第6回
いま、デッサンなんてやる必要はぜんぜんない!


考えてもごらんなさい。
ピカソにせよ、マチスにせよ、
彼らが二十世紀芸術のチャンピオンとして、
真に世界にかがやくピカソ、マチスになったのは、
いずれも二十代・三十代の若き日においてです。
年季なんかあるはずはありません。
『今日の芸術』(光文社 知恵の森文庫)より

糸井 岡本太郎って、
技術の部分を見せないですよね。
敏子 うん、もう、ワーッとむちゃくちゃに、
走り回って描いたようにみんな思ってるでしょ?
そうじゃないんだから。
糸井 思わせたんですよ、自分が(笑)。
でも、思わせてる理由っていうのは
わかるんです。
つまり、みんなに
「おまえは岡本太郎だ」って
言いたいから。
敏子 うん、そうそう。
糸井 「こんなにやんないとできないんだよ」
って言ったら、なんにもなんないから(笑)。
敏子 うん。
「デッサンなんか、やんなくっていいんだ!」
糸井 そう言うわけですよね(笑)。
敏子 ピカソのことをみんなが
「あんなすごいデッサン力があるから、
 ああいう絵を描けるんだ」
って、さかんに言ってたときに
「バカなこと言うな、ピカソのあの時代は、
 あれしかやることがなかったから、
 あれをやったんだよ。
 いま、そんなことやる必要は全然ない!」
って言ってた。
もう、思いさえすれば、パッとすぐできるって。
糸井 それはそれで、
ウソじゃ‥‥ないんだよね(笑)。
でも、太郎さんは、自分では
力、持ってるんだよね。
敏子 でも、彼は、
こういうものを描きたいんだ
こういうものを伝えたいんだ、ってことを
自分がはっきりつかめてれば、
技術は自然にそこについてるもんだ!って言うのよ。
糸井 うーん。
敏子 実際に、彼を見てるとそうなのよ。
たとえば焼き物をやるときだって、そう。
焼き物なんてやったことないのに、
いきなり陶板のすっごい大っきいのを扱う。
何メートルもある厚い陶板を置いて、
それにレリーフを彫ってくのよ。
糸井 あの、信楽の話ですね。
周りの人がみんな、
大わらわだったらしいですね。
作業の指示を出すのに、
学校の校舎の上のほうに登って、
拡声器で「もっと右っ!」とかやってた(笑)。
敏子 そう、そうそう。
「そこ削って!」とか。
だって、上から見なきゃわかんないじゃない?
糸井 そこでこき使われた人はみんな
うっれしそうにしてたんだってね。
敏子 そうよ、もうみんな、
生き甲斐を感じて。
糸井 ハハハ。
敏子 そのレリーフができあがると、
今度は切らなきゃいけないの。
切って中をえぐって
壺みたいなかたちにしないと乾かないから。
でも、変なとこを切っちゃうと、
絵のムーブメントがなくなっちゃうでしょ。
試作のときには、
職人さんに切ってもらったんだけど、
変なとこを切られちゃって、
「なんだ、これは!」って怒ってましたけどね。
糸井 「なんだ、これは!」って怒って(笑)。
敏子 本番は、自分が切ると決めてたの。
例えば、あんまりにも細く切っちゃったりすると、
焼いたときにそこが歪んじゃったり、
ひねれちゃったりするんですよ。
だから、切るところを指定するにも
技術がいるんだけど、
彼、ぜんぜん平気よ。
ピューッ、ピューッと、筆で、
切る線を描いていくの。
そのとおりに職人さんが切ってくれる。
そうすると、ぜんぶピターッとうまくいく。
糸井 味方につけちゃうんですよね、
不定形なものを。
敏子 あれは不思議。
どこでそんな技術を身につけたのか。
糸井 それは、岡本先生に言わせれば、
「みんなできるよ」って言うわけよ。
敏子 みんなできる。
やる気になれば、やろうと思えば、って言うわけ。
でも、あの人見てると、ほんとに、
そうみたいに思えちゃいますよ。
糸井 僕はちょうど、
むかーしの頑固でうるさい人と、
「なんにもそういうの、なし」の人たちとの
中間の世代にいる。だから
両方のおもしろさがわかるんです。
敏子 わかる。うん、うん、うん。
糸井 「岡本太郎っていうのはな、おまえな」
って、ちょっとは言いたくなるんです。
じつは、背景にすごく技術を持っていて、
ピアノ弾けちゃうみたいなことがあるんだ。
だからほんとは「パッとできた」ってもんじゃ
ないんだよ、と。
「みんなもできる」って言ってる岡本太郎が、
ピアノが弾けるっていうことは、
やっぱりおまえも、いま、やることはあるだろう、
って言いたくなっちゃう面がある。
それが、ひとつ。
敏子 ふふふ。
それは、言わないほうがいいわよ。
糸井 うん(笑)。
もうひとつは、そういうことを知ってても、
「オッケー、ぜんぶオッケー」って
言っちゃうこと。それも、よくわかる。
だけど、なにかをはじめちゃった人は、
「ピアノを練習する」みたいなことが、
逆にしたくなるんじゃないか?って
思うんだよね。
‥‥あの、横尾忠則さんが
いまごろになって
「技術が欲しい、技術が欲しい」って
言ってるんです。
敏子 そうなの。
糸井 僕、横尾さんって、
技術がある人だと思ってます。
あんなに技術のある人なのに。
敏子 ありますよ。うん。
糸井 その横尾さんが、
自分に足んないのがそこだって、
あんなにも言うって(笑)、
愉快ですよ。
敏子 わかるわ。
彼、もうほんとに渇望してるに違いないわよ。
描きたいものはあるんですもの。
糸井 そこはもう自信があるんですよね、
いくらでも出てくる。
敏子 わかるわかる。
糸井 脳はできてるけど、
手がついていかないっていうか(笑)。
だから、「もう好きなようにやれ」って
言うのと同時に、
そっちの「修練」のほうも、
すごい楽しみがあるんだよ、って
若い人に言ってあげたい気持ちもある。
敏子 糸井さん、親切すぎるよ。
糸井 親切すぎるのか。
敏子 うん(笑)。そんなこと言ったってだめ。
言う必要はないの。
糸井 ‥‥なーるほどなー。そうか。

(金曜に、つづきます!)

2003-11-11-TUE

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