谷川 |
ぼくはけっこう父親の影響を受けてるのかもしれない。
ウチの父親って、哲学をいちおうやったんだけど、
ほんとに普通の言葉で書ける人だったの。 |
糸井 |
谷川徹三さんって、そういう方なんですか。 |
谷川 |
そうなんですよ。
で、ぼくは、それはいいなとは思ってたの。
日本の哲学用語っていうのは、
わけわかんないでしょ?
ああいうのを使わないで、書けてた人だった。
詩っていうのは詩語のようなものがあって、
とくに翻訳詩では、すごいきらびやかな詩語が
羅列されてたんだけど、
ぼくも、そういうのがなんか、
性に合わないなぁ、と思った。 |
糸井 |
じゃ、それは、幼いときから……。 |
谷川 |
書きはじめたときは、ま、そこまで考えなかったけど、
とにかく「詩で食わなきゃいけない」っていうのが、
わりとぼくは、最初っからあったでしょ?
だから、わかってもらわなきゃ売れない
みたいな気持ちは、強かったと思いますね。 |
糸井 |
そういうときにいちばん簡単に考えちゃうことは、
「詩を読むクセのある人のところに届ければ、
その数だけは売れる」
っていうふうに、しがちなんですね。 |
谷川 |
うん、そう。 |
糸井 |
それはもう、推理小説であろうが、小説であろうが
ぜんぶそうだと思うんですね。
だけど、そうじゃない人のところに届くようにって、
最初から思ってらしたんですね。 |
谷川 |
10代の終わりに詩を書きはじめた頃には
無我夢中で勝手に書いてたんだけど、
原稿料もらってから考えるようになったんですよね。
「あれ!? お金になった!」(笑)、
ショックでね。
金もらう以上は責任を伴うから、
ちゃんと人に届くようなものを書かなきゃ、
っていうふうにはなりましたね。
ま、もともとあんまり難しいことを
羅列できなかったんですけどね(笑)。 |
糸井 |
ああ、若いときにお金をもらうってことの、
すごい感動っていうのは、
ぼくもいまでも、スッと思い出しちゃいますね。
ちっちゃいときに、賞をもらったりすることも
そうだと思うんです。
自分と関係なかったと思ってた社会から、
お礼というかお小遣いというか、
何かをもらうわけですよね。 |
谷川 |
うん、そうなんですよ。 |
糸井 |
あの感動は、いまもぼくは
正直言って、あるんですよ!
お金をもらうっていうことで表現されてることと
魚が1匹釣れちゃったっていうことと、そっくりで。
とくに大っきい魚かなんか釣れたときとか、
俺みたいなものが、これを取り出せた!と。
資源を取り出せたという意味でね(笑)。
ひじょうに原始的な感動があるんですね。 |
谷川 |
なるほど。
|
糸井 |
フッと思ったんですけど、
売春やる女の子とか、あれって、もしかしたら、
谷川さんが詩を書いて、お金になっちゃったときの
感動と似てるかもしれませんね。
同時に、ちょっと悪いかな?
