なぜいま『枕草子』なの? なぜいま『枕草子』なの?

ほぼ日の学校

「ぜひ、一度お話を聞きたかった!」と
糸井をはじめ、学校チームも待ち望んでいた
たらればさんによる『枕草子』の講義が
2018年10月29日(月)

浜離宮朝日ホール(小ホール)にて行われます。

清少納言の『枕草子』は
女流作家の時代と言われた平安時代に
うまれた日本最古の随筆です。
宮廷に仕えた彼女は、
日常生活や四季の自然など
ささいな瞬間を観察し、
豊かな文章表現でこの世界を切り取りました。

授業や百人一首など、みなさんも
一度は触れたことがあるはず。
ですが『枕草子』の魅力って
どんなところにあるのでしょう?
そこで今回はたらればさんに、
自己紹介もかねて、
なぜいま『枕草子』なのか
書いていただきました。
たらればさん

古典文学から漫画や政治問題まで、
さまざまなツイートで人気を得ており、
フォロワー数は13万人を超える。
本業は編集者。Twitterはこちら。

第二回
なぜいま『枕草子』なのか。

今回は清少納言が『枕草子』に込めた
「演出」と「覚悟」について、
また「なぜいま『枕草子』なのか」という点を、
重要なポイント3つに絞って簡単に説明します。

筆

1情報があふれている今だからこそ

「情報爆発」という言葉があります。
簡単にいうと、インターネットの発達で
誰もがいつでも「発信」し「受信」できるようになり、
小さいスマホを数タップするだけで、
国会図書館の全収蔵図書の何百倍以上もの情報量へ
簡単にアクセスできるようになった状況を指す言葉です。

そうした「情報の海」のなかでは、
「よいもの」や「自分に合ったもの」を
探すことが非常に困難です。
少し前まではテレビや雑誌が
「よいもの」や「あなたにぴったりなもの」を
教えてくれました。
しかし今はその何万倍、何億倍もの情報源が、
「これもいいよ」、「こっちも最高だ」、
「いやいやあれも捨てがたい」と推してきます。

「好きなものをなんでも選べる時代」って、
「好きなものを選ぶことがとても難しい時代」
でもあります。

そういう時代だからこそ、
少なくとも1000年前に作られて、
そのあいだ誰かがずっと
「これは後世に遺すべきものだ」、
「よいものなんだ」と語り継がれてきたもの、
「海」に沈んで消え去っていかなかったもの、
すなわち「古典」の、
さらにど真ん中である『枕草子』に触れておくことが、
ことさら大事なんじゃないかと思うのです。

牛車

2元祖「よかった探し」は
世界を肯定し、祝福する

『枕草子』は、言ってしまえば「よかった探し」です。
日本文学の随筆のなかで
いちばん有名な書き出しである「第一段」からして、
四季おりおりそれぞれの「とびきりの時間」を
選び取って記しています。

それだけでなく、それに続く本文には
「2~3歳くらいの子供が急いではってくる時に
床に落ちたゴミを拾って大人に見せる姿は愛らしい」、
「牛車が水たまりを走り抜ける時に飛び散る水滴は
水晶を砕いたようだ」、
「台風の次の日に誠実そうな女の人が眠くて
気だるそうに風で乱れた庭を眺めているのは趣き深い」と、
日常の些細な、それでいて素敵な瞬間を
たくさん切り取っています。

同じものを見ても、そこからたくさんの
「すてきなもの」や「おかしなこと」を見出す力。
「よかった探し」って、
世界を見つめる視界の解像度を
上げてくれるんですよね。


みなさんが「そういうもの」を見つけたとき、
ついケータイで写真に撮ったり、
それにひと言そえてSNSにアップしたりしませんか。
清少納言はそれを、
日本で最初に散文で書き残した人物です。

なによりこれらはすべて、
(清少納言にとっての「世界の統治者」である)
中宮定子に捧げられた讃歌です。
「定子様がわたしに与えてくれた、この世界は美しい」、
「生きるに値する」。そう言祝ぐことが、
自分に生きる意味や価値を与えてくれた定子に対する
恩返しになっていた。
だからこそ、定子様の不幸や不遇はここには書かない。
定子様の美しく気高い姿を、わたしの筆が綴じ込めるのだ。
これこそが清少納言の
壮大な「演出」なのだと思っています。

ひるがえって今の時代、
わたしたちは「世界の統治者」を失いました。
生きる意味や価値を、
自分自身の手で探さなくてはなりません。
そうした時代だからこそ、
「この世界は美しい」、
「生きるに値する」と言ってくれている
「よかった探し」の『枕草子』に、
おおいに学ぶ意味があると思うのです。

清少納言

3「敗者(グッドルーザー)の弁」に
耳を傾けたい

前述のように、『枕草子』は
中宮定子が(政治的に)不遇な時代に書かれています。
定子自身は当時の最高権力者である藤原道長に
その地位を貶められ、追い落とされ、
政治的敗者として過ごさざるをえませんでした。
(道長の娘の部下だった紫式部が、
日記で清少納言を攻撃的に批判しているのも、
この政治的立場の違いによるところが
大きかったと考えられています)。


それでも『枕草子』には、
前述のように定子の不幸も、
道長への恨み言もほとんど描かれていません。
ただただ美しかった記憶と、
気高く思慮深く、文化の旗手として燦然と輝く
定子後宮の姿が描かれるばかりです。

いかに負けるか。負けたあとどう振る舞うか。
毅然と、美しく、思い出を紡ぐことができるのか。
ここにわたしは、清少納言の「覚悟」を感じています。


このことが、
おそらくは勝つことよりも負けることが多いであろう
わたしたちの人生にとって、
力を与えてくれる…と思うのです。

手痛い敗北を喫した時に、
何を話すのか、どう振る舞うのか、何を遺すのか。
その姿勢を、歴史の勝者ならざる『枕草子』は
教えてくれる気がするのです。

いかがでしょうか。
ちょっぴり『枕草子』を
読みたくなってきたのではないでしょうか。
そんな皆さんにとっておきの話をご用意して、
一緒に10月29日の講義を
進められればと思っております。

(次回更新は9月10日につづきます。)

2018-09-07-FRI

イラスト:ゴトウマサフミ
たらればさん、SNSと枕草子を語る。
1029(月)
18:00開場 18:30開演(20:30終演予定)
浜離宮朝日ホール・小ホール
(中央区築地5-3-2 朝日新聞東京本社・新館2階)

出演:
たらればさん、
山本淳子先生、河野通和(ほぼ日の学校長)
全席指定4,320円(税込)

チケットは
9月14日(金)午前11時より一般販売開始。