吉本隆明 「ほんとうの考え」
007 自分 (糸井重里のまえがき)

「老い」について、老いている人が、
正確に語るというのは、
ほんとうにむつかしいことだと思うのです。

しかし、吉本さんは、
この現在進行形の「老い」について、
まるで「絶好の研究素材がここにある」
とでもいうくらいに、考えたり語ったりしています。

親鸞という貴重な先達のことを、
強く意識しながら、
この「吉本隆明の老い研究」は、
さらに深化していくような気がしてなりません。

これ、若い人が読んでもおもしろいと思うんですが、
そうでもないかなぁ?
ま、とりあえず短いですし、
読んでみてもらえませんか。
糸井重里
糸井 「年を取る」という、
若いときだったら
受け止めきれないようなことを、
いまの吉本さんは、見事に抱えながら
歩いていらっしゃると思います。
それはすごいなと思っています。
吉本 「やっぱりちょっと、
 年食うって、たいへんだぜ、これは」
という感じと、
「たいへんだという感じさえなくなれば
 あとは自然にまかせる以外にない」
ということがあります。
糸井 できることが少なくなるということを
若いときに想像すると悔しいんですが
その悔しさは、なくなるんですか。
吉本 だんだんなくなります。
なくなると、
病気だったり弱っている箇所が、
回復するようなことがあります。
糸井 回復するんですか。
吉本 ええ、そうなります。
ただもう、自然が年を取らせるから、
それに従っていくということを
肯定すれば、そうなります。

これはね、自分で
ずいぶん肯定しているようでも
やっぱりしてないもんなんですね。

根本的に言って、それはどうしてかというと、
要するに、死というものが、
潜在的に怖いからです。
このことはたぶん、
お年寄りは直らないと思います。
ぼくも直らない。
悟りを開くというのは
それが直ることなんでしょうから、
状況的にも瞬間的にも、
長い年月にわたる
体が老いていく不自由さということにおいても、
悟りのように肯定的になれればいいんです。
「諦め」とか「気にしない」とか
そういうこととはちがいます。
かんたんにはいかないことですが、
たぶん悟りを開くと
すっきりするんだろうと思います。
糸井 それは、悟りとしか言えないものなんですね。
吉本 ええ。親鸞という宗教家、
あの人はだいたい
平均寿命が38から42歳くらいという時代に、
その倍ちょっと、生きました。
糸井 たしか90年以上、生きたんですよね。
吉本 ええ。署名のあとに92歳と書いた
掛け軸があります。
それは嘘じゃないと思います。
どうやったらそんな期間になるのか、
ちょっと見当がつかないけども。
糸井 それは、医療技術によるものでは
ないですよね。
吉本 ないです。
ただ、とにかく親鸞が
すっきりしていたということは
言えると思います。
いよいよ布教というときには、
本場を離れて関東の僻地に行った。
そして、土地の人に布教したあと、
年食って布教が億劫になると、
さっさとやめて京都へ帰っちゃう。
そして、京都では布教なんかせずに隠居しちゃう。
糸井 必要以上に欲をかかないというか、
自分に期待しすぎないというか。
吉本 そうですね。
それは、あの人流の考え方の
悟りなんでしょうけど、
とにかくやることに
名残惜しいという感じを持たないんです。
ほんとうは持っているのかもしれないけど、
そんなそぶりはしないで、さっさとやめちゃう。
それは見事です。

親鸞が、同じ時代の人の2倍長く生きた理由は、
それ以外には考えられないです。
糸井 それは真似したいですね。
吉本 ええ。真似したいけど、
なかなかねぇ(笑)。
糸井 昔は、年を取ったら
なにもかもが減っていくと思ってたんですが、
考えてみれば、思い出は増えるんですよね。
つまり、鍵がどんどん開いていくわけでしょう?
吉本 それは、間違いなくそうです。
糸井 人間の構造って、たまらないですね(笑)。
吉本 ここで少しぼけると、
狭くなって楽になるのかな、と
思うんですけどねぇ。

もう、ぼくなんかは
歩く範囲も見る範囲も決まっているから、
そういう意味では狭くなります。
だけど、別の要素がどんどん増えていく。
糸井さんも、いまにそうなりますよ。
糸井 すでに思い当たります。
なぜなら、昔よりも確実に
思うことが多くなっているからです。
なんだか、苦労のほうが
どんどん増えていくな、と
いまは感じているところです。
だけど、それがまるっきり嫌かというと、
そんなこともなくて、
そのことを引き受ける覚悟も
いまのぼくにはあります。
ですから、年を取ったら、逆に
長生きに興味が出てきました。
吉本 それがいいと、
ほんとうだと、思います。
糸井 あんまり自分の気持ちを抑えずにいれば、
多少は元気でいられるのかな、という気も
するんですけどね(笑)。
吉本 そうですね。それでいて、
お金持ち、
三井住友金融会社みたいな、
そういうところの主というのは、
ゆったりしてたのしい人生を
送っているかと考えたら、
そうじゃないと思いますね。
糸井 ああ、そうですね、ちがいますね。
吉本 もっときついかもしれない。
わからないですけど、
人によるでしょうけど。
糸井 くわしく知っちゃったぶんだけ、
きっと、きついですよね。
吉本 ええ。そうだと思います。
決して、楽ということはねぇはずだよ、と
思います。
糸井 ねぇですね。
吉本 はい。だから、
あまりうらやましがってもしょうがない。
たまにうらやましがっているくらいで
いいんじゃないかと思います。
糸井 はい。たまに、くらいで(笑)。
うらやましいことは減りますね。
吉本 減りますよ。
どんどん減っていきます。
糸井 あらゆるうらやましさの
向こう側にあるものは、
ろくでもないことだったり。
吉本 人間って、おかしいなと思いますね。
本人も、傍からも
たのしくやってる人がいたらいいな、
いたらうかがってみたいものだねと思いますが、
少なくともそう言い切れるような人は
自分の近くにはやっぱりいない。
俺と似たりよったりだよな、と(笑)。
糸井 みんな似たりよったりです。
吉本 特にひどいとは思わないけど、
俺とおんなじように、
ときどき変な夢を見たり、
変な目にあったりとか、
いろいろやっているだろうなと思います。

(再来週火曜日につづきます)



2009-09-13-SUN

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