って気持ちもあるかも知れないし。
ブルセラでパンツ売るだとか、
おっぱいを触らせてお金をもらう子だとかっていうのは、
「あ、自分はもしかしたら
生きてて価値があるんじゃないか?」
って知ることがあるんじゃないかな。 |
谷川 |
あ、絶対それはあると思いますね。
ぼく、お金もらったときに、やっぱり、
なんか自分が、人とつながれたっていう気持ちが
すごい強かった。
そういうふうに人から評価されたっていうことが、
お金っていう表現で
ひじょうにはっきりわかった。
それはすごい重いことですよ。 |
糸井 |
重いですよね。 |
谷川 |
19か20歳のころですね。
そんときはあんまり重くなかったですけど、
だんだん重くなってったって言えばいいか、さ。 |
糸井 |
思ったよりずっと大っきい出来事だった。 |
谷川 |
日本の人って、
江戸時代からのサムライの何かか知らないけど、
お金を軽蔑してるところがあるじゃないですか。
我々世代には
「詩をお金に変えるとは何事か」
みたいなところがあって。
ま、そういう時代だったんですよね。
例えば大新聞なんかに書いて原稿料をもらうと、
「お前、裏切りモン」みたいな(笑)、
そういう時代だったんです。 |
糸井 |
そこまで、ありましたか。 |
谷川 |
当時はまあ、左翼系の詩人も多かったですし、
大新聞なんてのは、資本主義の手先みたいな
ことでしたからね。
そんななかで、原稿料をもらった。
普通の詩人だったら、
そういうことをあんまり重視しないわけね、
金っていうものは「計算外」にしとく。
でもぼくはわりと普通に育った人間だから、
金っていうものが、すごくリアルなものであって。
それがなんか、自分にとって、
責任を感じさせるものだっていうふうに、
わりと最初っからなってたんですよね。 |
糸井 |
社会と自分の関係みたいなものが、
ないと思い込みたい若いときに、
「そんなことないよ」って言われたような感じ。 |
谷川 |
いや、ぼくはね、
社会との関係は、お金でなくちゃ困ると
思ってたんですよ。
ほかに何で社会と結びつけるんだろう?
学校の先生とかもできないしさ、
ぼくはほかになんにも能がないでしょ? |
糸井 |
高卒だし(笑)。 |
谷川 |
高卒だし(笑)。
だから、金っていうルートに、
すごくすがりついたみたいなとこありますね。
誰か金を払ってくれたんだったら、
俺の作品、なんかお役に立ってんだなぁ、と。
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|
糸井 |
谷川さんの時代は新聞に原稿料もらって
書くっていうことが、ま、軽蔑されたんだろうけど、
ぼくらでもやっぱり、
金を考えるのは、いけないっていうような感じは、
やっぱりずっと残ってます。
そのことを自分のなかで整理するまで、
時間がかかりました。 |
谷川 |
あ、ほんと。 |
糸井 |
「俺は金じゃないよ」っていうと、
それだけですんじゃうんですよ、話が。
だけど、事実上、
そう言いながら稼いでいるわけだし。
稼いでない人は、
俺は稼いでないから何でも言える、
みたいなフリをしてるけど……。 |
谷川 |
うんうん、そうそう(笑)。 |
糸井 |
実際にはた目で見てると、
そういうやつのほうが、
ポロポロ金で転ぶんですよ(笑)。 |
谷川 |
ほんっと、そうね! |
糸井 |
そういうのを見ていると怖いなーっていう気持ちと、
やっぱり、お金の向こう側にある、
何かしたいと思うことを実現するということは、
はたして悪なのかよ? って気持ちがあります。
どっからどこまでが悪で
どっからどこまでが善なのか、
決められない。
以前谷川さんとちょっとお話したときに、
「いちばんベースになってるのは欲望ですよね」
というような話になりましたよね。 |
谷川 |
ええ。 |
糸井 |
欲望があること自体を否定するっていうのは、
無理だよ、と思うわけです。 |
谷川 |
それは、そうですよね。 |
糸井 |
それは、何欲に関しても無理。
あとは、他人との関係で、
出しすぎたらおこられるし(笑)、
逆に迷惑がられたら欲望も実現しなくなるし。
そういうことのなかに、
いろんなことがあるんだろうな。
やっぱり、社会につながらないっていうことの寂しさ、
これは、死ぬまで続きそうだなと。
谷川さんはもう、走り回ってらっしゃるから(笑)。 |
谷川 |
いやいや、そんなことはないんだけど(笑)。 |
糸井 |
つながりを、自分でやっぱり
探し続けてますよね。 |
谷川 |
いや、もうぼくはわりと、
つながっちゃったっていう安心感ありますね。
というのも、
本でロング・セラーになってるのがあるんです。
そうすると、印税というかたちで
ポロポロお金入ってくるでしょ?
なんか、そういうのが一種の
社会とのきずなになる。 |
糸井 |
布石を持ったみたいな。 |
谷川 |
そう、一種ね。
安心していいのかどうかわかんないけど(笑)。
<つづきます。次をおたのしみに!> |