ゼロから立ち上がる会社に学ぶ 東北の仕事論。 陸前高田 八木澤商店 篇
第2回 北欧+味噌・醤油。
── 八木澤商店のオリジナル商品については
今、どういう状況なんですか?
河野 まだ、再開できていません。
── そうですか。
河野 われわれ、震災後にスープのレシピも公開したので、
てっきり、
お得意さんは他所に委託してるんだと思ってました。

でも、このあいだ聞いたら
「八木澤商店が復活するまで待っているよ」と
言ってくださっていて‥‥。
── それって、ものすごいことじゃないですか。
河野 「八木澤のたれじゃないと、
 お客さんが納得してくれないからさぁ」って。
── じゃ、そのためにも‥‥。
河野 一刻もはやく、製造機能を回復したいです。

おかげさまで、同業のお醤油屋さんに
OEMでつくっていただいている商品に関しては、
味噌にしろお醤油にしろ
前年の数倍の売り上げが、あるんです。

でも、やはり、
自分たちで責任を持つことのできるオリジナルを
つくっていかないことには。
── 当面は、どのような動きを?
河野 オリジナルの味噌・お醤油を
つくりはじめるには、
つまり「もろみ」を十分に熟成させるには
少なくとも、数年かかります。

だからまずは、この11月に
「つゆ、たれ」工場を
一関市の小学校跡地に建設するぞ‥‥と。
── おお!
河野 ‥‥思っていたんですが、やめて。
── は?
河野 来春、お醤油工場をつくることにしました。
── おお、一気にお醤油ですか!
河野 ええ。
── それって、完成するのは‥‥?
河野 来年秋くらいの予定です。
── すごい、ついに、
八木澤商店のオリジナルのお醤油が‥‥。
河野 もちろん、商品として出荷するためには
工場を稼働させてから
さらに半年くらい、かかりますけれどね。

仕込みの時間が必要なんで。
── そうか、
八木澤商店の看板商品の「生揚醤油」も
杉桶のなかで2年、
熟成させてできるお醤油ですものね‥‥。
河野 でも、再来年には
八木澤のオリジナルのお醤油、できます。
── なんか、本当にすごいです。
河野 ま、これ以上モタモタしてたら
「自分とこの生産機能も回復してないってのに
 なにが新しい会社で専務だ! アホかお前!」
‥‥と、社員に言われちゃいますんで。
── そういえば前回、河野さんにお会いしたとき、
話の合い間に
「日本の味噌・醤油は、
 世界最高の調味料だから‥‥」って
ふと、おっしゃったんです。
河野 ええ。
── ずっと、その理由をお聞きしたくて。
河野 たとえば、お醤油というのは、
300種類ものフレイバーの複合体なんです。
── フレイバーというと‥‥。
河野 香り。
── 300種類の香りが、
お醤油のなかに混ざってるってことですか?
河野 そうなんです。
イチゴの香りもあれば、オレンジの香りもある。
── 科学的に分析すると、検出されるんですか?
河野 そうです。
── へー‥‥おもしろーい。

別に、イチゴやオレンジを入れてるわけじゃ
ないですもんね?
河野 もちろん、もちろん。

大豆と小麦とが発酵するプロセスのなかで
醸し出されてくるんです。
── そういえば、ある条件を満たした日本酒は
「メロンみたいな香りがする」って
『もやしもん』という漫画で読みました。

「吟醸香」とかいって‥‥。
河野 それが「醸造の神秘」なんですよ。
── そういう例って、他には‥‥?
河野 ワインやビールなども醸造の産物ですけど、
「調味料」という括りで言えば
やはり
代表的なのは「味噌・醤油・酢」ですよね。
── なるほど。
河野 もっと言うと、発酵・醸造の文化を
きっちり確立しているのは、この日本なんです。

味噌、醤油、酢、みりん‥‥日本酒も然り。
── ははぁ。
河野 イタリアやフランスでは
チーズ、ワイン、生ハム、バルサミコ酢の文化が
ありますけど
日本ほど
多種多様な微生物が棲んでいるわけじゃない。

