第2回 「明日の神話」って、TAROが言いたかったのは。
人間の矛盾は、激しく世界を意識し、
他にかかわればかかわるほど、
自分自身は孤独になるのだ。
逆に言えば、孤独であればあるほど、他にかかわる。
『眼 ──美しく怒れ──』(チクマ秀版社)より
|
|
|
敏子 |
メキシコで35年ぶりに見つかった壁画は、
「明日の神話」というタイトルで、
「太陽の塔」と同時期に描かれたものなんです。
メキシコシティの、ホテルの壁に飾られるはずの
絵だったんだけど、
ホテルがオープンしなかったの。
以来、ずーっと行方不明だった。 |
糸井 |
テレビでは、
絵がちょっと傷んでるふうに言われていたけども、
全体的にはものすごく無事ですよね。
奇跡みたいに。 |
敏子 |
ええ。もっとひどいことに
なってるんじゃないかと思ってたから、
見る前は怖かったの。
グチャグチャになって、
剥落したりしてるんじゃないかなぁ、と。
でも、ちょっと欠けたところもあるんだけど
画面そのものは、絵の具はしっかり付いてるし、
色も変わってないし、とってもいい状態!
壁材に描いてるから、荒れた感じが
フレスコ画みたいになっていて。 |
糸井 |
そうすると、ある意味では
原始的に見えるわけですね。
壁材っていうのは、
家の壁と同じような材質なんですか? |
敏子 |
コンクリートの板なんです。
30mの大きさのものを、7枚に切って描いて、
それを運び込んでホテルに飾ったんですよ。 |
糸井 |
はめ込んだんですね、壁に。 |
敏子 |
うん。その方式は、あの絵の依頼者の哲学だったの。
「建築ってものはどんなに立派に、
ちゃんとつくっても、いずれは壊されるもの。
けれど絵画は永遠だから」 |
糸井 |
だから、外せるように!!
そのおかげで見つかったんですね。
すっごく大きい絵ですが、
何日間くらいメキシコに行ってたんですか? |
敏子 |
1週間か10日しかとれないでしょう。
絵を仕上げるまでに30回ぐらい、行ったかしら。
当時は、万博のプロデューサーを
引き受けたところだったから、
「太陽の塔」をはじめとする構想を
万博協会に出したりしていた最中だったの。
そういうなかを、
プロデューサーが1週間日本をあけるって、
ほとんど不可能な話ですよ。
でも、岡本太郎は、両方やりたいのね。
ほんとうに、メキシコまで、
何度も何度も往復しました。 |
糸井 |
敏子さんは、今回は、
「見つかったぞ」っていうことで
メキシコに行ったんですか? |
敏子 |
そうです。 |
糸井 |
これまでも、何度かそういうことは
あったんですか? |
敏子 |
そりゃあ、もう、いろんな人が探しててくれて、
何度も何度も。
テレビでもいろんな番組が、
その「幻の壁画」を探す企画を
組んでくれるんだけど、
「じゃあ行きましょう」って
スケジュールを組んで、行こうとすると、
とたんに絵の所在がうやむやになっちゃうの。 |
糸井 |
あんなでかいものが、
そんなに見つかんないって、おかしいよね(笑)。 |
敏子 |
そうなの。でも、
こんど見つけてくれた人は、執念のある人でね。
絵の在りかをみつけるのに
8年間をかけたっていうの。 |
糸井 |
すごいですね。 |
敏子 |
そのホテル、からだだけできて、野ざらしになって、
世界の七不思議って言われていたのよ。
絵の発注者が亡くなったあと、
その息子たちはホテルなんかやる気がないから、
建物をデベロッパーに売っちゃったの。
そこが、また倒産した。
そして、こんどは、銀行管理になった。
銀行管理の差し押さえリストを
ちゃんと調べてもらったんだけど、
そこには岡本太郎の壁画はなかった。
じつは、差し押さえられる前に、
外してどっかへ隠しちゃったらしい。 |
糸井 |
はぁぁー。 |
敏子 |
そこから、あの絵は
「見せられないもの」になってしまった。
表ざたになるとまずいから。 |
糸井 |
記録できないんだ。
美術品は税金対策で隠しておく、
みたいなのと同じだ。 |
敏子 |
そうそう。それで、隠してる間に
どっかに売っちゃおうと思ったらしいのね。
日本にも売りに来たらしいんです。 |
糸井 |
ほんとに(笑)? |
敏子 |
ええ。それで、
もう20年以上メキシコにいる、
ある日本人の方が
「どうしてもそれを探してやる!」って、
毎日毎日デベロッパーに、
メールを送ったり電話をかけたりして。
1週間にいっぺんは必ずレターを持って
責任者を尋ねて行って(笑)。
しつっこくて、ストーカーみたいなやつだなあって
嫌がられたらしいよ。
それで、そこの資材置場や倉庫が
メキシコ国内中に、
185もあることがわかったんだって。 |
糸井 |
隠しちゃってるから、
どこの倉庫にあるかは、わかんないんだ。 |
敏子 |
そうなの、そうなの。
それで、その人、もう片っ端から
しらみつぶしに電話をかけたんですって。
こういうの預かってないか?
