その3 三浦しをんさんと、工房で飲んで考えた。
2013年の12月、相模湖に近い山中にある
(ほんとに山の中にあるんですよ)
高橋禎彦さんのガラス工房にお邪魔しました。

メンバーは、ぼくらの提案を
こころよく受けてくださった三浦しをんさん、
その三浦さんを紹介(説得?)してくださった
博品館の伊藤義文さんご夫妻、「ほぼ日」武井、
そして、「コップ屋」展の仕切り役であり、
高橋さんのよきアドバイザーでもある
元「ギャラリー介」の井上典子さん。
食いしん坊代表として伊勢丹の松田智華さんも、
あとから見学にやってきました。
「ほぼ日」西本はくやしそうに
「おれの三浦しをんさんへの愛を
 伝えてください!」と言い残し、
大阪出張に出かけていきました。


▲三浦しをんさんと高橋さん。

この日は、あまりミーティングっぽくならないよう、
じっさいに高橋さんのグラスやコップで飲んで、
おいしいものをつくって食べて、ワイワイやりながら
「ワインのコップって、なんだろう?」
ということを話してみよう、という趣旨。
けれどもすでに高橋さん、
「めぼしをつけて、いくつか、つくってみたんですよ」
と、この日に向けて準備した
いくつかのワインのためのコップと、
これまでにつくってきたワイングラス、
そして、新作の(ふつうの)コップを何種類も、
準備していました。


▲これは、すでにつくりはじめていた、ふつうのコップ。

「うわぁ‥‥!」
と声をあげる一同。
しょうじき、みんな、いい。
ひとあし早く展覧会を見せてもらった気がして、
興奮気味に、ためつすがめつ、
「これ、ほしい!」という声まであがります。
(まだ売ってません。)

高橋さんのうつわは、
そもそものクオリティが高いので、
すごーく正直に言えば、
「高橋さんの宙吹きなら、
 特別にワイン用じゃないコップでも、
 ワインがおいしく飲める」
にちがいないのです。
そして、それで必要十分なのかもしれません‥‥が!
ここは「最高」をめざしたい。いちばんをめざしたい。
「これまでにない、ワインのコップ」を、
高橋さんには、つくっていただきたい。

ワインをおいしく飲むために必要なのは、
ごくごく一般的に言うならば、温度、
そして香りがとても大事だと言われます。
こと赤ワインに関して、その香りは、
空気にふれることで「開いて」きます。
だから、ボトルを開栓したあと、別の容器にうつして
空気にふれさせたり(デキャンタージュ)、
グラスをくるくる回して、
空気となじませたりするんですね。
あれ、気取って見えますけど、スタイルではなく、
ちゃんと理由があるものだったんです。
高橋さんのワイングラスは、そのあたりの
ややめんどうなことをすっとばし気味に、
「ワインをおいしくする」グラスです。


▲高橋さんの赤ワイングラスで飲んでみた。

さっそく、赤ワインを入れて飲んでみた一同。
たしかにおいしい。やっぱりおいしい。
すばらしくおいしい。とってもおいしい。
水やジュース、牛乳を飲むための
“ふつう”のコップと比べてみましたが、
それでもおいしいけれど、
さらにはっきりとおいしくなるのです。

高橋さんのグラスが、なぜ赤ワインをおいしくするのか。
こんなふうに意見がまとまりました。

●高橋さん作の宙吹きは、リム(口あたり)がなめらか。
 ガラスが、まるで液体のように
 唇に触れるのが気持ちがいい!

●ボウルが大きく、まるみがあるので、
 入れたワインが空気にたくさん触れる。
 つまり、デキャンタに入れたような効果があり、
 味がまろやかになって、香りもたちのぼりやすくなる。

●直径の大きさゆえ、ワインが空気に触れる面積が大きい。
 そしてすぼまった口までのたっぷりの空間に、
 たちのぼった香りが封じ込められるにちがいない。

●すぼまったリムは、低い鼻でも、
 飲むときにグラスに入る。
 ゆえに、ワインのいい香りをたくさん嗅ぐことができる。

●形状からして、飲むときに姿勢がまっすぐになる。
 顎を上げる。なかなかきれいだ。
 ワインがすとんと口に入ってくる、
 その勢いも「おいしさ」の一部だろう。


▲いろいろ飲んで考えました。左は博品館の伊藤さん。

そのように分析をしてみましたが、
なによりも高橋さんのグラスで飲むと、
難しい飲み物だと思っていたワインが
楽しい飲み物にかわっていくというのが
いちばんうれしい体験です。

つづいて、高橋さんが試作をしてみたという、
「ワインのコップ」で試飲をしてみました。
「これは白ワインのほうがいいんじゃないかと思うんです」
と高橋さん。
コップにしてはちょっと大きな印象ですが、
片手でも持てる大きさ。
底が厚めで重心を下げたことで、
球体に近いかたちでも転がりにくくなっています。
ころんとした形状は、独特のかわいらしさがあります。

ワインを入れて飲んでみると、
なるほど、とてもおいしく飲めます。
赤ワインもおいしいんですけれど、
たしかに白ワインを入れると、ちょうどいい感じです。


▲白ワインにぴったり!

冷やして飲むことが多い白ワインは、
このように脚がないコップでは、
ボウルを直に手でつかむことになるので、
「掌の温度が伝わるのはよくない」
という説もあります。
それは、みんな知ってはいたのですが、
一同、「そこまで変わるものじゃなし」。
「フランス人と飲んだけど、人によっては、
 ボウルを持って飲んでたよ」
「冷たいのがよければ、
 ぱっと飲んじゃえばいいんじゃない?」
なんて、だんだん飲んべえの会話になってきました。

けれども「脚がない」ことの良さも発見しました。
それは、テーブルの低い位置に置けるということ。
ほかのおつまみや料理のお皿や取り皿は、
平皿が多く、テーブルの板面に近いのですね。
高さがあるものといえばサラダボウルくらい。
このコップはその中間くらいの高さですから、
日本の食卓にとても合っているように思えるのです。
なんというか、「なじみがある」感じ。
ふだんの食卓にすっと溶け込むというのは
とても大事なことに思えます。


▲試作には「ちいさな脚つき」もありました。

ただこのコップ、「赤ワイン」はどうかというと、
おいしいことはおいしいんだけれど、
なんだかちょっとだけ物足りない。
もっとおいしく飲めるコップのかたちがあるかも?
というのも、さきほどの「ワイングラス」のほうが、
やっぱりおいしく感じてしまうのです。

グラスとコップをなんども飲みくらべ、
みんなで出した仮説はひとつ。

「そうだ、ボウルは、
 もっと大きくても、いいのかもしれない」

三浦さんからも、

「抹茶碗‥‥じゃないですけれど、
 こうして両手で持つくらいの、
 かなり大きなものでも、いいように思いますよ」

という提案がありました。

「ワイングラスから脚と台をはずす」のではなく、
「ワインのコップとして、“そうあるべきかたち”」が、
きっとあるにちがいない。
高橋さん、その形を、模索してみてはいかがでしょう?
その日は、そんな宿題を託して、おひらきとなりました。


▲高橋さん「よし、つくってみましょう!」

そして──その年末、高橋さんから
「できましたよ! “でかワインコップ”が!」
という報せが届きます。

(つづきます!)
2014-03-12-WED
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