- ──
- 柄本明さんへのインタビューでは、
いちばんはじめに、
「俳優とは、どういう仕事ですか」
とお聞きしたんです。
- 柄本
- 書いてあることを言うだけ‥‥。
- ──
- そう、まさにそうおっしゃいました。
でも、ぼくら観ている側は、
当然、そんなふうには思ってなくて。
- 柄本
- まあ、そうでしょうね。
- ──
- ドキュメンタリーでも、
同じようなことをおっしゃっていて、
確たる思いなんだなと、
あらためて感じたんですけども。
- 柄本
- ええ。
- ──
- でも、その直前の場面で
「考えて考えて考えて考えるんだよ」
「具体的に身体にフィットするまで」
ともおっしゃってるんです。
- 柄本
- ああ、言いますね。
- ──
- ようするに、そこを経たうえでの、
考えて考えて考えたうえでの、
「書いてあることを言うだけです」
だったのか‥‥と。
書いてあることを言う‥‥という、
その前にやっていることが、
どれだけたくさんあるんだ‥‥と。
- 柄本
- うん、うん。
- ──
- すごいなあと思ったんです。
佑さんもそうだと思うんですけど、
俳優さんって、
ひとつのセリフを言うにしても、
無限の選択肢の中から、
最終的に「言う」わけですよね。
- 柄本
- はい。
- ──
- そこの寄る辺のなさと言いますか、
最終的に、どうやって、
その言い方にたどりつくんですか。
- 柄本
- どう‥‥‥‥‥‥‥そうですね。
んーーーー(長考)、
そういう言い方になっちゃった、
というのが、
正直なところかもしれない。
- ──
- なっちゃった。と、あとから気づく?
- 柄本
- 「あ、こういう言い方しちゃったか。
次のセリフが待ってる。言おう。
今度は、こういう言い方しちゃった。
じゃ、次のセリフはこうか。言おう」
みたいな状態が続いていくのが演劇?
‥‥‥‥‥‥だったりするのかなあ。
- ──
- セリフに導かれていくような感じ?
- 柄本
- 結局、こういうふうに言いたいだとか、
ああいうふうに言いたいだとか、
役者としては、当然あるんですけど、
「いい」とか「悪い」とか、
「上手」とか「下手」とかについて、
あれこれ考え出すと、
まったく別の何かがはじまっちゃって、
何にも見つからなくなるんです。
- ──
- はああ。
- 柄本
- だから、舞台の上の役者というのは、
ずーーーっと考えながら、
あっちへいったりこっちへいったり、
ジタバタ足掻きながら、
少しずつ少しずつ、前に進んでいく。
ちょっとこれ、話が支離滅裂ですね。
- ──
- いや、わかります。何となくですが。
- 柄本
- で‥‥ですね、よくできた戯曲ほど、
そういう感じがあります。
時生とやった
『ゴドーを待ちながら』なんか特に。
- ──
- いい戯曲ほど、役者さんは、
あっちへいったりこっちへいったり、
足掻きながら、進んでいく。
- 柄本
- そういう感覚が、あるんですよね。
結局、果てしないというか、
器の大きさが、ハンパじゃないから。
- ──
- こうだと決めつけてこない。物語が。
- 柄本
- どこへ行ってもいいからって、
そういう度量の大きさがあるんです。
で、どこへ行ってもいいし、
どこへ帰結したってかまわない中で、
「ああ、ここだ」って決めて、
安心した途端、
バチクソに怒られるんですよ(笑)。
- ──
- ひゃー、そうなんですか!
ここだと思った瞬間に怒られちゃう。
- 柄本
- もう、どうすればいいんだと(笑)。
- ──
- 舞台の上の役者さんには、
安心している暇がひとつもない‥‥。
- 柄本
- ええ、そりゃないです。ないですし、
親父は、そういうことを、
見抜く力が非常に長けてるんです。
安心しきったセリフを言ったとたん、
目が据わりますから。
最終日とか、最悪だったんですから。
- ──
- 『ゴドーを待ちながら』の?
- 柄本
- 時生が、本番の真っ最中に、
出ハケ口の真正面に立ってた親父に、
「殺すぞ」って言われてた(笑)。
誰にも聞こえない、ちっちゃい声で。
- ──
- うわー‥‥。
- 柄本
- 舞台の上の俺ら以外気づかない声で。
- ──
- なんでしょう、
「安心」しちゃってたんでしょうか。
今日で最終日だというようなことで。
- 柄本
- 舞台を観に来る人たちは、
役者の「不安」を観にくるんだって、
そんなことを言う人ですから。
- ──
- インタビューのときも、
初演にあたったらもうけものだって、
おっしゃっていました。
- 柄本
- あ、そうですか。へえー‥‥。
- ──
- 何度も演ずれば演ずるほど
「こうでしょ」ってなっていくけど、
それだと、つまらないって。
やっぱり「安心」は敵なんですかね。
- 柄本
- 舞台の上の「役者の不安」こそ‥‥
って、そういうことなんですかねえ。
<つづきます>
2020-02-22-SAT
ヘアメイク:星野加奈子