもない手帳カバー。

どの家庭にもあって、いつかは捨てられる
「段ボール」に注目したアーティストがいます。
東京を拠点に活動する、Cartonの島津冬樹さん。
段ボール特有の温かみのある素材感、
国や地域によって異なるデザインに惚れ込み、
国内外で拾い集めた段ボールを素材に、
お財布などを作って生まれ変わらせる活動をしています。
島津さんの活動を知ったぼくたちは、
「ほぼ日手帳」の段ボールをお渡しして、
「ほぼ日手帳」のカバーを作っていただきました。
島津さんの手で、なんでもない段ボールに
新しい命が吹き込まれました。

前編段ボールアーティスト

段ボールアーティストのCarton/島津冬樹さんは、
世界中で段ボールを拾い集めて、
お財布やカードケースなどを作る活動をしています。

国内外で街中や市場などを歩き、
いらなくなった段ボールを拾う
活動を続けている島津さん。

拾ってきた段ボールを素材にして
こんな長財布を作っています。
こちら、もともとは
鹿児島県・徳之島のじゃがいもが
詰まっていた段ボールです。

荷物を入れておくという役目を終えて、
捨てられるはずだった段ボールが、
島津さんの手によって、
大切にしたくなる作品に生まれ変わりました。
「ほぼ日手帳」をみなさんにお届けする際に、
オリジナルデザインの段ボールを使っています。
その段ボールを素材にして、
島津さんの手で作品にしていただこうと、
島津さんのアトリエを訪れました。

