生活のたのしみ展
”かるさ”が命を守る。──mont-bell(モンベル)の根底にある考えかた 辰野勇(モンベル創業者、現・会長)×糸井重里 対談
1. 超オタクなものを出す会社。
辰野
糸井さんがうちのアンブレラを
愛用されていると聞いて、
「えーっ?」と思って。
「第1回 生活のたのしみ展」では、
糸井重里がモンベルの傘を
愛用していたことをきっかけに
「傘の店」というブースが誕生した。
糸井
不思議ですか?
辰野
不思議ですよ。
糸井
ぼくはというと
「ぐるーっと回ってモンベルに
たどりついたんだ‥‥」
みたいな思いがありまして。
辰野
そうですか。
糸井
最初にぼくがモンベルの製品を知ったのは、
釣りなんです。
よく出かけてたころ、
いちばん行っていてたのが河口湖でした。
あたたかいうちはバス釣りで、
寒くなるとマス。
「お正月にニジマスを釣る合宿をしよう」
みたいに出かけてたんですが、
真冬はやっぱり寒いわけです。

だからもともと、
どの装備があたたかいのかとか、
さんざん試してたんです。

そのときに地元の
バスプロ(バス釣りのプロ)の人たちが
「糸井さん、これじゃなきゃダメだよ」
と教えてくれたのが、
モンベルのつなぎの登山服だったんですね。
ぼくらの間では
「ガチャピン」と呼んでたんですけど。

まだ1990年代はじめ、94~5年だったかな。
辰野
うわぁ、それは
「ゼロポイント(ZERO POINT)」ですね。
糸井
そういう名前なんですか。
辰野
はい、高所極地用のブランドです。
当時はとくに尖った用途
──つまり極地などで使うアイテムは、
そのラインに集約しようとしていたんです。
だけどふつう、河口湖で
使うような商品じゃない(笑)。
糸井
そうですよね、値段も高いし。
辰野
そうなんです。
糸井
ところがプロのやつらはオタクですから、
釣り道具に限らず、そういった装備も
徹底的に研究しているわけです。
そしてちゃんと「これはいいぞ」という
アイテムを発見する。
だからうちは家族3人分を全部
あれで揃えましたよ。
辰野
えーっ、すごい。
糸井
えらい高かったです。
12~3万したんじゃないかな。
辰野
そうでしょう。
あの製品は遠征用のワンピース
(つなぎ)ですね。
あれだともう、極地で
そのままごろっと転がっても大丈夫です。
糸井
そのすごさを身をもって体験しました。
極地じゃなく河口湖ですけど、
みんなが「寒い寒い」って震えてる横で、
ボートで速度をあげて走れますから。
辰野
風があると、体感温度がね。
糸井
そうなんです。
冬はもうたまんないですから。

だけど、あの服を着てる人だけは
ニコニコしてるんです。
大会とかでも、あれを着てるやつらは
大名みたいなもので。
そして若い連中は、
あれを着るのが憧れだったんです。
辰野
そうかぁ‥‥。
糸井
そういう状況があって、
ぼくが「これなに?」と聞いたら
「モンベルという会社の商品で‥‥」
とか教えてくれるわけです。

そのときぼくはモンベルのことを知ったんです。
辰野
なるほど。
糸井
ただ20年前とかだから、
当時はまったく知らなくて
「モンベルって、モンクレールの仲間?
‥‥あ、違うんだ」
みたいな、そのくらいの感じでした。

それで調べていって、
いろいろと超オタクなものを出している
会社なんだと知るわけです。
「こんなもの誰が買うんだろう?」
というものまであって。
辰野
たしかに(笑)。
糸井
だけど本気で開発されているから、
やっぱり質がさすがなんですね。

ぼくはあれを着て、
みんなにさんざん説明しましたよ。
「冬にがんばりたいならこれだよ」
とか言いながら。
高いものだし、実際に買う人は
そんなにいなかったですけど。

そういうことから、ぼくにはずっと
「モンベルはすごい会社」
というイメージがあるんです。
辰野
ありがとうございます。
いや、お恥ずかしい。

‥‥いま思い出しましたけど、
動物写真家の岩合光昭さんが
極地で撮るときは、絶対あれらしいんですね。
ホッキョクグマとかを狙うとき。
糸井
ああ、そうでしょうね。
岩合さん、いまはネコの写真で
非常に有名ですけど、
かつては南氷洋のクジラとか。
辰野
そうそう、撮られてたんです。
糸井
それで今回、ぼくは辰野さんの本
『モンベル 7つの決断』)を
1冊読んだだけなので、
まだなにも知らないとも言えるんですけど。
辰野
いやいやいや。
糸井
ただ、本を読んでいると辰野さんの判断は、
いつでもまず
「シチュエーションの絞り込み」があって。

そこから
「余計なことはバーンと捨てて、
そのなかで最良の判断をする」
みたいな動きですよね。

それで読みながら
「そうか。こんなふうに考えるのは
山の人の特徴なんだ」
と思って、ちょっとあこがれたんです。
辰野
ぼくはというと今回、
糸井さんにコピーライターの
イメージはあったけど、
まさか会社の社長をされているという
印象はまったくなかったんです。
糸井
ちょっとびっくりされたんじゃないですか。
辰野
最初はちょっと首を傾げてましたね。
「こういう人だったっけな?」と。

恥ずかしながら、
ぼくは手帳も使ったことがありませんし。
糸井
いやいや。
辰野
ただ今回、糸井さんが書かれてきたものを
いくつか読ませていただいたら
「あれ? 自分と同じこと言うてるやん」
みたいな。
糸井
たぶん、本当に近いところは
ありますよね。
辰野
そういう気がするんです。
考えに非常に共通点があって、
一気に親近感を覚えたんですよ。
糸井
実はぼくも、辰野さんの本を読みながら
そういう感覚だったんです。

河口湖で着ていた「ガチャピン」の会社の
社長はどんな人かなんて、
これまで考えたこともなかったんですけど。
(つづきます)