- ──
- やればやるほど、難しくなるとは、
すごいものです、役者の仕事って。
- 柄本
- 本当は、演技をするにあたっては、
何も知らなくていいはずなんです。
でも、役者をはじめたからには、
続けるからには、
知識や経験が頭や体に残っちゃう。
- ──
- それが「邪魔」するんですか。
- 柄本
- 役者というものを知れば知るほど、
何にも知らないときのほうが、
夢中で、
楽しんでやっていたなと思います。
だからこそ、いまはせめて、
自分なりの秘密を、
作品ごとに持てたらいいなあって。
- ──
- なるほど‥‥。
- 柄本
- まあ‥‥こんなこと言っていても、
昔の作品を見たら、
やっぱりガッカリするんですけど。
- ──
- しますか、ガッカリ。
- 柄本
- しますねえ、ガッカリ。
母ちゃんに言ったことあるんです。
俺、初号試写を見て、
毎回、ガッカリするんだよねって。
- ──
- それはつまり、ご自身の演技に?
- 柄本
- そう、初号を見るたびに、
次はもっとマシにやってやろうと
思うんだけど、
また次の初号でうちのめされて、
毎回毎回、
絶望的にガッカリすんだよねって。
- ──
- そうしたら、お母さまは‥‥。
- 柄本
- 「待つのとガッカリに慣れるのが、
役者の仕事だよ」って。
- ──
- 角替和枝さんが、そんなふうに。
- 柄本
- そう、だからたぶん、きっと、
ガッカリは
一生ついてまわるんでしょう。
- ──
- でも、時間を経ることによって、
「ガッカリ」が
「あれ、案外いいかも?」
みたいな方向へ変わったりとか。
- 柄本
- ああ、それは、あると思います。
10年くらい前の自分の演技を、
気まぐれに見たときに、
「楽しそうにやってるじゃん」
みたいに、思ったりもするので。
- ──
- そうですか。
- 柄本
- ただ、それも‥‥
最初の映画だけは例外なんです。
- ──
- 『美しい夏キリシマ』?
- 柄本
- あれは‥‥ずーーーっと、ダメです。
はじめて観たときもそうだったけど、
あの映画の中の俺、いつまでもダメ。
- ──
- そうなんですか。
- 柄本
- 自分だけ、「色」がちがうんです。
あの映画の世界から、
自分だけが、
浮き上がっているように見えます。
- ──
- あの作品はたしか、
演技の経験が、ほとんどない状態で、
臨んだんですよね。
- 柄本
- そうですね‥‥まったくのはじめて。
セリフを言うのも、
カメラの前に立つのも、はじめてで。
でも、それにしたって‥‥って感じ。
- ──
- ご覧になることも、あるんですか。
- 柄本
- えーっと、ほとんどないんですけど、
3年前だったかな、
14年ぶりくらいに、映画館で観て。
撮影地の宮崎で上映会があったので、
そこで観たんですけど、
3分の2くらい、下を向いてました。
- ──
- なんと。
- 柄本
- もう、ワンカット目からダメです。
画面を見ていなくても、
自分の声を聞くだけでもダメです。
- ──
- そんな(笑)。
- 柄本
- いや、どうしてこんな人が、
今、こういう仕事できてるんだろう、
みたいことさえ思いますね。
- ──
- そこまで言われると、
逆に、あらためて観たくなります。
- 柄本
- いや、もちろん、
ぼく以外の役者さんは素晴らしいし、
作品としてもいいから、
みなさんが観ていただく分には是非、
とは思うんですけど。
- ──
- ご自身としては。
- 柄本
- ちょっと、冷静ではいられなくなる。
- ──
- そういう作品って、
でも、他の人にもあるんでしょうか。
- 柄本
- ですかね‥‥そんな話もしないけど、
そうだ、そうそう。
- ──
- ええ。
- 柄本
- うちの親父は、たまに
自分の出た作品を観てるみたいです。
つい、こないだも
森繁久彌さんの『大往生』っていう。
- ──
- あ、テレビのドラマ。
- 柄本
- そう、あれで自分の芝居を見ながら、
クッククック笑ってました。
- ──
- そうなんですか、へええ。
- 柄本
- 「このときの俺、ちょっといいよな」
とか言いながら。
いやいや、あんた、すげえな‥‥と。
そういうふうに、よく思えるなあと。
- ──
- キャリアのなせる技、なんですかね。
- 柄本
- どうなんだろ。いつか思えるのかな。
- ──
- その境地は、まだ遠いですか。
- 柄本
- ですね‥‥どれだけ時間が経ったら、
昔の自分の芝居を、
距離感もって観れたりするんだろう。
まだちょっと、先かもしれないです。
<つづきます>
2020-02-24-MON
ヘアメイク:星野加奈子