――
今日は「ほぼ日手帳」の段ボールを使って
作品を作っていただくのですが、
まずは段ボールでお財布を作ることになった
きっかけを教えていただけますか。
島津
最初に財布を作ったのは大学生の頃ですね。
ぼくは多摩美大で情報デザイン学科という
デジタルの領域を勉強する学科にいましたが、
授業とは別に、ものを作るのがすごく好きで、
大学2年生のときには、自分が作ったものを
1日1作品ブログにアップしていたんです。
ちょうどその頃、使っていた財布も壊れちゃって
どうしようかなーと思っていたら、
たまたま家に、おしゃれなダンボールがあった。
バイト代が出るまでの1か月だけもてばいいやと、
間に合わせで作ったのがダンボール財布です。
ボロボロの財布から、ダンボールの財布って、
むしろグレードダウンしてる感じですけど(笑)。
その時に作った最初の財布がこちらですね。
――
おお、かなり使い込んでいる感じです。
中の構造は一般的なお財布と同じですね。
ただ、最新のデザインと比べると、
まだ作りがラフな感じがします。
壊しちゃいそうで、さわるのが怖いぐらい。
島津
でもこう見えて、
お財布として実際に1年弱は使えていました。
途中、ゴムバンドに挑戦した時期もあったんです。
――
ゴムバンドというか、
ごく普通の輪ゴムなのでは(笑)。
島津
「ゴムバンド」なんてカッコいい言い方したけど、
やっぱり、輪ゴムに見えちゃいますよね(笑)。
ゴムってポケットに入れると、
すぐに取れたり引っかかったりして、
けっこう弱いことがわかりました。
だいたい2か月おきぐらいで作り方を変えて、
なかなか形にならずに、
いろいろ悪戦苦闘しましたね。
――
お友達の反応はどうでしたか?
島津
友達からは、やっぱり賛否両論(笑)。
「すごく貧乏に見える」と言う友達もいたし、
「段ボールなのに財布として使えるってすごい!」
と褒めてくれる人もいましたね。
もともとは自分用の財布として作っていましたが、
多摩美の芸術祭で販売してみようと思って、
いろんな段ボールを拾い始めて
段ボール財布を量産するようになりました。
そのときに気づいたことがあって、
段ボールにもいろんなデザインがあって、
段ボールがおしゃれだと、
財布も自然にカッコよくなるんですよ。
そこから段ボールを探すたのしさが生まれて、
段ボール拾いは今でも続いています。
――
今では世界の各地で段ボールを集めていますが、
学生の頃は、日本だけで拾っていたんですか。
島津
当時は日本だけでした。
大学2年生の冬に初めての海外旅行で
ニューヨークに行ったのですが、
段ボールを見ようということではなく、
自由の女神とかを見れたらなあって。
でも、現地でびっくりしたのが、
街なかに落ちている段ボールが
おしゃれだったり、きれいだったりして。
海外にも段ボールってあるんだよなあ、
という当然のことに気づいたのと同時に、
国によって違いがあるんじゃないかと思って、
海外へ段ボールを探しに行くことに、
徐々に興味を持つようになったんです。
――
捨てられている段ボールを
拾うことに抵抗はなかったんですか。
島津
最初は恥ずかしさもあったんですけど、
拾う後悔と拾わない後悔を比べたら、
「あのとき拾っておけばよかったな」
ということが多々あるんですよ。
海外でも、日本でも同じです。
まあ、他人の行動って
そんなに気にしているわけじゃないんで、
最近はまったく気にせず、慣れました。
――
広告会社を辞めてフリーになった今、
段ボールアートの活動も
世界に広げていますよね。
島津
会社にいた頃も海外旅行には行っていましたが、
会社を辞めてから考えが整理されてきて、
「なぜ、その国で段ボールを拾いたいのか」を
きちんと考えて、伝えるようになりました。
その国の事情が見えないと
行っても意味がないと思うようになって、
より内容の濃い旅ができるようになりました。
――
段ボールって、
国ごとにどんな違いがあるんでしょうか。
島津
いろんな意味で違いはあって、
見た目のデザインだけでなく、
段ボールの捉え方が国によって違っていたり。
日本では「段ボールください」と言えば
普通にもらえると思うんですけど、
インドや東南アジアでは、
段ボールを拾って換金することで
生活している人たちがいるんです。
だから、ぼくが拾おうとしても
段ボールが見つからない国もあります。
――
国や文化によって、
段ボール事情が異なるんですね。
いろんな国がありますけど、
島津さんが行きたい国って
どうやって選んでいるんですか。
島津
海外で行きたい国を選ぶ時には、
その国の言語は意識していますね。
段ボールにはその国の言葉が
印刷されていることが多いので、
その言語が魅力的だなと思ったら
その国へ行って段ボールを拾うんです。
このあいだ行ったミャンマーとかも本当に、
「え、何の言語?」とまったく読めないのが
いいなって思って拾ってきました。
――
これまで段ボールのことを
あまり意識せずに暮らしていました。
日本の段ボールって、
どんな特徴があるのでしょうか。
島津
日本の段ボールは印刷の技術が高くて、
版ずれがまったくないんです。
工場でデータ管理していて、
ちょっとした版ずれがあっただけでも
規格外として処分されているようです。
日本以外の国ではそんなに厳しくないので、
明らかに印刷がずれていてもOKだったりして。
笑っちゃうような版ずれをしたものもありますよ。
印刷のクオリティは日本のレベルが高いのですが、
デザインとしては、色が地味になる傾向があります。
ベージュに「大根」って書いてあるだけとか、
単色で刷られていることも多いですね。
海外で目を引くような段ボールって、
すごくカラフルで主張が激しいんです。
