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今回の番組の主題の難しさについて
感じていることは、何ですか? |
長嶋 |
「クリエイティブ」という概念が
すごく抽象的なので、その言葉からは、
それぞれの人が別々にいろいろと想像すると思う。
僕と根岸の間でも考えていることがまったく違うし、
制作する側にもいろいろな人がいるから、
例えばNHKの教養番組部のプロデューサーだとかは、
また違うふうに「クリエイティブ」を考えている。
その辺で、何かちょっと
よくわからなくなった部分はあります。
僕はものすごく単純な動機から
この番組に入っています。
糸井さんは、さんざん
「クリエイターの代表」と言われていて、
もちろん80年代の広告の世界でも
「クリエイティブ」がもてはやされていたから、
誰かから自分がクリエイターであるだとか
クリエイティブだと言われることに対して、
ほんとは嫌気がさしているんじゃないかと
思っていました。
だから、糸井さんから、
「次はクリエイティブについて
ちゃんと番組でやろう」
と言われた時に、少し驚いたんです。
だからきっと、今言われているような
ある種のクリエイティビティとは違う、
もっと本質的なクリエイティブみたいなことを
糸井さんは考えたいのかなあ? と思いました。
クリエイティブということについては、
僕ら自身も、すごく考えなければいけないことだし。
・・・言ってみれば
誰もが考えなければいけないような、
とても普遍的な問題でしょう?
だから、番組としては作るのが難しいけれども、
企画としてはものすごく面白いし、
これは今、ほんとにちゃんと時間を取って、
どこかで訴えなければいけないような
メッセージ性もはらんだ話だな、と思いました。
根岸がそれを企画で書いてくれたんだけど、
当初は、もう少し日本の現状の
行き詰まり感のようなものを打開するような
ある種の「錦の御旗」的なキーワードとしての
「クリエイティブ」というものだったと思います。
だから、もう少しビジネス寄りの話になる予定だった。 |
根岸 |
「クリエイティブが未来を拓く」
というタイトルではじめは考えていて、
「クリエイティブ」というよりも「未来」に、
その頃の私はすごい重きをおいていました。
経済面でも日本社会に関しても、
いろいろなところに不安や
閉塞や行き詰まりがある・・・
それは、何かがないと
打開していけないものじゃないか、
という思いがあって、その状態を、
針の穴ほどでも開いていってくれるものが
「クリエイティブ」なんだ、
と糸井さんが言うのなら、
それならそのことを聞かせて下さい、
という気持ちだったような気がします。
だからはじめは「クリエイティブ」というのは
「ある記号」のように想定していました。
クリエイティブそのものが何であるかはわからずに、
糸井さんが「クリエイティブ」と言っているのが
単純な意味ではないというのだけはわかったから、
「それが未来を拓く可能性を持っているのかな?
未来は、拓かれて欲しいな」
と感じていただけです。
だから、企画をはじめていくと、
クリエイティブというものが、
どんどんわからなくなっていったんですよね・・・。
企画をいろいろなところに持っていった過程でも、
クリエイティブって、いろいろな人に、
いろいろなように話されやすい言葉だから、
「・・・そうは言っても、
クリエイティブってこうだろ?」とか言われて。
長嶋さんと私の間でも、
クリエイティブに対する考え方はかなり違うし。
だから「クリエイティブ」がわからなくなって・・・。
最初は、一般的に「クリエイター」と
呼ばれる人だとか、表現に関わる人は
出さないでやろうとしていたんです。
「今やクリエイティブは
限られた人だけのものではない」
という出発点でしたから、
それこそ実業界の人ばかり、
ビジネスの人ばかりを出したいと思っていたのです。
でも、それはやっぱり「飛びすぎ」でした。
結果としては、「伝わりにくい」ということで、
今回のような顔ぶれが揃うことになりました。 |
長嶋 |
ビジネス界の人を扱うことには、
「飛びすぎ」よりも、もう少し別の考えがある。
「経済は、しっかりしたソフトが
あるからこそ、成り立ってゆく」
ということがあると思うんです。
物が売れなくなることは、
高度経済成長の宿命で、そうなると、
どこかでみんなの元気がなくなったり、
昔で言うと戦争が起きたりしているわけで・・・。
80年代はすごくシニシズムで
語られることが多いけど、
物を売ったり新しい価値を創造しようと
頑張っていた時代でもあると僕は思うんです。
経済の先端を示しているとも言える広告が
おもしろいことやいいことを言うことで、
物が売れていた時代があったわけじゃない?
だけど今は、広告という付加価値のようなものでは
経済を刺激することが立ち行かなくなっている、
という感じがします。
そうなると、もうちょっと本質的に、つまり、
物自体の価値で売るようになっているんじゃないか?
かつてのビートルズのような、ほんとに新しい、
画期的な革命性を持ったソフトがなければ、
いくら広告がよくても、どのように経済のシステムや
マーケティングの面で考えを進めていっても、
どうもそのままでは変わっていかないだろうし。
要するに、経済面を考えるだけでは、
日本の今の行き詰まりのようなものが、
このままでは打開できないんじゃないのだろうか?
そういうことを、僕は、
どこかでみんなが感じているように思う。
そこで糸井さんは
イトイ新聞というメディアを持って、
「ソフトを何とか発掘するための何か」
をやろうとしているのではないのでしょうか。 |