生活のたのしみ展
”かるさ”が命を守る。──mont-bell(モンベル)の根底にある考えかた 辰野勇(モンベル創業者、現・会長)×糸井重里 対談
3. 本質に思いを馳せろ。
糸井
これはぼくが友人から聞いた話ですけど、
アイデアを出すときって
考えはじめがいちばん自由ですよね。

「自由度100%、なんでも考えてごらん」
ということで、
とにかくいろんな発想が湧く。

だけど、それを「女性用」とすると、
急に自由度が50%まで落ちる。

さらに「40代向け」「台所で使うもの」とか
ターゲットを絞りはじめると、
考えやすくはなるけど、
発想できない部分がどんどん増えていく。

完成前日にはもうやれることはなくて、
「ゴール手前がいちばん不自由」
だともいえるわけです。
辰野
たしかにそうですね。
糸井
だけど、本を読んでいると辰野さんは、
「どんなときでもいちばん最初の
自由なところにひょいと戻れる人」
という感じがあるんです。

「生きるか死ぬか」みたいな
極限の条件で考えてきた人だからなのか、
読みながら毎回、
その判断の潔さにワクワクするんです。
辰野
たぶん人間って、日々「AかBかCか」と
いろいろなことを決めていくわけですよね。

そのときどうしてAを選ぶのか。

いろいろな要素が絡まっているように見えても
「why、why、why、なぜ、なぜ、なぜ‥‥」
って疑問を突き詰めていくと、
たいていそんなに多くの理由はない。

さらに言えば、人間の判断って
たぶん最終的には
「生きているためにやる」
というところに立ち返るわけです。

究極を言えば、それ以外は、
ある意味どうでもいいというか。
糸井
「生きているため」以外の条件は、
実はすべて捨てられる。
辰野
ぼくはそういう発想で、
さまざまな物事を考えてきたんですね。
糸井
なるほどなぁ‥‥。
辰野
だから、すこし飛躍するようですけど、
ぼくはなにかの課題があるとき、
本質とずれたことをするのは
好きじゃないんですね。

今日もウェブサイトの会議で、ぼくが
「登山届をウェブでできるシステムを作れ」
って言ったんですけど。

‥‥いいですか、こんな話をしても。
糸井
どうぞどうぞ。
辰野
いま、登山届を出さずに山へ登る人が
おおぜいいて、
警察も非常に困ってるんですね。
そしてやっぱり、そこは
セーフティーネットがいると思うんです。
糸井
ええ。
辰野
それに対してなにかできないかと思うと、
モンベルには「モンベルクラブ」という
会員制度の加入者が78万人いる。

つまり、住所から年齢から連絡先から、
78万人分の個人データがあるわけです。

それを使ってできることが
あるんじゃないかと考えたわけです。

そして山に登るとき、登山届を
一から書くのってめんどうなんです。

毎回住所を書いて、連絡先を書いて、
誰と、どこへ、どんなふうに‥‥って、
みんなまずやらないんですよ。
糸井
ええ、ええ。
辰野
だけど、もしそれを「モンベルクラブ」から
アクセスしてもらうようにすれば、
記入の手間は省けるわけです。
また、ほかにもいろいろとできることがある。

それで今朝、うちのプログラマーに
その話をしたんです。
糸井
はい。
辰野
ただ、「登山届」というとどうしても
「警察に出すもの」というイメージがあって、
ついつい話が
「警察とどう組むか」みたいなことに
なっていくんです。

だけどぼくは直感的に
「それは違うな」とわかる。

なにかというと、いまの話で
ぼくらがやりたいことって
「本人の安全を確保すること」なんですね。
山に登る人たちの安全をサポートしたい。

警察が必要な情報を集める手助けをすることが
いちばんの目的ではないんです。

もし警察と組むとすれば
「あれも聞いておいてほしい」
「なにかのときのためにこれも」
みたいに、きっと項目が増えていく。

だけど、ぼくらは
消費者の立場でものを見ないと
ダメだと思うんです。

だから、いろいろ考えて、
とにかくシンプルなアラート機能だけに
することに決めました。
「いつどこへ出かけ、いつ帰ってくる」
それだけでいいと。
ほかは一切いらない。
あくまで個人の安全を助けるためにやる。

そういうものにしようと決めました。
糸井
いまの話はとてもよくわかります。

つまり「山に登る」という行為は、
本人が登りたくて登ることですから。
お上に許可をとって‥‥という話ではない。
辰野
さらに言えば、いまの登山届って、
3000メーター級の高所に行く人は出しますけど、
六甲山や高尾山に行く人は
いちいち出さないんです。

だけど年をとってきたら、
そういう山で道に迷って
帰ってこない人もいるわけで。

そういう個人の安全のためにも、
セーフティーネットが必要だと思うんです。

物事の考え方って、そのくらい
「本質はどこにあるか」に
思いを持っていかないとダメだと思うんです。
糸井
そうですね。
辰野
「登山届はかくあるべし」みたいな
概念から考えはじめると、
やっぱりミスマッチが起こりやすいんですよ。
糸井
「枠組みの話を複雑にしただけ」みたいに
なりやすいというか。
辰野
そして、ぼくの頭のなかでは、
もしこの78万人のアラートシステムが
うまくできたら、
そのうち警察側から「使わせてほしい」と
お願いがあるんじゃないかと思うんです。
糸井
その可能性はありますね。

いまのと似た話で、ぼくが震災後に会った
神田に住むIT関係の会社の人で、
「全国避難所ガイド」という
防災情報アプリを作られているかたが
いるんですね。
辰野
全国の避難所がまとまったもの?
糸井
そうなんです。

避難所のお知らせって、
地元の人にしか連絡が来ないから、
出張先や旅行先の人は
どこに避難すればいいかわからないんです。

それでそのかたは
「避難所マップの全国版を作るべきだ」
と考えて、動きはじめたんです。
辰野
ええ、ええ。
糸井
ただ、行政同士が連結してないから、
そういうものは存在しない。

また、ネット上に情報はあるらしいんですが、
最新情報かどうかがわからない。

しかも防災のことですから、
最新情報になってないと、
問題が起きるじゃないですか。
辰野
そうですね。
糸井
だから最初、彼は電話やメールで
最新情報かどうかについて、
問い合わせをしていったらしいんです。

けれど、まったく返事がもらえない。
「個人が作るもののために、
簡単にデータを渡せません」
ということらしいんですね。

明らかに役立つものであるのに、
会って説明しないと、データももらえない。

だから結局、彼は一人で全国を行脚して、
個人の力で情報を
アップデートしていったらしいんです。
辰野
すごい。伊能忠敬だ。
糸井
そうなんです。
そしてそれもまた、行政のほうが逆に
「使わせてほしい」という
データになってると思うんです。
辰野
そうでしょうね。
糸井
モンベルのその
アラートシステムの話もそうだし、
いまの「全国避難所ガイド」の話もそう。

いま、問題意識を持った
一個人なり一企業が動いてやることが、
みんなの役に立っていく。

そういう時代になっているんだと思うんですよね。
(つづきます)