糸井 |
プロ野球の選手って、
年間に百何十試合もやるのに、
試合の内容をすごくよく覚えてますよね。
「あの打席の2球目に‥‥」とか、
平気で言うじゃないですか。 |
田口 |
はい、覚えてますね。
とくにキャッチャーは
完璧に覚えてるっていう人が多いです。
配球なんかを、ちゃんと覚えてて、
つぎの対戦に役立てたり。 |
糸井 |
そういう経験やデータって、
あればもちろん役立ちますけど、
ないと絶対にダメかというと、
データを使わずにうまくいくケースも
頻繁にありますよね。 |
田口 |
そうですね。
なにも考えずにやってうまくいく、
っていうケースはよくあります。
あと、相手を研究するというよりも、
自分をしっかり研究することで
対処できたりもしますし。 |
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糸井 |
どういうことですか。 |
田口 |
たとえば、相手投手の配球を考えるとします。
そのとき、相手の配球というのは
打席に立っているぼくを研究しているからこそ
その配球になっているわけですよね。 |
糸井 |
ああ、なるほど、そうですね。 |
田口 |
つまり、「自分を知れば配球がわかる」
ということもいえると思うんです。
ぼくがそれを気づいたのは、
1995年の日本シリーズで
野村さんのヤクルトに負けたことが
きっかけだったんですけど。 |
糸井 |
ああ。 |
田口 |
野村さんって、まあ、ID野球と言われていて、
シリーズがはじまる前も、ぼくらのことを
「全部、わかった」と言ってたんですね。
で、日本シリーズが終わってから、
ぼくは試合のビデオを全部見直したんです。
「野村さんのID野球っていうのは、
なんなんだろう?」と思って。
で、そのときにはじめて気づいたんです。
「これ、自分を知ってたら打てるんちゃうの?」って。
試合をやっているときは、とにかく相手投手を研究して、
「こう投げてくるだろう、ああ投げてくるだろう」って
いろんな憶測をして打席に入ってたんです。
で、こてんぱんにやられてしまったんですけど、
終わってから日本シリーズのビデオを見て、
「あれ?」と気づいた。
で、シーズン中の試合のビデオを見直してみたら、
「自分を知ってたら対処できたな」
っていうことに気づいたんですね。 |
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糸井 |
つまり、相手は、田口さんのことを研究して、
対策をたててくるわけだから。 |
田口 |
そうなんですよ。 |
糸井 |
その発見は、アメリカに行ってから役に立ったでしょう。 |
田口 |
立ちましたね。 |
糸井 |
ぜんぜん知らない人たちと対戦するんですもんね。 |
田口 |
はい。いちばん最初に対戦するときっていうのは、
相手もわからないですから、研究しないといけない。
だとすると、ぼくにとって大切なのは、
「ぼくのいままでのビデオを見て
相手は何を感じるだろう」っていうことで、
それと相手のデータを照らし合わせながら
「どういう配球でくるだろう」っていうふうに
研究していくんですね。 |
糸井 |
はい、はい。 |
田口 |
で、何度か対戦したあとは、
相手のスタイルがだいたいわかりますから、
そうなると、「自分を研究する」ことの割合が
どんどん高くなってくるんです。
たとえば、そのときのぼくが
「初球に手を出しがち」な状態だとしたら、
彼らは絶対初球に変化球かボール球を投げてくるな、
っていういうふうに考えられる。 |
糸井 |
あぁ、それは役に立つなぁ。
いや、その通りだわ。
うまくいくときって、だいたい、
自分がそういうふうにして優位に立ってますよね。 |
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田口 |
はい。そう思うんです。 |
糸井 |
そうですよね。
あと、いまの話ですごくおもしろいのは、
「得意」の近くに
「不得意」があるっていうことで。
それは、よくぼくが感じていることなんですよ。 |
田口 |
ああ、そうです。そうですね。 |
糸井 |
野球もそうですよね。
なんなんでしょうね。 |
田口 |
不思議ですよね。
ぼくは、正直に言いますけど、
ど真ん中は大嫌いなんですよ。
ど真ん中にまっすぐ投げられたら、困るんです。
どういうことかというと、
練習してないんですよ、ど真ん中を打つことを。 |
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糸井 |
へぇええ、そうなんですか。
それは、でも、素人が単純に考えると、
「ど真ん中の練習をすればいいのでは?」
ということになると思うんですが、
きっとそういうことじゃないんでしょうね。 |
田口 |
そうですね。練習でど真ん中は打てます(笑)。
でも、試合では、イメージを持って打ちますよね。
ここに来たらこう打とう、
あの球が来たらこう打とう、というような。
その意味では、いちおう、
「真ん中に来たらセンターに返せばいい」
って思っているはずなんです。
そう思っているはずなんですけど、
おそらく、先入観があるんですね。
ピッチャーは真ん中には投げないという。 |
糸井 |
なるほど、なるほど。 |
田口 |
ピッチャーというのは、ちゃんとコーナーを狙って
配球を組み立てて投げてくるんだっていう思いが
頭の片隅にあるわけです。
だから、カウントを悪くして、
相手のピッチャーがどうしようもなくなって
ど真ん中に投げてくる場合は、打てるんです。 |
糸井 |
ああ、そうか、そうか(笑)。 |
田口 |
たとえば、満塁で、カウントワンスリーで、
開き直って真ん中にストレートを投げてくる。
これは、打てるんです。
こっちも想定してますから。
ところが、ツーワンくらいのカウントから、
ど真ん中にまっすぐをスーーッと投げられると、
不思議な感覚におちいるんですよ。
ボールがこっちに来るんです。
来るんですけど、それがすごく長く感じる。
なんというか、ボールをこう、見ながら‥‥。 |
糸井 |
「そんなはずはない」と思うんだ。 |
田口 |
そうです。「‥‥なにこれ?」って思うんです。
「なにこれ? 打てる、打てる。打てる。
打てる。打てるけれども‥‥」って、
バットを振りはじめながら、
「これは、引っ張ったらいいのか、
流したらいいのか、どっちやねん、
どっちやねん、どっちやねん‥‥」
っていう状況が生まれてくるんですね。 |
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糸井 |
はぁーー、ずっと決めかねてるんだ。
たぶん、筋肉の動きも最適じゃないんでしょうね。
思考が迷うと、余計な筋肉も動いてしまって。 |
田口 |
はい。もう、ダメですね、そうなると。 |
糸井 |
はぁ‥‥。それはきっと
本人にしかわからない感覚なんでしょうね(笑)。 |
田口 |
どうなんですかね。 |
糸井 |
逆に、予想どおりの球が来た場合には、
もう、打ったあとの気持ちのいい瞬間を
想像できているんでしょうね。 |
田口 |
そうです、そうです。
もうちゃんと軌道とかまで描いてるんで、
そこに乗っけるだけ、というか。
はい、来ました、来ました。
ここ来たら、こうやって打ちましょう、と。 |
糸井 |
画で見える、みたいなことですね。 |
田口 |
はい。
そういうときはだいたいヒットになります。 |
糸井 |
おもしろいなー。
(続きます) |