第8回 「お金の流れがソフトの流れである」
というような今の現実が、邪魔なんです
[今回の内容]
「クリエイティブ」を考えるということが
個人的な身のほどこしかたにかなり関係があり、
だからこそ、小手先だけのアイデアや技術だけでは
語り尽くせないものである、と、番組制作側の
プロデューサー・長嶋甲兵さんは言っていました。
生身の生活とぎりぎりの、そんなテーマを
なぜ、敢えて選んで特集にしようと思ったのだろう?
今回は、番組ナビゲーターの糸井重里に訊ねました。
(撮影の合間に、ひと休み)
----クリエイティブということを考えたいと
糸井さんが思った源は、どういうものですか?
「今は、人が考えてものを作っている時代なのだから、
ぼくは、その考え自体を尊重したいと思っています。
世の中を動かしているのは、情報であって、
情報というものが、今はすべての生産手段においての
キーになっているというように感じています。
例えば、シャネルという商品は、
どういう香りをどのような場所で、
どのようなパッケージで売るかに価値がかかります。
使い方に関しての情報の総体としての、
『シャネル』になっているわけです。
おんなじように、自動車も、ただ単なる
イメージだけでは、できるものではないですよね。
デザインやアイデアやプランなどというような、
言葉にできる情報を意識して産んでいくものですから。
でも、そういうデザインやアイデアやプランなどは、
今までは、価値のあるものだと扱われてはいなかった。
だけれども、実は、
そういう透明なクリエイティブこそが、
実は化粧品なり車なりをつくる時には
本当に一番大切なものなんですよね。
ぼくが『クリエイティブが大切なんだ』と
言いたいのは、その事実をわからせたいだけです。
明治以後の日本は、
『まちがいのない正確なもの』を作ろうとして
一生懸命頑張ってきましたが、
でも、本当に人の心が動くところは、
違う場所にあるように感じます。
『安くていいものだから買う』というのではなくて、
もう高値か安価かといったものすら超えてしまって、
『欲しいものがあるから買う』と言えるような
本当の価値観のようなものを、もしできたら、
ぼくは作ってみたいなあと思っているんです」
----ないがしろにされてきた思いつきのようなものが、
実は一番大切だというところで、
クリエイティブを考えたい、ということですか?
「作ることに関して一番面白いのは、
何かを一人だけで思いつくのではなくて、
『俺、これ欲しいよなあ』と思えるものを
みんな考えてゆくことだと思っていて・・・。
外国で進んでいるなと思える動きを見ると、
実は日本よりちょっと先に
『欲しい何か』を思いついた、気づいた、
ということのように見えるんですよね。
だから、それをやりたいなあと思いました。
・・・ただ、今は大量生産システム以外には
仕事として食えていけないとされていますよね。
思いつきだとかクリエイティブではないものに
まだまだ評価の重みがあるというのはすごく感じます。
それなのに今『いいものが売れる』下地があるのは、
ある場面での作り手にあたる人間が、
違う場面では消費者になっているからだと思います。
『この作り手はすごい作りかたをしたなあ』
という作り手どうしの共感で
ものが売れているでしょう?
ソニーでウォークマンを作っているひとが
どこかで何かを買うようなことをイメージすれば、
どんな目で商品を見るかがわかりやすいと思うけど。
『クリエイティブ』について考えたいのは、つまり、
『お金』や『安易なビジネスモデル』というものだけで
ものを作っていこうとする傾向が嫌いだからです。
で、ぼくの好きなものというのは、
何かを考えたり、豊かさを分けあったりすることで。
だからこそ、誰かがいいことを考えたらすぐに伝わって
その考えが使われながら先に進むような特長を持つ
インターネットには、ものすごく期待しているんです。
だけど、そんなにいいところがあるのに、
今あるようなさまざまなホームページは、お客さんを
単にお金を運ぶ人間としか見ていないじゃないですか。
これは、おかしい。
便利な検索機械として発展するものが
インターネットなら、ぼくはそんなものは要らないし。
いいものを分けあって、それがみんなの成果になって、
買いたいものを買えるようになる、
自分でも、欲しいものを売れるようになってくる・・・
そういう動きが、欲しいなあと思います」
----まだそういう動きがない現実が不満なのですか?
「はっきり言えば、
『お金の流れがソフトの流れである』
というような今の現実が、邪魔なんです。
お金でソフトを買う傾向に入ってしまえば、
クリエイターは、お金に馴らされてしまうでしょう?
何ができるのかはわからないけど、ぼくは、本当に
豊かなものをわからせるようなものを作りたいんです。
だから、ビジネスにならないといけないと思う、
というようなことを『ほぼ日』でも言っています。
誰かのビジネスに乗りかかることでしか、
クリエイターが行き場を失っている、
という現状が、ありますよね。
でも実は、ものを作る時には、
下のほうでやっている人ほど、当然、
生産物へのイニシアチブを持っているはずですよね?
でも、クリエイターたちは不安な状態にいるから、
いばってもいいということに気づいていない。
発明をした人が、作り手が、ほんとは一番なのに。
・・・つまり、作り手の立場にある人たちは、
みんなお金持ちに呼ばれる芸者のようになっている。
主導権はいつでもお金を払う側にあって、
自分を選んでくれるかどうかを決めるのは、
いつだって、向こう側でしょう?
