俳優の言葉。 007 柄本佑篇

ほぼ日刊イトイ新聞

俳優の言葉は編集しにくい。扱いづらい。
きれいに整えられてしまうのを、
拒むようなところがある。語尾でさえも。
こちらの思惑どおりにならないし、
力ずくで曲げれば、
顔が、たちどころに、消え失せる。
ごつごつしていて、赤く熱を帯びている。
それが矛盾をおそれず、誤解もおそれず、
失速もせずに、心にとどいてくる。
声や、目や、身振りや、沈黙を使って、
小説家とは違う方法で、
物語を紡いできたプロフェッショナル。
そんな俳優たちの「言葉」を、
少しずつ、お届けしていこうと思います。
不定期連載、担当は「ほぼ日」奥野です。

> 柄本佑さんのプロフィール

柄本佑(えもと・たすく)

1986年12月16日生まれ、東京都出身。
2003年、
『美しい夏キリシマ』の主人公康夫役を演じ、
俳優デビュー。
以後、さまざまな映画で鮮烈な印象を残し、
第一線で活躍。
2018年、
『素敵なダイナマイトスキャンダル』
『きみの鳥はうたえる』
『ポルトの恋人たち 時の記憶』
と主演作が次々に公開され、
第92回キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞、
第73回毎日映画コンクール男優主演賞などを受賞。
2019年も
『ねことじいちゃん』『居眠り磐音』
『アルキメデスの大戦』『火口のふたり』と
公開が相次ぐ。
テレビドラマでは「知らなくていいコト」
(NTV)がオンエア中。

第6回 名前をなくした主人公。

──
三宅唱監督の作品で、
佑さんが、いろいろな賞に輝いた
『きみの鳥はうたえる』では、
佑さん演ずるバイトの男が、
いったいどういう人なのか‥‥が、
最後まで、よくわからなくて。
柄本
ええ。
──
でも、最後の最後の場面で、
やっと、
その人に触れた気がしたんですね。
柄本
はい。
──
ああいう、観ている側に
捉えどころのなさを感じさせる役、
演じるのは難しいですか。
柄本
うーん‥‥そうですね、
『きみの鳥はうたえる』で言うと、
まず、
名前のない役がはじめてで。
──
あーーー‥‥「ぼく」でしたっけ。
柄本
そう。

ぼくって結局、あなたもぼくだし、
彼もぼくだし、ぼくもぼくだし。
──
はい。
柄本
まず、その時点で、ぼく自身が、
あの役に対して、
捉えどころがなかったんです。
──
そうか‥‥「名前」というのは、
「手がかり」のひとつなんだ。
柄本
そうなんだなあって思いました、
自分でも。

あの役柄を演ずるにあたっては、
ぼくって言われてもなあ、
みたいな気持ちが、まずあった。
──
なるほど。
柄本
三宅監督も、たぶん同じ思いで、
脚本の何稿目かで、
いちど名前をつけてるんですよ。

その「名前ありバージョン」で、
物語の大きな流れが決まって。
──
へぇ‥‥。
柄本
でも、決定稿の直前で、
もう一回、
「ぼく」に戻してくださいって、
監督にお願いしたんです。
──
え、あ、佑さんのほうから。
柄本
はい、やっぱり、名前のない、
「ぼく」でいきませんかって。

それで、決定稿では、
最初の「ぼく」に戻りました。
──
それ、戻した理由は‥‥。
柄本
直感です。

強いて理由を挙げるとすれば、
うーん‥‥
言い方が難しいんですけど、
名前がついていると、
その具体的な「誰々」という
「点」に向かっていく、
そういう感覚があるんですね。
──
演ずるにあたって。なるほど。
柄本
でも、「ぼく」になると、
もっとずっと広がりを感じる。

みんなが、
あの「ぼく」って男のことを
いろいろ探る上でも、
間口がグッと広がると言うか。
──
たしかに「ぼく」だと思うと、
とたんに、
輪郭がボワッとしてきますね。
柄本
そうでしょう。

だから、
この「ぼく」って主人公が
どんなやつなのか、
みんなで探しにいこうって。
──
はー‥‥。
柄本
直感的ではあったんですけど、
ちゃんと言えば、
そういう理由だった気がする。
──
あの物語のあの人は、
最後の最後に、名前をなくした。
柄本
そうなんです(笑)。
──
あの捉えどころのない主人公の
うしろ側には、
そういう経緯があったんですね。

役者さんや映画監督って、
作品の表面からは見えないところで、
工夫していたり、
やってることが膨大にあるんですね。
柄本
演技するときのテーマとしては、
自分の中では、
「まっすぐ」とか「直線」です。

撮影2日目とか3日目くらいに、
見つかったんですけど。
──
具体的にはどういうことですか。
柄本
あの主人公、捉えどころのない
「ぼく」という男は、
フラフラといろいろんな方向を、
つまり、恋人を見たり、
バイト先の本屋の店長を見たり、
ムカつく先輩を見たり、
同居する友人を見たり、
友人の母親を見たりしますけど。
──
ええ。
柄本
目線は「まっすぐ」なんですよ。
いつだって、つねに。
──
ああ、フラフラしながらも。
柄本
嘘をつかない、嘘なき眼差しで、
まっすぐに、まっすぐに、見る。

そういうテーマが見つかって、
そんなふうに演じたら、
ああいうやつに、なりました。
──
そういう人でした、たしかに。
柄本
まっすぐに、まっすぐに、見て、
で、最後の最後で、
グニャグニャになっちゃうやつ。
──
そうですね。最後グニャグニャ。
柄本
そんなイメージで演じてました。
──
まっすぐ、まっすぐのときには
捉えどころがなかったのに、
グニャグニャになったとたんに、
かえって、
どういう人なのか、
急に、わかった気がしたんです。
柄本
ええ。
──
おもしろいですね。演技って。
柄本
そうですね。おもしろいです。

<つづきます>

2020-02-25-TUE

写真:野村佐紀子

ヘアメイク:星野加奈子

『Red』

2月21日(金)より新宿バルト9ほかにて全国ロードショー
©2020『Red』製作委員会

柄本佑さんも出演する『Red』が、
2月21日(金)から全国公開!

妻夫木聡さん、夏帆さんが主演する
映画『Red』を見たあと、
数日間、心がザワザワしていました。
一言で言ってしまえば、
男女の道ならぬ恋を描いた作品です。
でも、いろいろな意味で、
その一言では表現しきれないものを、
作品からは感じました。
とくに作品のラストの場面‥‥とか。
この映画に、
柄本佑さんも出演なさっています。

「最後のシーン、
現実にやっちゃダメですよね(笑)。
でも、現実にやっちゃダメなことを、
引き受けて、
ああやって見せることができるのが、
フィクションの役割だと思います。
だからこそ、みなさん、
映画館に行くんじゃないでしょうか。
夏帆さん演じる塔子の行動を、
女性がごらんになってどう思うかも、
聞いてみたいですね」

自身の役柄については、このように。

「まさかこういう役が、
自分にくるとは思ってませんでした。
三の線なんだけど、
ある場面では、二の線でもいける役。
友だちが多くて、
人付き合いもきっちりできて、
ソツなく何でもこなせて、
飲み会でも盛り上げ役で‥‥という、
つねに70点台を出しつづける男を、
どう演じようと考えて、
結果、ああいうふうになりました」

雪景色に散る、さまざまな赤。
映像も、とっても美しい映画でした。

映画の公式サイトは、こちら。【https://redmovie.jp

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柄本佑さんにも、おとどけします。

俳優の言葉。

この連載のもとになったコンテンツ
21世紀の「仕事!」論。俳優篇