第4回 修練を見せない人。

僕みたいな絵なら、ものの二、三日も
油絵の具の溶き方や線のひき方ぐらいを覚えれば、
すぐに描けるんで、あとはもし、あなたに才能があり、
さらに僕よりも自由な精神をもっているのだったら、
岡本太郎なんかをしのぐことはわけないんです。
『今日の芸術』(光文社 知恵の森文庫)より



慶応幼稚舎。TAROは前列右から3番目にいます。
 
糸井 太郎さんって、たしか、
ピアノも弾きますよね。
敏子 ええ。そういえば、おもしろい話がありますよ。
藤山一郎さんと太郎さんは、
慶応幼稚舎で同級生だったの。
太郎さんは、かの子さんが育てられないから、
寄宿舎に入れられちゃってて。
あるとき、藤山さんが
寄宿舎に遊びに行ったんですって。
そしたら、誰かピアノを弾いてるやつがいる。
それも立派なショパンをね。
「誰だろう、って思って見たら、
 それが太郎で、びっくりした」
って、言ってましたよ。
藤山さんは、太郎が美術学校に行くことを
当時から知っていたんだけど、
「美術学校に行く太郎が
 あんなにピアノを弾くんじゃ、
 うかうかしてはいられないと思って
 それからまじめにお稽古するようになった」
って言ってました。
糸井 ‥‥でも、ピアノって、
突貫的にやるようなものではないですよね?
少なくとも、人の見てないとこで
エチュードの連続がないと(笑)。
敏子 うーん、そうなのよね。
「どうして弾けるようになったんですか?」
って訊いたことはあるんだけどね、
自然に憶えたね、って言ってましたよ。
糸井 岡本太郎という人に
みんなが抱いてるイメージって、
どうしても「爆発だ!」にいっちゃうから、
岡本太郎は、すべてが直感で
なにか天の啓示を受けてんだ、
って思えるんです。
だけど、そんなはずはないんです。
岡本さんって、その「前の段階」を
見せていないですよね。
敏子 そうねぇ。
糸井 ピアノが弾けるなんて話は、
ほんとは意外なんですよ。
弾けたらおかしいですよね?
なんてったって、練習のいるもんですから。
言語を憶えるのと同じで。
敏子 なに弾いてるか憶えてないのよ、いつも。
手だけ動くの。
なんの曲弾いてるんだろう、手が動くよ、
と言って弾いてた。
みんな暗譜で。
糸井 ちっちゃいときに、
自分でたたき込んで、
そうなったんでしょうね。
かなりうまかったんでしょう?

敏子 あのね、第一生命ホールに、
音楽家が集まって
忘年会をやったことがあるの。
そこに呼ばれて、
「先生、ピアノ上手いから、
 舞台で弾いて下さい」
って言われたのよ。
あの人は、なんでも
「よしよし、やってやる」っていう質だから
引き受けちゃった。
舞台に出てきて、普通のスーツ着てるのに
燕尾服の裾をひゅっと
はね上げるようなかっこして、
ピアノの前に座った。
ちょっと指をこう、気どって
こすり合わせたりしてね。
みてるのは、ぜんぶ音楽家なんだよ?
「これから僕が弾く曲は、
 フレデリックっていう友だちとの合作なんだ。
 とってもきれいな、情熱的な女性がいて、
 三角関係だった。
 きれいに弾くところは
 フレデリックのパートで、
 ときどきパッと
 ウルトラモダンになるところは
 僕のパートなんだ」
って、しゃべった。
みんなは、しゃべるだけで
帰っちゃうと思ってたの。
そしたら、ほんとにガーッと弾きだした。
糸井 ハハハ。
敏子 みんな、びっくりしちゃってね。
「あんなにピアノをお弾きになるとは
 思わなかった。
 まるでショパンそのものみたいだった」
って。ところどころ抜かしたり、
とばしたり、また戻ったりして弾いて。
「我々はああいうことはしないけど、
 あんなにすごいタッチで
 ショパン的には弾けない」
って、みんながほんとに言うのよ。
糸井 なん‥‥なんでしょう(笑)?
敏子 酔っぱらうとジャズの即興をやるのよ。
それがいいの、すっごいいいのよ。
糸井 外国語もお話しになるんですよね?
敏子 ええ。
フランス語。
完璧に、きれいに話しますよ。
糸井 そういうのがね、おかしいなあ。
なんだか、太郎さんの幼生の時代に、
秘密があるような気がします。
つまり、「おたまじゃくし」の時代に、
「おたまじゃくしのまま
 一生終わっちゃうんじゃないか」
っていうぐらいに、
エネルギーを結集させてた時代が、
きっとあったんだろうね。
敏子 いいことおっしゃるわね。
そのとおりよ。
糸井 うん。だから、岡本太郎は
大人になるほど自由になっていった人、
っていう気がするんです。
だから、たぶん、ちっちゃいときは、
壊れちゃいそうなやつで。
敏子 神経質な子どもだった。
糸井 きっと「おまえなんか生きてる資格ない」
ってくらい、弱かったのかもしれない。
敏子 それで、けっこう理屈っぽいのよ。
親とはしょっちゅう芸術論をやってたから。
糸井 ほったらかしであり、
天才教育であり。
ふつうに考えたら歪んだ子になりますよね。
敏子 そうですね。
糸井 そんな子どもと遊ぶ、
おんなじような歳の子は、
ちょっと、いないですよね。
敏子 うん、周りにもいないし、ひとりっ子だし。
糸井 そこで曲げるだけ曲げちゃった、
ある栄養がすごく足んない
子どもがいて(笑)。
敏子 うふふ、そうね。
糸井 きっと意地っ張りで、
おとなに負けないように、
ガッリガリにやったんだ。
だから、きっと、
修練は平気だったんでしょうね。
語学やピアノも、全部身に付いたんだね。

(金曜に、つづきます!)

2003-11-04-TUE

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