- ──
- 佑さんは、エロ本の編集者から、
実在の精神科医から、
アルバイト暮らしの若者から、
演じる人物が、
本当に多彩だなと思うんですが。
- 柄本
- そうですね、いろいろですね。
- ──
- 人間って何だろう、
人間てどういうことなんだろう、
ということは、考えたり、
研究したり、されていますか。
- 柄本
- うーん、そうですねえ‥‥いやあ、
考えてないことはないけど、
とりわけ考えてるわけじゃないし、
研究とかもしてないです。
それよりも、
目の前にあるセリフを言うことを、
ずっと考えてると思う。
- ──
- やっぱり「セリフ」なんですね。
- 柄本
- 人間って不思議だねってテーマは、
もちろんわかるし、
人並みに興味もあるんですけど、
逆に、不思議じゃなかったら
変だなとも思うし。
- ──
- ええ、ええ。
- 柄本
- だから、そういう意味で言ったら、
台本を書く人、作家さん、
脚本家の方のことはよく考えます。
セリフを言ううえで。
ここに書いてあるセリフは、
その人の頭から出てきたものだし、
どうしても、
そのセリフを書いた作家のことを、
考えてしまうんです。
- ──
- セリフを言う人として、
セリフを書いた人のことを考える。
- 柄本
- だからこそ、
作家の人が書いた「てにをは」は、
役者が勝手に変えたら
ダメだと思ってます、基本的には。
- ──
- なるほど。
- 柄本
- いや、基本的にというか、絶対に。
作家さんの頭の中から
具体的に出てきている言葉なので、
その「てにをは」には、
何かがあるだろうと思うんですよ。
- ──
- 神は細部に宿るんだろうなあって、
たしかに、
自分の仕事でも思ったりしますね。
- 柄本
- あ、そうですか、やっぱり。
ぼくら役者というのは、
脚本家の書いたセリフを一字一句、
きちんときっちりと変えずに言う、
それが仕事なので。
- ──
- 柄本明さんも、
同じことをおしゃっていますよね。
- 柄本
- ようするに、この「てにをは」で、
このセリフを、
具体的に、正確に、「言う」こと。
とにかく、
そのことをずっと考えています。
- ──
- 書いてあること、つまりセリフを、
一字一句、正確に、
「てにをは」も何も変えずに言う。
- 柄本
- はい。
- ──
- その役者としての職業観と、
「自分らしさ」みたいなことって、
どう折り合いをつけるんですか。
一字一句、まったく同じセリフを、
他の役者じゃなく、
「自分が言う」意味というか‥‥。
- 柄本
- そういうことは、考えてないです。
だって何より「自分らしさ」こそ、
よくわからないし‥‥
もっと言えば、
別に、自分らしくたって、
自分らしくなくたって、
どっちでもいいと思っていますね。
- ──
- ああ、そうなんですか。
- 柄本
- その代わり、
自分がそのセリフを「言う」ときに。
- ──
- ええ。
- 柄本
- 何か自分なりの「秘密」が持てたら、
いいなと思ってます。
- ──
- 秘密。
- 柄本
- そう、何て言ったらいいのかなあ、
内緒ごとっていうか、
誰にも言わない、誰にも見せない、
自分だけの秘密。
セリフを言うときには、
そういう
自分だけの秘密を持てたらいいなあと。
- ──
- はあ‥‥それを心に持っているだけで、
一字一句、同じセリフでも、
どこか「その人の言葉」になるような、
そんな気がしてきますね。
他人には見せない秘密、かあ。
- 柄本
- はい、人には絶対、見せないものです。
そういう秘密って‥‥
まだ自分のキャリアが浅かったころは、
自然に持てていた気がするんです。
- ──
- へえ、そうですか。
- 柄本
- 演技するときの、純粋な楽しみとして。
でも、こうして「役者」という職業を
やればやるほど、
知れば知るほど、
経験すればするほど難しくなってくる。
- ──
- 自分の中に「秘密」を持つことが。
- 柄本
- そう。どんどん難しくなる。
- ──
- なんでだろう‥‥。
- 柄本
- わからないんですけど、
かなりハッキリした実感があります。
秘密だけじゃなく、やればやるほど、
セリフを言うのも難しくなるし、
ただ突っ立ってるだけでも、難しい。
- ──
- そうなんですか。
- 柄本
- 言うこと、あるくこと、止まること、
ただ立つこと、息をすること、
ただ、そこにいること‥‥でさえも。
- ──
- 難しくなる。やればやるほど。
- 柄本
- そうなんです。
- ──
- 役者って、そういうものなんですか。
- 柄本
- はい。
<つづきます>
2020-02-23-SUN
ヘアメイク:星野加奈子