生活のたのしみ展
”かるさ”が命を守る。──mont-bell(モンベル)の根底にある考えかた 辰野勇(モンベル創業者、現・会長)×糸井重里 対談
6. 生死より大事なものは。
糸井
さきほど「ものごとの本質が気になる」という
話がありましたけど、
ぼくは生きものの行動の基本って
「生きるか死ぬか」じゃないのでは、
と思うことがあるんです。
基本は「快か不快か」かなと思ってて。

たとえば子猫がクルマに
ひかれそうになるのを見たとき、
危険だろうがなんだろうが、
パーンとつかんで行動するとかありますよね。

それもある意味、生死を超えて
「快か不快か」の部分で
やってることだと思うんですよ。
「そうしないとわたしじゃない」
というようなところで。
辰野
そうですか‥‥いや、そこについては、
ぼくはあまりにも修羅場を見てきただけに、
素直に「うん」とは言えないです。
うーん、「生死より大事なもの」って、
なかなかないんじゃないかと‥‥。
糸井
そこ、ぜひ聞きたいです。
辰野
たとえばね、ぼくが小中学生くらいの
本当にちっちゃいころ、
友だちとふたりで土手を登っていたんです。

ぼくが上でロープを持ってて、
友だちがそれにつかまって登ってくる。
だけど、あまりにグイグイ来るから、
だんだん支えきれなくなってきたんです。

ぼくも「放しちゃいけない」と思うから
がんばるんだけど、どんどんキツくなる。

で、最後、もういよいよ
「このままだと自分が落ちる‥‥」
と思ったその瞬間ね、
ぼくは手を放したんです。

彼は落ちて、大ケガほどでは
なかったけどケガをした。
糸井
あぁ。
辰野
そのとき思ったんですよ。
「ぼくはやっぱり、自分の命を犠牲にしてまで
人を助けることはできないな」
って。
糸井
ええ、ええ。
辰野
まずは自分の安全を確保する。
どんな状況でも、
そのうえでないと助けられない。
やっぱりそれは思いますね。

山登りでも、セルフビレイ(自己確保)を
とってやるとか、3点確保とかいう
基本があるわけですけど、
自分の命がやっぱりいちばんで。

その安全が確保できて、
はじめてほかの人も助けられる。

ぼくはそんなふうに考えています。
糸井
はい、はい、はい。
辰野
だけどそこを確保できたならば、
次は人の命が大事。
糸井
自分の命の次は、人の命が大事。
辰野
ですから東日本大震災のときにも、
モンベルは自分たちにできる
さまざまな支援をおこないました。

テレビの取材で
「ここまでやると会社が
つぶれるんじゃないですか?」
とか言われたんですけど、
ぼくはついカッとして
「1期ぐらい赤字出してもいいじゃないですか」
とほざいたんです。

反応はいろいろでしたけど、
事実ぼくはそう思ってましたから。
1期ぐらい赤字出したって、会社つぶれないし。

もちろん、会社つぶしてまで
やるつもりはないですけど。
糸井
ええ。
辰野
ああいうとき何が大事かといえば、
この国難のときに
自分たちにできることをすることですよね。

それはやっぱり、
自分の命の次に大事な他人の命を守ること。
それから、本当に困ってる人たちに
われわれができることがあれば、それをやる。

そんなの1期ぐらい赤字になろうが、
どっちが大事かを天秤にかけたら、
おのずと答えは出ますよね。
糸井
いまの話、そのとおりだと思います。

さきほどぼくが軽率に
「生きるか死ぬかより大事なもの」
と言ってしまいましたけど、
実はさっきの問いには、
またちょっと違う思いがあったんです。

命がいちばん大事なんだけれども、
なおかつ人は
「運命にインプットされている」
と言ったらいいのか、自分の命以上のことを
やってしまうじゃないですか。
辰野
そこはぼくも興味ありますね。
たぶん教育とか、培ってきた文化とかと
大いに関係があると思うんですけど。
糸井
それをやるのは
自分の意思じゃないですよね。
辰野
だと思います。
ただ、いちおう本質的な価値判断としては
「やっぱり自分の命がいちばん大事。
だけどその次に大事なのは他人の命で」
ということだと思いますけど。
糸井
そうですね。
辰野
だからぼくは阪神淡路大震災のときにも、
その日すぐに入って、
遺体の搬出から全部やったんです。
糸井
その速度、すごいですね。
辰野
というのも、いちばん大事なのは被災直後で、
そこはぼくらの役割だと思ってるんです。

要するに、山がそうなんです。
ぼくらがもう本当に必要とされてるのは、
震災が起こった直後なんです。

たとえば、野宿せざるを得なくなった人の
寒さ対策とか。

あと、津波で流された人が
モンベルのダウンジャケット着てたおかげで
浮いて助かったという話があったりとか。
糸井
はぁー。
辰野
あとは遺体の搬出作業とかですね。
山登りをしていると、
遺体を運ぶのに慣れているんです。
どういう網目でロープを編んで、
どう搬出するのがいいとか。

神戸のときにも実際に、
知り合いのお母さんの遺体を
搬出したりしていました。
糸井
なるほど、山の人たちはそこも。
辰野
ただ、我々が得意なのはそういう
「直後」なので、
社協(全国社会福祉協議会)とか、自衛隊とか、
警察とかが動き出せば、
もう任せようという考えかたなんです。

そのあと、町がどう変わっていくかと
いうところもそうですね。
そこは我々よりも得意な人たちに任せようと。

もちろん、できることがあればやりますけど。
糸井
一般的な尺度で考えると
「いちばん早いのが自衛隊」
ですけれども。
辰野
全然、全然。
糸井
だけどそれが一般人尺度で、
その前を考えてる人さえいないですよ。
だから辰野さんたちはもう、
当事者のように動いているというか。
辰野
神戸のときは、まさにそういう感覚でした。

ただ、やっちゃいかんのは
人の批判ですよね。
「あいつは遅かった」とか
「おれが早かった」とか「早すぎた」とか、
そういう余計なことは言わなくていい。
糸井
まったくそうだと思います。
足を引っ張るのはダメですよね。

あと復興の手伝いについてはぼくは、
それぞれ「呼ばれた時期」があると思っていて、
辰野さんたちは本当に早く
呼ばれた人たちなんだと思います。
辰野
ああ、なるほど。
そうですね。
糸井
ただ今日は「自衛隊より早く」って考える人と、
その事実があったっていうことを
はじめて知りました。

もちろん、そういう人は
0.1%でいいんでしょうけれども。
(つづきます)