だけど、もしクリエイターが自分で作ったもので
それを仕事にできているというケースがあれば、
『趣味でやっている仕事で食っていける』
という、大きな可能性を提示できると思います。
ほぼ日で掲載している『へなちょこ雑貨店』みたいに、
雑貨屋をやるためにアルバイトをしている子がいて、
演劇をやるためにバイト、というのとおんなじ感覚で、
その子たちはお店をやるためにバイトをしている。
仕事がもう、趣味になってきています。
今、遊んでいないで
仕事をしている人は、山ほどいますよね。
そんな時に、遊びながら仕事をできている人がいれば、
人は『俺も、やれるかもしれない』とわくわくする。
『真剣に遊ぶとこんなにもおもしろい。
そういう人が、もう実際出てきているんだ』
と人々に示せれば、みんながわくわくできるし、
クリエイティブな人も食えるんだなと思えるじゃない?
『好きなことをやりながら食える方法があるんだよ』
というメッセージは、作る苦しみを味わっている
人に対する何かにはなってゆくはずだと思います」
----クリエイティブを語る時に、
お金の面でイニシアチブを取ることは
そんなに大事なのですか?
「うん。
『お金の収支はどうなっていますか?』と、
作り手の側がたずねられて、
『・・・う〜ん、わからないですね、そこは』
と言わざるをえないと、不安をたくさん持つ
次の作り手たちは、めげてしまいますから。
わかった人がちゃんとお金になる何かを作れば、
うらやましい気持ちや、やる気を生むし、
うらやましくないもので金になるものをつくっても、
『それ、俺もやりたいなあ』とは思えないのだから、
だったら、俺は、うらやましくて
仕事になるものを作りたくって・・・。
つまり『ビジネスが成り立つ』ことがなければ、
『父のいない出し物』のようなものになっちゃう。
ビジネスになっている姿が見えないままだと、
ふわふわしているように
見えてしまいがちじゃないですか。
ぼくは、そこで父役をやってみたいと思います。
そのために、敢えてぼくは
『ビジネス』という言葉を出したかった。
趣味でバイトをしながらやっていることが
更に商売としても成り立てば、
大きな可能性を提示できますから。
だから軸のひとつになってくるのは、
作り手がお金をつかんでいるのかどうかで・・・。
作り手がお金をつかめていなければ、説得力がない。
商売の成功と生きがいが一致していないと・・・。
やはり、現時点でクリエイターは
負けてしまっていると思います。
ビジネス上手の人が仕事でぼくを応援してくれる時に、
『イトイさんは、ビジネスを無視してもいいですよ。
おもしろく遊びをしてくれていれば、あとは
お金を稼ぐ部分を私たちがいくらでもできますから』
とよく言ってくれるんだけど、実はぼくにとっては、
逆に、とってもむつかしくてわからないからこそ、
そのビジネスの部分が遊びだし、やってみたいと思う。
たくさんの魚が取れるような簡単な釣りには、
面白みがないでしょう?
ビジネスは、むつかしいからやりがいがあるし、
ぼくにとっては最高の遊び道具になるんです。
そこでの『売れる・売れない』は、おそらく、
支持されているかどうかを測る尺度になりますし。
だからもっと、仕事として
クリエイティブが成り立っていけば、
『作り手が世の中を動かせるんだ。
考えているやつが損しなくていいんだ』
と、思うことができるじゃないですか。
全員が、必要なものを買いつづけるだけの人生を
送っていきたいわけではないでしょう?
だんだん、働くことが『稼ぐこと』であると同時に、
『どれだけ遊べるか』というものになっていて・・・
そこで、考えるのが気持ちいいから、ということで
仕事をしている人が好きだなあと、ぼくは思います」
----だから、クリエイティブが
ビジネスとしても成り立って欲しいんですね。
「まだ、ひとりひとりに無力感がありますよね?
今、いろいろな人が、どうして
『ほぼ日』を読んで応援してくれるのかというと、
『イトイの時代』というはっきりしたものが
いったん終わったのにもかかわらず
ぼくが頑張っているからだと思います。
つまり、イトイが2度死んだあとの、
『イトイの時代』でもないのに人力で勝手に動いた、
それがここまでの形に育ってきているからこそ、
読者は、無力な自分がだんだん成長する姿を
投影して、楽しんでいるんじゃないかと感じます。
『お金を使って、これだけのメンバーを集めて
こんなにいいソフトを用意したから読んでくれ』
では、今のような感じには思われていないでしょう。
社会が便利になって、電子レンジや洗濯機が、
ぼくたちに、余った時間を生んでくれました。
そんな中で、今、一番買えないものというのは、
たぶん『充実した時間』になるんだと思います。
今、いろいろな人にとっての
一番欲しいものが、充実した時間なんだろうなあ。
そんな時、退屈を埋めるためのひまつぶしの産業で
時間をつぶしたいというのではないでしょう。
いろいろな人が充実した時間を欲しがっている、
という時期にいるんだと思います。
インターネットで誰でもが発信元になれる時代に、
みんなが欲しいのは、充足した時間ではないでしょうか?
今いろいろな分野で面白いものは
どうして面白くなっているのかというと、たぶん
そのものに必死さがあるからではないかと思います。
必死さというのは、生きがいややりがいのような、
『がい』に関わっているもので、たぶん今はそういう、
単なるサービス精神を超えるようなクリエイティブを、
いろいろな人が、求めているんじゃないかなあ?」
★充足した時間が求められている
今の時期に「やりがい」を感じるものとして、
クリエイティブを考えようとしているようです。
そして、その情報の価値を作り出す人が、
どうしてもイニシアチブを取れないのはおかしい、
それが一番面白くて大事なんだ・・・という気持ちも、
糸井重里が番組に関わる動機なのかもしれません。
(つづく)
|