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糸井 |
日常の会話で交わされる言葉にビクッとしたり、
人びとの言葉のなかに、
「詩」を発見したりすることは、ありますか? |
谷川 |
それはもちろんあります。
文脈、前後のコンテクストによるんだけど、
「これは詩的だ」と思うことがありますよ。
でも、単語1個に対してピンとくることは、
ほとんどないです。
だいたいが、ひとつながりの言葉。
それにぼくは、詩的な言葉より、
自分の現実の人生に
はね返ってくる言葉のほうが好き。
そういうのがどこかから聞こえてくると、
頭のなかでアンダーラインを引いたりします。 |
糸井 |
ぼくは、そういうことがすごく
増えてる感じがするんですよ、今。 |
谷川 |
うん、なるほど。 |
糸井 |
自分でもなぜなんだろうな、と
思ってるんですけどね。
ご存知のとおり、「ほぼ日」には
メールがいっぱい来るんですが、
4、5日に1回ぐらい、
「うわーっ!」って思うことがあるんです。 |
谷川 |
ほんと? 4、5日に1回もあんの?
はぁ! |
糸井 |
ある1行に対してだけでなく、
全体で「この景色はいいな!」
という文章が来るんですよ。
昨日なんか、そのまんま引用して
ページに貼りつけちゃったメールがあるんです。
それはどういう内容かというと、
ええっと、お母さんが、
ほんとはオチャメなお母さんらしいんですけど、
「生き別れしたときに、抱いたらわかるように、
きょうだい3人、ぜんぶ抱き方を変えて育てた」
という話なんです。 |
谷川 |
ほぇっ! |
糸井 |
「あんたたちの目が見えなくなっちゃってても、
お母さんに抱かれたときに、
『あ、お母さんだ』ってわかるように、
私はみんなを育てたのよ」
というのを、年取ってから温泉に母と行って、
布団を並べて寝たときにはじめて聞きました、
というメールなんです。 |
谷川 |
はぁぁ。いいねぇ。 |
糸井 |
いけるでしょう?
そのお母さんのなかに詩があったし、
聞こえた子どものなかにあったし、
それをメールに書きたくなっちゃったときにも、
ぜんぶにつながってる。そして、
ぼくがそれをある日曜日の午後に読んで
泣いたりしてるわけですよ。
思わずぼくがページに貼りつけると、
また違うものが送られてきたりするんです。
そういうのはね、4、5日に1回あるんですよ。 |
谷川 |
うーん! |
糸井 |
あれも憶えてるなぁ、
子どものお誕生会の話。
なんてことない、
小学校3、4年生ぐらいの子どもの
こじんまりしたお誕生会で、
ケーキを前にしたときのことなんです。
マイクを向けたふりをして
「感想は?」と訊いたら、
「かわいがってくれてありがと」
って言った(笑)。 |
谷川 |
うんうん(笑)。 |
糸井 |
そんなのがいっぱいあるんですよ。
プロで毎日つくんなきゃいけない人たちは、
困っちゃいますね(笑)。
吉本隆明さんに対しても、あの人はもともと
詩人だと思うんだけども、
なんでもない思い出話をしてるときに、
いつでも景色がきれいなんですよね。
谷川さんはご自分で
「エピソードがない」っておしゃったけど、
たしかにエピソードは聞こえてこないんですが、
視線はいつも共有できるんですよ。
ぼくは、谷川さんの詩のなかでも、
いちばん好きなくらいの詩は、
子どもがただ並んでるという、
「見てる」詩があるんですよ。 |
谷川 |
あぁ。 |
糸井 |
子どものことをただ「かわいいね」と、
助詞なしで「かわいいね」という言葉が出てくる。
あの詩がぼくに
詩を書いていいんだって
思わせたようなものです(笑)。 |
谷川 |
えぇ? ほんと。 |
糸井 |
うん! 何の本に入ってた詩だっけな?
とにかく、ちっちゃい子が並んでる姿を書いてる。
その景色は、谷川さんが
「見てる」景色なんですよ。
ぼくが谷川さんの詩に対して
うわー! って感じるときって、
「眼」なんですよね。 |
谷川 |
ああ、なるほどね。 |
糸井 |
それは、ご自分の
「エピソードがない」っていうのと、
すっごい近いところにあるような気がする。 |
谷川 |
そうかもしれませんね。
ぼくは、生き方についても
アンチ・クライマックス派なんです。
ドラマを避けるんですよ。
ドラマティックになるのは、照れくさいの。
だから、エピソードが少ないんでしょうね。
もっとおおげさに騒げば、みんな
「それがエピソードだよ」って
言ってくれると思うんだけどね。
なんとなく、実際には
大袈裟なことをやってるんだけど、
それを表現としては大袈裟にしたくない
ところがあります。 |
糸井 |
ってことは、谷川さんは、
カメラにずっと追いかけまわされちゃったら、
もう生きてはいけないですね。 |
谷川 |
そうですね、イヤですね。 |
糸井 |
ドラマだらけのように映っちゃいますもんね。 |
谷川 |
そりゃわかんないけどさ(笑)。 |
糸井 |
いや、映っちゃいますよ、そりゃ。 |
谷川 |
そぅお? そっかな。
ちゃんと規則正しい、
すごく平凡な生活をしてますけどね。 |
糸井 |
え? じゃあ、
その平凡な暮らしを、教えて下さい。
谷川さんは、早起きなんですか? |
谷川 |
8時半か9時ぐらいですね。
夜寝るのが1時ぐらい。
わりとよく眠れるたちだから、
不眠に苦しむことはなくて。
なんか、やっぱりここ7、8年、
ひとりものになってから、
自分が体壊したりすると人に迷惑をかけるから、
ちゃんと健康管理しなきゃ、
と思うようになってきて。 |
糸井 |
大人ですね。 |
谷川 |
単なるじいさんですよ(笑)。
それに気をつけるようになって
自然に、食べるものも、菜食系が好きになって、
生活が規則正しくなって。
朝昼晩と、少量ながらもちゃんと食べる
みたいな生活している。
しかも、ちょっと、なんか健康法みたいなことも、
わりとなまけずに毎日やっている。 |
糸井 |
どんなことしてるんです? |
谷川 |
今やってるのは、気功の一種ですね。 |
糸井 |
ふーん。 |
谷川 |
そういうのを、ちょっと人に教わったりして、
自分でできることをやる。
それがけっこう、気持ちいいんですよ。
ギックリ腰にならなくなったりね。
あ、そうだ、それから、
できるだけ歩くようにしてます。
自転車はもう使わないようになって、
買い物は、できるだけ歩く。
車は東京では使いにくいので、
ほとんど地下鉄に乗るんですよ。
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糸井 |
あ、車に乗らなくなった? |
谷川 |
車は持ってますし乗りますけども、
できるだけ歩くということを心掛けています。
ぼくの生活のなかで、いちばん平凡ではないのは、
自分で自分のマネージメントをするのが、
すごく時間がかかるようになっちゃったことかな。
やっぱり、それこそ「活発に」
動いてるからなんでしょうね。
日程調整とか、
過去の著作物の権利関係どうする、とか。
それも苦痛ですね。 |
糸井 |
それは、できたら誰かに任せたいことですね。 |
谷川 |
任せたいんだけど、なかなか。
自分の判断が入んないとだめなことが多くて。
もちろんある程度事務的なことは、
手伝ってもらってるんですけどね。
全部は任せられないんですよ。 |
糸井 |
ふーん。 |
谷川 |
だから、何とね!
事務ばっかりやってると、
創造的な仕事をしたくなっちゃうんですよ。
「何だか詩でも書きたいな」とかさ。
「3枚のエッセーでもいいから、
ちょっと事務仕事はやめといて、
今書こう」なんていうふうになりますね。
これ、ほんとに意外だったんだけど。 |
糸井 |
反作用みたいに、
湧いてくるものがあるんですね。
じゃ、谷川さんから事務的な仕事を
取っちゃ困っちゃいますね。 |
谷川 |
うん、取っちゃうと
何もしなくなっちゃうかもしれないし(笑)。 |
糸井 |
ぼくは、学校を中退して
肉体労働のバイトをやってるときに、
自分がインテリだと気づいたんですよ。 |
谷川 |
おぉ。 |
糸井 |
焚き火しちゃあ競馬の話したり、
ワイ談したり、寒いだの、うまいだの
言うだけの毎日。
そんなとき、焚き火をする紙くずの新聞紙を、
しゃがみ込んで読んでいる
自分に気づいたんですよ。 |
谷川 |
いい話ですね。 |
糸井 |
ぼくもアンチクライマックスなんだけど、
自分としては、このことを
ハッキリ憶えてるんです。
「なし」でいられないんだ俺は、って。
ぼくの人生があっちの方向に
行かなかった理由が、あの瞬間だったんです。
逆の状況がないと
必要なものがわかんないっていうことは、
すごくありますね。 |
谷川 |
そうですね。 |
糸井 |
「詩を書く」とかいうことを、
毎日やってるはずがない。 |
谷川 |
そんなはずないですね。
だから、気が向いたら、書く。
時間を問わず、気が向いたら、夜でも朝でも。 |
糸井 |
締切りがあれば。 |
谷川 |
そう(笑)。 |
<対談は次回が最終回です。おたのしみに!> |