吉本隆明 「ほんとうの考え」
003 お金 (糸井重里のまえがき)

年をとった人が、その自分の
年をとったこと、そのものを考えるというのは、
そうとうにむつかしいことだと思うのです。

自分自身が、これまでとちがう。
自分と社会との関係に、新しいずれを感じる。
そういうことを、見逃さずにできてないと、
自分の自然な変化には気づけませんよね。
吉本さんの話に、よく驚くのは、
自分の変化についても、
ほんとうに正確にとらえようとしていることです。
しかも、まだわかってないことについては、
「わかる」とは言わない。
そしてさらに、なにかしらの仮説を目の前に置いて、
それについて語りはじめる。

今回は、テーマそのものについて読むのと別に、
吉本さんの、いつもの「考える姿勢」について
味わうのもいいですよね。
糸井重里
糸井 吉本さんは、服装などの
ファッション的なことについては
どのように思ってらっしゃるんですか?
吉本 ぼくは、ある時期、わりあい
ゆとりができたときがあって、
デパートに行って
勝手にまわって勝手に選んで、
それを自分で着ちゃって、
ということをしていました。
そのころは
「吉本さんって、案外おしゃれなんですね」
などと、言われてたりしまして。
糸井 その気持ちは、つまり
いまは、失われたんでしょうか。
吉本 そうじゃなくて、いまは、何だろう‥‥、
ぼくにとって
そうじゃなくなったいちばんの原因は、
「なんで、こんなにせかせかしてるんだ」
という気分がする、ということです。
その原因は何かといったら、
「歳」じゃないでしょうか。

別に悟ってはいないんですが、
いつどういうことがあったって
それはしかたねぇや、
という年齢になったな、とは思っています。
それは自覚してるつもりなんだけど、
やっぱり、重大問題です。

だいたい、年を取ったら
体を動かすことが億劫になっちゃうし、
「これは考えるのに値するな」と思えることも
狭まってきちゃうんです。
お年寄りを誤解するということが
よくあるとすれば
その部分だと思うんですが、
それは、たぶん、
おっかなさの原点のようなもの
なんじゃないでしょうか。

オレはもう平均値は行ってるからとか、
いろいろ考えて、
なにもせかせかする必要ないじゃないか、
と、思ってるんだけど、
これがせかせかしちゃうんだ(笑)。

その「せかせか」が自分でわかんないんですよ。
よく考えてみれば
せかせかする用事なんてないんだけど、
なんとなく、いまこうしているときも、
せかせかしています。

だから、例えば、いま
糸井さんやほかの人と比べて、
自分がある事柄について
表面から向き合ってないと
思えるところは、そこです。

だけど、糸井さんもあと10年ぐらい経つと
このことはそうとう切実になるかもしれません。
避けようもないです。
ある年齢で、必ず当面する。
糸井 いや、ぼくももう、
「せかせか」は
はじまっているような気がします。
吉本 年取るとどうしてもそうなっちゃうんですよね。
浄土とか天国なんていうのは、ないんだよって、
偉い人が、そう言ってる、
おやじもおふくろもいくつで死んだ、
そんなことは、十分わかっています。

それが、そうじゃない、
つっかかってしまう。
どうもせかせかする。

いいか悪いかは別として、
自分なりのやり方は
精一杯やってるつもりなんだけど、
それなのにやっぱりせかせかして、
しかも、それはだんだん、切実になってきます。
糸井 ぼくも
「せかせかしてきたな」
ということに、気づいてはいるんですけどね。
吉本 それはきっと
心理的な錯覚がずいぶんはじまってる、
ということが、ひとつの理由として
あるんじゃないでしょうか。

必然的に当面する、いちばん近いところで、
自分はできるだけやってるよ、と思ってても
「錯覚する」ということは、
得てしてありうるわけです。

これは、自分で考えて、
極端な錯覚は避けるというふうに
調整したほうがいいです。
糸井 「せかせか」も錯覚だ、
と自覚しなけりゃいけない。
吉本 そうでないと、ほかのことに対する洞察も
間違っちゃうことになりますから。

例えば、いま景気が世界的に悪いといいます。
根元は、大金持ちであるアメリカが
口火を切ったからそうなった、って、
こう思ってるけれど──つまり、
いまの内閣の責任者っていうのは、
そう決めちゃってると思いますけど──
その決めつけでこのままいっちゃうと、
そんなに遠くない時期に間違うよ、
とぼくは思ってます。
あれは、そう決め過ぎだと思います。

政治や経済のことをあんまり考えたりしない
普通の人たちを基準に考えないと
間違えるんです。
普通の家の、奥さんがたの考えを
基準にしていったら、
それこそ「せっかちすぎるよ」という判断に
なってると思います。
糸井 年寄りが中心になって考えるから
そうなっちゃうんでしょうか。
人の考えはすべて
そういう「時間」では動いていない。
吉本 そうなんです。

(次回の掲載は火曜日です)



2009-04-24-FRI

吉本隆明「ほんとうの考え」トップへ


(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN