吉本隆明 「ほんとうの考え」
002 革命 (糸井重里のまえがき)

「別な意味で革命です」という言い方が、
ここに出てきます。
「革命」というものを、どう正しく定義するのか。
そんなこと、ぼくは知ったことじゃないのですが、
いったん「政治」の道に乗せてからなんでも解決する、
ということは、へんだよなぁと思っていたのです。
今回は、吉本さん、じぶんの不自由なからだのことから、
医療についての話になり、
とても根源的なことを語りだしてくれました。

「人間って何なんだ」ということが、
考えられてないことは、だめなんじゃないか。
そういう話になるんだと思いました。
建築でも、文学でも、医療でも、教育でも、
あらゆることの根元に、この問いかけに対する、
じぶんなりの考えが必要なんですよね。
それはもう、「革命」についても、
まったくそうなんで‥‥。

糸井重里
糸井 最近、吉本さんは
何をいちばんに考えていらっしゃいますか。
吉本 いまは、なにはともあれ
いちばんの関心事は、からだのことです。
目も悪いし、足壊疽も悪いし、
もう、どうにもなんないです。

こうやればいいはずだ、ということを
やってくれるお医者さんは、
日本には少ないんですよ。
西欧の端っこのほうの
デンマークとかスウェーデンとか、
ああいう国では、そこがすごく発達しています。
それは、マルクス主義者が言うこととは
またちがう意味で、革命的です。
糸井 なるほど‥‥北欧ですね。
吉本 ええ。北欧の若い人は、
税金をいっぱい取られちゃいます。
その代わりに、ああいう国は
老人の病気の面倒をみたり、介護を完全にするし、
何かあれば、すぐに医者がかかわってきます。
若い人は、何とも文句は言わない。
そういうことが、できてるんですよ。
完璧に近いことをやっています。

それは、別な意味で革命です。
要するに、それができれば、
革命と同じことなんです。

社会を革命してから、
なんとかどうにかしてやっていって、
それからからだみたいなものについて考えて、
という、
従来のしかたとはぜんぜん別の意味の革命が、
あのあたりの国は、できてます。
糸井 北欧がそうなった、ということについては
何か理由があるんでしょうか。
吉本 やっぱり、貧乏国で、
いちばんには発達してなかったからでしょう。
いいところもいい治療法も、みんな、
資本主義と社会主義に取られちゃったから。
そして、「やることはないな」という
国だったからでしょう。
糸井 だから、
分けあわなきゃならなかったんでしょうか。
吉本 そうなんですよ、
分けて、なんとかしなきゃいけなかったんです。
このことは、ある日本の介護専門家の人が、
海外を視察してきたあとに、
対談の場でぼくに話してくれたことです。
その人の誇張は多少あるでしょうけども、
ぼくはそのとき、
ああ、革命っていうのは、ほとんど、
こういうもんでもできるんだ、
と思いました。

日本の医者なんか
ぜんぜん問題にならないくらいのことをしつつ、
知識も蓄積しています。
それは、ほとんど、
「人間って何なんだ」ということだと思います。
「自分たちは何なんだ」ということについて
ひとつの方法として、
すでに確立して進んでいるのです。
糸井 病を研究することじゃなくて、
生きることを研究するのが
お医者さんなんですよね。
吉本 そう、ぼくなんかは、
そっちのほうが大切だと思います。

ぼくは、好きな猫をよく見て、
結局、人間という動物は
何がどうなれば幸福になるんだろう、と
思うんです。
猫やほかの動物とちがうところは、ときどき
──ぼくらみたいな者はしょっちゅうに近い、
共産党なんかはそれを
専門にしてるわけですけど──
自然成長に反対のことを故意に意識して主張して、
そういうことを、
まぁ、いちばん進んでると錯覚してたんですよ。
だけど、そんなことして、冗談じゃない。

人間という動物は
ときどき、そういう変なことで
自然にそむくことを勝手にあみ出します。
糸井 (笑)
吉本 人間の特徴をいかすようにすればいいんだ、
おんなじじゃねぇか。
自由と平等っていうのは、
そういうふうにもできるじゃねぇか。
北欧の国は、とにかくひとつ、
完成してるという意味ではないけど、
やってるんだということになります。
これは、そうとう重要なことだと思ってます。

(次回の掲載は月曜日です)



2009-04-17-FRI

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