- ——
- 今回は「Flower Lace」に
すてきなレースを提供していただき、
ありがとうございました。
レースについて、知らないことが多いので、
お話を聞きにきました。
- 溝呂木
- 我々としても、
レースのことをたくさんの方に
知っていただくのはうれしいです。

- ——
- ではさっそく。
ひとくちにレースといっても
いろんな種類があると思うのですが。
- 溝呂木
- はい。
じつはレースは世界中でいろいろな呼び方があって、
国ごとに好きずきに名前をつけているんです。
私たちは機械の種類によって
大きく4つにわけて呼んでいます。
まず「エンブロイダリーレース」。
エンブロイダリーというのは刺繍のことです。
それから、機械でつくるものとしては
いちばん古い「リバーレース」。
そのリバーレースを安価に量産できないかと生まれた
「ラッセルレース」。
最後がリボン状の、「トーションレース」。
「エンブロイダリーレース」はすべて、
基布と呼ばれる布地に刺繍をほどこします。
なかでも、刺繍後に基布をとかして、
刺繍部分だけを残すものがあります。
これを日本では「ケミカルレース」と呼んでいます。
「Flower Lace」はこのケミカルレースです。
刺繍をしたあと、70〜80度のお湯で基布を溶かすんですよ。
つくるときの難易度がもっとも高いんです。

- ——
- どういう部分が難しいんでしょうか?
- 溝呂木
- 生地があるレースは、その生地が物性を保つ、
つまりモノとして成立させてくれますが、
ケミカルレースは刺繍のみで
本体を支えなければならないんです。
- ——
- なるほど。
そういう難しいレースのデザインは
どんなふうにつくっていくんですか?
- 溝呂木
- まずは図案を作成します。
建築でいう図面、設計図のようなものです。
それをもとに、工場でパンチングカードをつくります。
つまり、基布にどのように刺繍を入れるかの
プログラミングですね。
- ——
- そのプログラミングは、図案をもとに
自動でできるものなんですか?
- 溝呂木
- いえ。
デジタル処理ではありますが、一針一針、
どうやってステッチを入れていくかを
人の手でプログラミングしているんですよ。
このプログラムをする人を「パンチャー」と呼びます。
パンチャーの技術によって、
できあがりが変わってきます。
費用は刺繍の量に比例するので、
お客様にとっては少ないほうがいい。
でも少なければ少ないほど、
レースの物性を保つのが難しくなりますから、
パンチャーは高級感ある見た目と、
少なくても物性を保てる刺繍のしかたとの、
いちばんいいバランスを探すんです。

- ——
- はー! 技術職ですね。
- 溝呂木
- まさに。
パンチャーによってレースは大きく変わります。
我々レース業界の人間は、見ただけで
「あ、ここの商品だね」とわかるくらい。
ですからパンチャーはその会社の顔です。
でも日本ではパンチャーをできる人がとても少ない。
我々の会社でも、パンチャーは
自社工場ではひとりだけです。
- ——
- たったひとり!
- 溝呂木
- 中国や台湾には、
パンチャーの育成を行う専門学校がありますが、
日本にはない。だから各社で育成するしかないんです。
非常に貴重な存在ですね。
うちのパンチャーは40代の男性で、
もともとレースの機械を動かす仕事をしていた人間です。
パンチャーになって7年目だったかな。
現場の事情をよく理解しているから、
パンチャーとしても優れているんですよ。
- ——
- 溝呂木さんには現在、
だいたいどれくらいの種類のレースがあるんでしょうか?
- 溝呂木
- 登録されているだけでも、2万種類くらいでしょうか。



- ——
- 2万!
昔のデザインはやはり手書きですか?
- 溝呂木
- はい。
過去のデザインを少しずつデータ化していましたが、
もう日本ではできないと思います。
- ——
- えっ。
- 溝呂木
- 刺繍の機械は、横幅が15〜6メートルほどもあるんです。
だから工場に柱が立てられず、
体育館のように、だだっ広い空間になっています。
工場は群馬の館林にあるんですが、
2014年に、大雪が2回降ったんですよ。
雪の重さで、屋根が崩落してしまった。
2011年の地震で弱っていたのもあったのかもしれません。
そのときに、
デザインをデータに変換する機械が壊れてしまいました。
その機械は日本に一台しかなかったので。
もう修理もできないんです。
- ——
- そうなんですか‥‥。
- 溝呂木
- ただ、柄自体がなくなったわけではないですから、
もう1回、パンチングすればいい。
現物の見本は全柄、我々の手元にありますので。

- ——
- なるほど、生地自体から再度起こす。
- 溝呂木
- そうです。実物をもとに再現するということも、
少しずつ進めています。
- ——
- 膨大ですね。
- 溝呂木
- 膨大です。
そういうこともやりながら、
新しいデザインも起こしていく。
この会社は自分で3代目ですが、
僕らの世代の仕事は、
いいものをきちんと保存し、受け継いだうえで、
新しいものを生み出していくことだと思います。
声をかけてくださる
ファッションブランドといっしょに
新たなレースをつくり出すのは
手間はかかりますが、やはりやりがいがありますね。
- ——
- 「Flower Lace」に使われたレースのデザインは
どうやって生まれたものですか?

- ——
- このデザインはうちの会社のオリジナルで、
私が生まれる前からある、たいへん古いものです。
昔はカラーフォーマルやブラックフォーマルに
使われていました。
このレースをつくる機械は、
550本の針で刺繍をしていきます。
針と針の間隔は2.7センチメートル。
柄を大きくしたい場合は、
間の針を抜いていくんです。
もちろん刺繍の量や密度によっても変わりますが、
抜いた分だけ1本の針がカバーする範囲が広くなりますから、
つくるのに時間がかかります。
「Flower Lace」に使っているレースは針を2本抜いて、
8.1センチメートルで一つの柄になっていますから、
全部の針を使ってちいさな柄のパターンをつくるときより
3倍の時間がかかります。
- ——
- だいたいどのくらいの時間が?
- 溝呂木
- いまは機械が高速化されているので、
一反(1.25m×14m)をつくるのに、
半日かからないくらいです。
- ——
- それでも半日かかるんですね。
- 溝呂木
- はい。
この盛り具合を出すには、
やっぱり時間がかかるんですよね。
刺繍の量が多く、ぜいたくな柄だと思います。
最近の安価なレースは
じょうぶで洗えるという利点もあって
ポリエステルの糸でつくられているものも
たくさんありますが、
このレースは光沢のあるレーヨン糸ですし。

- ——
- レーヨンはレースによく使われるんですか?
- 溝呂木
- 高級なものとなるとやはりシルクが中心ですが、
レーヨンもたくさん使われています。
今回は白のままで使っていますが、
レーヨンは発色がとてもいいので、
濃い色に染めても
高級感あるしあがりになるのが特徴です。
ポリエステルだと、染めるために熱を加えたとき、
染料の赤みの部分が飛んでしまいます。
だから同じように黒く染めても、
青みがかった黒になってしまう。
黒って国によって少しずつ違うんですが、
日本の黒は赤みが強いんです。
レーヨンはその赤みのある黒がちゃんと出る。
- ——
- 同じ黒でも、
そんなふうに違いがあるんですね。
- 溝呂木
- はい。
レースはふだんのファッションにも使われますが、
やはり冠婚葬祭や式典などの場でとりわけ重用されます。
ブラックフォーマルの需要も高いですから、
きれいな黒が出るというのは大事です。
- ——
- たしかに、レースといえばゴージャスですし、
フォーマルのイメージがありますね。
- 溝呂木
- はい。
だから、ロイヤルウェディングとか、
芸能人の方の結婚式は、
なるべく派手にやっていただきたい(笑)。
おおきな結婚式があると、レース業界は活気づくんです。
今年のイギリス王室、ヘンリー王子の結婚式では
残念ながらレースのドレスが採用されず、
どれだけがっかりしたか!

- ——
- なるほど(笑)。
レースにはそういう側面があるんですね。
- 溝呂木
- はい。
産業革命前、絶対王政時代のフランスでは
王女が生まれると同時に
手作業でレースをつくりはじめ、
十数年かけてつくられたレースのドレスを
結婚式に着る、というものでしたから。
- ——
- そう言われると、すごく特別なもの、
という感じがします。
- 溝呂木
- もちろんいまでは
安価なラッセルレースも進化して、
カジュアルな場でも使われるようにはなってきましたが、
レースって基本的には原価が高いものではあります。
ですからこの仕事を極めると面白いのは、
レースが使われている洋服の値段が
だいたい当てられるようになることです(笑)。
- ——
- すごい!
レースはクラシックなものというイメージが
強いですが、
やはり流行もあるんでしょうか?
- 溝呂木
- モチーフが大きすぎず、小さすぎず、
柄がバランスよくうまっている。
あきすぎず、密集しすぎない。
これはすべて「Flower Lace」の柄にも
あてはまりますね。
レースの柄として、人気になりやすい要素を
この柄はすべてもっています。

- ——
- レースらしいレースということですね。
- 溝呂木
- はい。
繊細でありながらボリューム感がある、
まさに王道のレースだと思います。
私たちにとってレースは
フォーマルなものというイメージが強かったんです。
つまり、人目を浴びる回数の少ないもの。
でも、手帳は毎日開くものですよね?
ふだんレースが活躍するのとは
真逆のものにレースが使われるのが、
新鮮でうれしいことです。
- ——
- たしかに、毎日使うものに
繊細なレースをほどこすのは
どうなのかという意見もありました。
ただ、やはりレースの美しさ、
近くにあるだけですっと背筋がのびる、
大切に扱いたくなる感覚をもってもらえたらなと
今回手帳カバーにしてみたんです。
- 溝呂木
- レースは凹凸が魅力だと思っています。
その実物感を手で感じていただくには、
手帳カバーはぴったりではないでしょうか。
たいせつに使っていただければ、
次第になじんでいって、
いいヴィンテージ感が出るのではないかな、
と思います。

(おわります)