こういうのがあるはずだけど、って。 |
糸井 |
そう訊いたって、ほんとのこと言うかどうか
わかんないですよね。 |
敏子 |
うん、わかんないわよ?
あるっていうから行ってみると
見せてくれなかったり、
そうじゃないものだったりね。
何度も何度もそういうことがあって、
8年間かけてようやくつきとめたんだって。 |
糸井 |
すごいねー。
その人にそうさせたのって、
岡本太郎の力だよね。 |
敏子 |
うん。
見つかってほんとうによかったわ。
それもあなた、いい絵なのよ!
岡本太郎の最高傑作よ。 |
糸井 |
敏子さんは、下絵しか
見てなかったんですよね。 |
敏子 |
いえいえ! 一緒にメキシコに行って、
岡本太郎が描いてる横に
ずーっとついてたんだから。 |
糸井 |
そうか! |
敏子 |
ホテル側が、壁のサイズを
何度も変更してくるのよ。さすが、メキシコ。
だから、あの絵の下絵は、全部で4種類あるの。
最後は10メートルの、3分の1の下絵を描いた。 |
糸井 |
下絵っていう大きさじゃないですよね、
それ(笑)。
「明日の神話」下絵を描くTARO。 |
敏子 |
それはいま、
川崎市岡本太郎美術館にあるんです。 |
糸井 |
絵は、核がモチーフになっているんですよね。 |
敏子 |
そうなの。原爆のキノコ雲がにょきにょき。
真ん中に、炎をあげるガイコツが描かれているし、
そのバックには、燃える人間像がシルエットになって、
無限に行列しているの。
端っこにはビキニの水爆実験で被爆した第五福竜丸も
マグロを引っ張っている。
「明日の神話」(下絵・部分)。中央のガイコツ。
|
糸井 |
「太陽の塔」と同時期に並行してつくられた大作、
ということだけど、
ずいぶん雰囲気がちがうんですね。 |
敏子 |
そこがたぶん、意味があると思うのね。
岡本太郎は、あの「太陽の塔」を
万博の広場につくりながら、
この絵を、メキシコで描いていた。 |
糸井 |
しかも、核の絵を
メキシコのホテルの壁に飾ろうとしていたんだね。 |
敏子 |
核がモチーフなんて、
重々しく暗い絵だと思うでしょ?
ところが、この絵は明るいの。全体が哄笑している。
だって、タイトルが「明日の神話」なのよ。
第五福竜丸がひょこひょこ踊ってるし
生まれたばかりのちっちゃいキノコ雲は、
かわいい舌を出してる。
そして、真ん中で、人間のつくりだした核を、
哄笑してふきとばしているかのように
燃えているガイコツ。その美しさ。
人間がつくりだした核というものをモチーフにして、
逆に「ひとりの人間」の力のすばらしさを
見せたかったのかもしれない。
それを、岡本太郎は「明日の神話」と名づけたのね。
「明日の神話」(下絵・部分)。キノコ雲から舌が出ています。
|
糸井 |
見たいですね。
大きい壁画を、いつか必ず見たくなってきました。 |
敏子 |
時間と、自然と、岡本太郎とが
一体になってるかんじがするの。
純粋だし、ほんとにすごいメッセージよ。
(金曜に、つづきます!) |