糸井 |
社会生活を送りながら生きてる谷川さんが
人間関係のなかでとくに愛を売ってる作家が(笑)
その詩を書くだけの材料に、
事件のように遭遇しているわけですけど、
そのときには、
自分のポジションとか、
プロフェッショナルとしての詩人であるということは、
いったんは忘れてしまうんですね? |
谷川 |
もちろんもちろん、
ただの1匹の男になるだけですよ。 |
糸井 |
そして、ただの1匹の男として、
自分は何様であるかについて、
無力感があるんですね?
これはぼくも同じなんだけど。 |
谷川 |
あります。 |
糸井 |
その無力感が、
ぶつかってはうまくいったり失敗したり。
あなたはわたしの詩が目当てだったのね、
とか言いながら。 |
谷川 |
うん、うん(笑)。 |
糸井 |
そんななかで、
1匹の男としては、よくなってますか?
……変な質問だけど(笑)。 |
谷川 |
あのねー、言葉で言うとすると、
つまり、マシになってるって言い方ですね。
よくなってるかどうかわかんないけど。
前はひどかったけど(笑)、
少しずつマシになったんではないか、
っていうふうには思ってます。 |
糸井 |
どのくらいマシじゃなかったですか? |
谷川 |
そんなの、自分じゃよくわかんないけど(笑)、
ひとつこういうことがあるんですよ。
ぼくは、ひとりっ子で、
すごい母親っ子だったんです。
母親はけっこう厳しかったんだけど、
わりと、父親が家庭をかえりみないで
ずっと外にいる人だったから、
その代わりにぼくを可愛がったような
ところがありました。
そのせいでぼくは、
すごくマザコンだったんですよ。
自分ではそんなこと自覚してなかったんだけど
恋愛というものがいつでも
自分の母親の願望に
すごく染められていた、というか。
だから「いったん好きになったら一生もんだ」
みたいな発想があったんです。
それを、ぼくはいいことだと思ってたわけ。
俺はもう、一婦一夫制を狂信的に信じている、と。
一婦一夫制を守るためだったら浮気はおろか、
もう離婚も辞さないって(笑)、
公言してたわけです。
自分がひとりの女にずっと誠実でいる。
実際にぼく、そういう行動をしてたんだけど、
でもそれがだんだん、
「何、これって? 母親とひとり息子の
関係の再生産じゃないの?」
と思うようになったのね。
母親を求めることは意識下の欲求だから、
最初は思うだけで、
そこから自由じゃなかった。
だけど、そうとう年取ってから、やっと、
マザー・コンプレックスの気持ちじゃなくて、
相手の女性を対等に見られるようになったことが
いちばんマシになったところなんですよ、自分では。 |
糸井 |
それは、時間がかかりますね。 |
谷川 |
すごい時間がかかりましたよ(笑)。
頭でわかってることが
腑に落ちてくるまでも、
けっこう時間がかかりましたね。 |
糸井 |
時間がかかるというのは、つまり、
つい最近ぐらいまでかかっていると、
言えるんでしょうか? |
谷川 |
はい、残念ながらというか(笑)、
お恥ずかしいことですが。 |
糸井 |
長く生きるべきですね。 |
谷川 |
ただ生きててもダメなんですよ。
やっぱり事件がないと。 |
糸井 |
失敗の才能がいる。
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|
谷川 |
マザコンが薄らぐための事件は、
明らかにあったんです。 |
糸井 |
え、そうなんですか? |
谷川 |
あの、つまり、
捨てられたわけですよ、ぼく。 |
糸井 |
痛い目にあわないと
わからないってことですね。 |
谷川 |
痛い目にあって、
痛い目にあったことを反芻していく過程で、
やっと自由になれたようなかんじです。 |
糸井 |
痛い目にあったときには、
2種類の感情があると思うんです。
あっちが間違ってる、っていうことと、
あっちがぜったい正しいっていうことと。 |
谷川 |
そう!
ぼくはもう、あっちがぜったい正しい、
っていうふうに思いがちなんです。 |
糸井 |
あ、それはまったくぼくも……。 |
谷川 |
なんか、変なとこ、
似てんだよな(笑)。 |
糸井 |
自分で「マゾかな?」
とも思うんですけど。 |
谷川 |
そうやってとにかく
反省の日々を送っちゃうんですけども、
そのうちに、だんだん客観的に思えてきて、
いや、こっちが悪いだけではない、
あっちも悪いんだ、ということに、
徐々に気づくという顛末。 |
糸井 |
それは力がいりますね。 |
谷川 |
それが正しいかどうかもわかんないんだけど、
とにかく、自分ばっかり責めてるのは、
よくないですね。 |
糸井 |
ぼくは、あっちが正しくてこっちが悪いっていうのは
自己愛のような気がしはじめたんです。 |
谷川 |
うん、そうだね。
ちょっとエゴイズムかもしれないって思っちゃうね、
確かにね。 |
糸井 |
「ぼくがぜんぶ変わりますから、
あなたは私から去らないでください」
って言ったとしたら、
相手に自分じゃないものを
惚れさせながら生きてかなきゃならないわけで。 |
谷川 |
そうだよね、そうだよね。 |
糸井 |
これは間違いだろうなと思う。
でも、相手も悪いっていうことをわからせるのは、
大変なことで。 |
谷川 |
そう。それは大変ですよね。 |
糸井 |
終わってからしか考えられないような(笑)。 |
谷川 |
(笑)いや、ぼくは「最中」でも、
相手が悪いというふうに持ってこうと、
いま、頑張ってるんですけどね。 |
糸井 |
それは、すごく難しい。
むこうも同じくらい思ってないとダメですよね。 |
谷川 |
でも、考えてるだけで、
実行してるわけじゃないんですけども。
とにかく、「自分が悪い、自分が悪い」と
言ってるということは、
相手の欠点を自分がなおす情熱がない
っていうことなんですよね。 |
糸井 |
そういうことです。 |
谷川 |
つまり、他人に関わりたくない、ということの
表現になっちゃうでしょ?
そういうことはもちろん恋愛に限らない。
仕事でも何でもね。
だから、もっと他人の欠点ってものを、
親切に探して、それを口に出さなきゃ、
っていうふうに思うようになったんです。 |
糸井 |
しかも上手に口に出す(笑)。 |
谷川 |
そう。それを、自分のほうで、
自分が悪いということで
補ってしまっちゃマズイと、
思うようになりましたね。
<次回につづきます! おたのしみに> |