- ──
- 三宅唱監督の作品で、
佑さんが、いろいろな賞に輝いた
『きみの鳥はうたえる』では、
佑さん演ずるバイトの男が、
いったいどういう人なのか‥‥が、
最後まで、よくわからなくて。
- 柄本
- ええ。
- ──
- でも、最後の最後の場面で、
やっと、
その人に触れた気がしたんですね。
- 柄本
- はい。
- ──
- ああいう、観ている側に
捉えどころのなさを感じさせる役、
演じるのは難しいですか。
- 柄本
- うーん‥‥そうですね、
『きみの鳥はうたえる』で言うと、
まず、
名前のない役がはじめてで。
- ──
- あーーー‥‥「ぼく」でしたっけ。
- 柄本
- そう。
ぼくって結局、あなたもぼくだし、
彼もぼくだし、ぼくもぼくだし。
- ──
- はい。
- 柄本
- まず、その時点で、ぼく自身が、
あの役に対して、
捉えどころがなかったんです。
- ──
- そうか‥‥「名前」というのは、
「手がかり」のひとつなんだ。
- 柄本
- そうなんだなあって思いました、
自分でも。
あの役柄を演ずるにあたっては、
ぼくって言われてもなあ、
みたいな気持ちが、まずあった。
- ──
- なるほど。
- 柄本
- 三宅監督も、たぶん同じ思いで、
脚本の何稿目かで、
いちど名前をつけてるんですよ。
その「名前ありバージョン」で、
物語の大きな流れが決まって。
- ──
- へぇ‥‥。
- 柄本
- でも、決定稿の直前で、
もう一回、
「ぼく」に戻してくださいって、
監督にお願いしたんです。
- ──
- え、あ、佑さんのほうから。
- 柄本
- はい、やっぱり、名前のない、
「ぼく」でいきませんかって。
それで、決定稿では、
最初の「ぼく」に戻りました。
- ──
- それ、戻した理由は‥‥。
- 柄本
- 直感です。
強いて理由を挙げるとすれば、
うーん‥‥
言い方が難しいんですけど、
名前がついていると、
その具体的な「誰々」という
「点」に向かっていく、
そういう感覚があるんですね。
- ──
- 演ずるにあたって。なるほど。
- 柄本
- でも、「ぼく」になると、
もっとずっと広がりを感じる。
みんなが、
あの「ぼく」って男のことを
いろいろ探る上でも、
間口がグッと広がると言うか。
- ──
- たしかに「ぼく」だと思うと、
とたんに、
輪郭がボワッとしてきますね。
- 柄本
- そうでしょう。
だから、
この「ぼく」って主人公が
どんなやつなのか、
みんなで探しにいこうって。
- ──
- はー‥‥。
- 柄本
- 直感的ではあったんですけど、
ちゃんと言えば、
そういう理由だった気がする。
- ──
- あの物語のあの人は、
最後の最後に、名前をなくした。
- 柄本
- そうなんです(笑)。
- ──
- あの捉えどころのない主人公の
うしろ側には、
そういう経緯があったんですね。
役者さんや映画監督って、
作品の表面からは見えないところで、
工夫していたり、
やってることが膨大にあるんですね。
- 柄本
- 演技するときのテーマとしては、
自分の中では、
「まっすぐ」とか「直線」です。
撮影2日目とか3日目くらいに、
見つかったんですけど。
- ──
- 具体的にはどういうことですか。
- 柄本
- あの主人公、捉えどころのない
「ぼく」という男は、
フラフラといろいろんな方向を、
つまり、恋人を見たり、
バイト先の本屋の店長を見たり、
ムカつく先輩を見たり、
同居する友人を見たり、
友人の母親を見たりしますけど。
- ──
- ええ。
- 柄本
- 目線は「まっすぐ」なんですよ。
いつだって、つねに。
- ──
- ああ、フラフラしながらも。
- 柄本
- 嘘をつかない、嘘なき眼差しで、
まっすぐに、まっすぐに、見る。
そういうテーマが見つかって、
そんなふうに演じたら、
ああいうやつに、なりました。
- ──
- そういう人でした、たしかに。
- 柄本
- まっすぐに、まっすぐに、見て、
で、最後の最後で、
グニャグニャになっちゃうやつ。
- ──
- そうですね。最後グニャグニャ。
- 柄本
- そんなイメージで演じてました。
- ──
- まっすぐ、まっすぐのときには
捉えどころがなかったのに、
グニャグニャになったとたんに、
かえって、
どういう人なのか、
急に、わかった気がしたんです。
- 柄本
- ええ。
- ──
- おもしろいですね。演技って。
- 柄本
- そうですね。おもしろいです。
<つづきます>
2020-02-25-TUE
ヘアメイク:星野加奈子