それは、湿度がぜんぜんちがうからです。
── はー、そうなんですか。
河野 日本列島って長いじゃないですか、タテに。

だから、土地土地の気候風土に合わせて
ものすごい数の微生物が生きているんです。

だから、
風土によって食文化もちがってくるし‥‥
そこでつくられる
醤油や味噌の種類も、ちがってくる。
── そういえば、いろいろありますね。
河野 そして、その土地土地で採れる素材の旨みを
うまく引き出してくれるのが
「さしすせそ」の脇役たちなんです。
── えーっと、砂糖、塩‥‥。
河野 酢、醤油、味噌。

だしにしたって、
本枯節‥‥つまり鰹節なんかも発酵ですし。
── 発酵で、あんなカチンコチンに。
河野 そう、「本枯」って、カビなんですよ。

燻製にカビをつけて
水分を抜きながら熟成させたものですから。
── ははぁ、そうだったんですか、あれ。
河野 日本の「海の幸、山の幸」というのは
世界的に見ても
最高に豊かな食文化だと思うんですね。
── ええ、ええ。
河野 その「素材を活かした世界一の食文化」を
縁の下で支える名脇役が、味噌醤油なんです。
── だから「世界最高の調味料」と。
河野 微生物の世界って、まるで宇宙の話みたいに、
研究し尽くせないほどの可能性を
秘めているんです。

だって、この地球上には
何十億という種類の微生物がいるんですから。
── ぼくらの口のなかにも
100億くらい、いるんですよね、たしか。
微生物くんたちが。
河野 ええ、ここらへんにも、そこらへんにも。
見えないけど。
── 漫画の『もやしもん』とか読んでいると
微生物のものすごさ、
不思議さ、おもしろさが伝わってきます。

日本酒をつくるのが「コウジカビ」ならば
日本酒を蔵ごと一気にダメにする
大敵として恐れられているのも
「火落ち菌」という
乳酸菌の一種であったり‥‥とか。
河野 彼ら微生物たちが土地をつくり、
豊かな発酵文化、食文化をもたらしてくれる。

使いかたをまちがったら
人間にとって害毒になってしまうんですけど、
うまく力を借りれたら、
環境を浄化してくれたりもする。
── 石油を分解したり‥‥とかですよね。
河野 化粧品だって、機能性食品だってつくれる。
医薬の分野でも重要な存在です。
── あ、八木澤さんの「もろみ」のなかにも
抗がん剤に利用できそうな菌が
発見されていましたもんね、震災前から。
河野 ですから
すでに取り組まれていることですけれど、
この分野の研究は
私たち日本人がリーダーシップを取って
押し進めていかなければ。
── そういう国である、と。
河野 そう思います。

震災後、赴任先のタンザニアから福島へ
寝袋ひとつで入っていった
金沢大の田崎和江名誉教授なども
放射性物質を無害化する微生物の研究を
進めてますし‥‥そういう意味でもね。
── ようするに、いろいろと
「食べておいしい」だけじゃないすごさが
あるってことですね、微生物には。
河野 フィンランドやスウェーデンのような
「高福祉・環境保全型で、持続可能性の高い社会」と
「味噌や醤油が支える素晴らしい食文化」、
そのふたつを掛けあわせたら、
この国独自の価値が、生まれてくると思うんです。
── はー、おもしろい。
河野 私たちの子ども世代、孫世代が
安心して暮らしていける「見とおし」を
どうやって、つけていくか。

それが、この国の課題だと思うんです。

そのための「モデル」を
陸前高田の町に、つくっていきたいなと
考えています。
── なるほど、なるほど。
河野 北欧型の「安心して暮らせる社会」の
モデルケースを
陸前高田につくりあげることができたら‥‥
黙っていても交流人口は増えますから。
── ええ。
河野 津波で壊滅した町というイメージではなく、
あの町では
若い人が、さまざまな可能性を模索しながら、
新しい仕事づくりをしているんだと、
そう言われるような町になれると思うんです。
── 「北欧+味噌・醤油」で。
河野 そう、そう。
── なんだか‥‥妙にいい感じがしますね、
「北欧+味噌・醤油」って(笑)。
河野 でしょう?
── 北欧+味噌・醤油=‥‥。
河野 陸前高田。

<つづきます>
2011-12-28-WED
 
 
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN