糸井 |
谷川さんは、詩で、
さんざん愛のうたをお書きになってるけども……。 |
谷川 |
さんざんか(笑)。
そんなに書いてんのか。 |
糸井 |
ぼくね、以前、矢野顕子と
何かの本の仕事のときだったと思うんだけど、
谷川さんは詩を仕事にしていて、プロで、
それをピアニストみたいにいつも弾いてるわけだから、
言葉を受け止めさせて、さらっていっちゃうのは、
つまり、「兼ねてる」のはずるいよねって(笑)、
話した憶えがあるんです。 |
谷川 |
なるほどね。
ハイ、さんざん書いてますが(笑)、
それで? |
糸井 |
ご自分では、
これは「2重に通用する」ということを
思っていらっしゃるんですか? |
谷川 |
(笑)、あのぅ、ある人に、ええと、
ラブ・レターを書きました。
そこに、詩的な、ちょっとした表現が
1節あったんです。
その詩的な1節が、わりとうまく書けてるから、
雑誌に発表しよう、と思ってしまったんです。
でも、さすがに無断ではまずいんで、相手に
「こないだの手紙のここの部分を、
詩にして雑誌に発表したいんだけど」
って言ったんです。
ちょっと呆れられたんだけど、
「ま、いいわよ。じゃあ、コピー取ってあげる」
って言われたのね。そしたら、ぼく、
「もう、コピー取ってある」(笑)。 |
糸井 |
ハハハ、うんうん。 |
谷川 |
そういうふうに、
実生活と混じりあってるものもあるんですけども、
でも、ほとんどの場合、
そういうことはなくて。 |
糸井 |
わけるんですね? |
谷川 |
うん。詩は、フィクションとして
書いてるのがほとんどなんです。 |
糸井 |
実際に、ほとんど? |
谷川 |
だれか具体的な相手がいて、
その人に気持ちを込めながら書くということが
ほとんどないんですよ。
もし、特定の人のことを思い描きながら書くときは、
恋愛詩じゃなくなっちゃったりする。
違うものになっちゃったりします。 |
糸井 |
はぁぁ、なるほど。 |
谷川 |
だから、実際に読んで口説かれちゃったとしても、
私は責任とれませんよ、
っていうふうになっちゃいますね。
つまり、詩作品と詩人は、
ひじょうに微妙な距離があるものだから、
同一視してもらっちゃ困るって、
ぼくは、しょっちゅう言ってるんですけど。 |
糸井 |
うん、うん。 |
谷川 |
現実に、例えば誰かが
ぼくのことを好きだ、と言うとします。
よく美人の女性が
「あの人は私の顔めあて。
顔がキレイだから好きだって言ったんでしょ」
って言うでしょ?
おんなじ心理になりますよね。
この人は俺の詩が好きだから、
俺のこと好きだって言ってんじゃないの? |
糸井 |
複雑ですねぇ。 |
谷川 |
いや、複雑じゃないですよ(笑)。
バカみたい!
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|
糸井 |
美人のほうは、
なんとなく人格とわけられるけど。 |
谷川 |
そうそうそう。
「じゃあ、詩を抜かしたら、おまえ何なの?」
って言われたらさぁ、もう、困っちゃうわけですよ。
自分が自分の書く詩と一体化してるから。
「詩とは切り離して俺のこと愛してくれよ」
って言ったら、
「じゃ、あんた、ただのジイサンじゃん」
みたいな話になっちゃうわけでしょ? |
糸井 |
以前、松本人志が、
「本業のお笑いを口説くときに使うのは反則だ」
って言ってました。
笑かして口説いちゃいけないって。 |
谷川 |
そうか。
ぼくもほとんど、
本業の詩を口説きには使ってません。
さっき言ったのは、まれなケースですから(笑)。
口説きが先で、それを雑誌に出したんだから。 |
糸井 |
おそらくぼくも同じことがあるんですよ。
日常でうまいこと、
たまたま言葉が出ちゃったときには、
ものすごく申し訳ないというか、
「あっ、出ちゃった、ゴメン」
という感じになるんです。
そういうつもりはなかったと、ただ思ったんだよと。
でも、そのことがまた、口説きなんですよね。 |
谷川 |
そうですよ。 |
糸井 |
「ほんっとに思ったら言っちゃったんだよ」
というほうが、悪辣ですね、結果的には(笑)。
「kiss」レコーディングのときの、谷川さんです。 |
糸井 |
谷崎潤一郎とか金子光晴の
ラブ・レターが出てきてて、
いまぼくらはそれを読むことができるわけだけど、
ひどいですね(笑)、生々しくて。 |
谷川 |
そうね。 |
糸井 |
「何とかちゃんが可愛くて可愛くて」とか(笑)。
だけど、もしそれが作品だとしたら、
そっちのほうが力はあるんです。いま読むと。 |
谷川 |
それは、そうですね。 |
糸井 |
困っちゃうんですよ、読んでて。
「何とかちゃんが可愛くて可愛くて
もういまでも飛んで行きたいぐらいです」
って書いてあるほうが、金子光晴の詩より、
じかに、胸をつかまれるようなところがある。
詩人は大変なことだな(笑)、と。 |
谷川 |
ただ、その手紙は、
ほんとに本音が書いてあるかっていうと、
その部分も、もしかすると
作ってるかもしれませんからね、
詩人なんてね。
ここにはこう書いたほうがいいんだ、というような
計算が働かないとは限らない。
<つづきます。次をおたのしみに!> |