――
派手さの違いって、なぜでしょうね。
島津
日本人ってたぶん、文化的に色を使うことに
慣れていないんじゃないでしょうか。
墨絵の時代から通じているように、
そんなに色を多用する国ではないから。
海外では油絵にもすごく色を使いますし、
色を使うセンスがあるんですよね。
海外の段ボールを見ていると、
とにかく目立たせたいという主張を感じます。
――
たしかに、段ボールといえば、
ベージュの地味なイメージです。
島津
そうだ、この段ボールを見てください。
どうしてこんなデザインなのかわからないけど、
オレンジが入っていた箱なんですよね。
――
えっ、このカンガルーの箱に
オレンジが入っていたんですか。
島津
オーストラリアのバレンシアオレンジです。
この箱をパッと見ても、
「カンガルーだからオーストラリアかな」
ということ以外は何もわからないですよ。
明らかに画像合成をしたカンガルーが
ひとつの箱に合計6匹もいます。
オーストラリアはデザイン大国なので、
カチッとしたデザインが多い印象ですが、
段ボールに関しては
不思議なデザインに遭遇するんですよね。
ぼくはアートディレクターの出身なので、
オレンジの段ボール箱を作るとしたら、
「オレンジをどう表現するか」から
スタートしたくなるのが普通だと思うんです。
でも、段ボールに関しては、
農家さん主導の直感で動いているところもあるので、
理解できないデザインがけっこうあります。
ただ、自分としてはそこがすごくおもしろくて、
いつも発見があるんですよね。
――
自然発生的に生まれてしまったんですね。
そのままお客さんに出すものでもないことが、
ゆるさにつながっているのでしょうか。
島津
日本の場合、野菜や果物の段ボールは、
市場で競りをするおじさんの
目を引くために作られているんです。
おじさんの好みか、どうしたら目立てるか。
そういうところを考えてデザインするから、
独特なデザインが生まれるんじゃないでしょうか。
あと、日本の段ボールを象徴するのが、
「ゆるキャラ」がかなり多くの割合で
箱に印刷されているんです。
しかも、商業的なキャラクターではなく、
農家さんがちょちょいと描いたようなキャラなので、
注目してみるとおもしろいんですよね。
こういったところでも、
日本のキャラクター文化を象徴していると思います。
――
映画では、広告会社で働いていた当時、
お客さんの会社へプレゼンに向かう途中で
段ボールを拾うエピソードがありましたが、
友達と遊んでいたり、街を歩いていたりしても、
気になったら拾わずにはいられないんでしょうか。
島津
いい段ボールって、
どこに落ちているかわからないんですよ。
飲みに行った帰りに見つかることもあれば、
段ボールを拾いに出かけたとしても
見つかるかどうかは運次第。
だから、常にアンテナを張ってないと、
いい段ボールとは出合えません。
――
「いい段ボール」の定義って何ですか。
島津
ぼくが思う「いい段ボール」の定義のひとつに、
段ボールの「温かさ」があります。
農家の人が考えたようなゆるいデザインとか、
数十年前にデザインされてから変更されていなくて、
そこだけ時代が止まっているような
レトロで、温かさのある段ボールとか。
たとえば、昔の段ボールはフタを開けると
「いつもありがとうございます」と書いてあったのが、
最近作られた段ボールは最低限の情報だけで、
けっこうドライになっているんですよね。
昔は段ボールも含めて真心を届ける文化があって、
温かさのある素材だなと思っています。
このみかんの段ボールなんて、
何年前のデザインかわからないですけど、
「日本国有鉄道」って書いてあるんですよ。
――
JRになる前だから30年以上前ですよね。
それから作り直していないんでしょうか。
島津
これはたぶん、
ずっと倉庫で眠っていた段ボールなんです。
国鉄時代の規格で作られたのではないでしょうか。
このみかん箱、ゆるいデザインに見えますが、
けっこうグラフィカルにデザインされていて
気に入っているんですよ。
この箱は、ワークショップに来てくれた
お客さんが持ってきてくださったんです。
「家にあった段ボールを持ってきたんだけど」
と言うので、ぼくが持ってきた箱をお渡しして
代わりに譲っていただいたんです。
――
国内外でいろんな段ボールを拾い集めている
島津さんの目で見たときに、
「ほぼ日手帳」の段ボールはどんな印象ですか。
ちなみに2019年版は「ほぼ日刊イトイ新聞」の
創刊20周年記念のモデルなんです。
島津
この箱、すごくかわいいですね。
コストのかかる全面印刷で豪華だし、
箱の全体がしっかりデザインされていて、
すごくいいなと思いました。
お話をいただいたときに画像を見せていただいて、
これでお財布にしたら絶対かわいいと思ったんです。
ただ、ぼくは「ほぼ日」の段ボールを
街で拾ったことがなかったんですよね。
かわいいから、みんな捨てないんじゃないかな。
「ほぼ日」でお買い物しているお客さんも
こういう箱が好きなんじゃないかなと思いました。
置いておくのにちょうどいい厚さと色味なので、
使い終わった手帳を箱に入れておいたり、
家に残してありそうな気がしましたね。
――
「この箱をどう活用しているんでしょうか」
という質問はいただいたことがあります。
もちろん大半の方は捨ててしまうと思いますが、
手帳や資料をしまったり、ネコが遊んだり、
という話を教えていただくこともありますね。
島津
ああ、やっぱり。
今日は、何を作ろうかなあ。
段ボールの全面に柄が入っているから、
どこを切り取っても使えそうです。
手帳カバーは作ることができそうなので、
他にも何か作れたら作りましょうか。

(後編では段ボールアートを作ります!)