テレビと落とし穴と未来と。 ーー価値・無価値・反価値のはなしーー  吉本隆明+糸井重里

05 価値、無価値、反価値。
糸井
吉本さんがおっしゃるのは、
芸術なんていうのは
経済的な価値があるものではない、
ということです。
けれども、実は視線の当て方で、
人と違うものが見えたりしたら、
それは逆に、
価値を呼んでしまうんですね。
吉本
そうだと思います。
糸井
やっぱり、いま、
人々ががんじがらめになっているのは、
価値の体系の中に自分がいるかいないか、
というところだと思います。
その中で無価値とされている人間は辛いし、
また、自分が価値があるかないか、
明日になったらどうなっているか
わからない状況でしょう。

吉本さんがおっしゃっていることは、
「芸術言語論」の「沈黙」のところまで
行くわけです。
そこで芸術の無価値について、
吉本さんは語られるわけですが、
ぼくは、価値と無価値のあいだに、もうひとつ、
反価値というのがあるような気がするんです。
吉本
ああ。
糸井
ぼくらは、価値と無価値と反価値という、
この3つをそれぞれ持ってないと
いまの社会で生きられないんだと思います。

ぼく個人は、これまでの経験から、おそらく
価値の作り方を
よけいに学んできたのかもしれません。
吉本さんは、きっと3つ全部を
均等に意識していらっしゃると思います。

そして、吉本さんが
反価値について語っている部分さえも、
価値に変えてしまうことを、
ぼくはこれまで
お手伝いしてきたんだと思うんです。
この先もこれはきっと、同じだと思います。
吉本
そうですね。
糸井
いろんなことがたいへんだったり、
ご迷惑をかけることもあると思います。
けれども、
「吉本さん、しょうがないですけども、
 こうやって価値にしてください。
 それで一回ご飯を食べましょう。
 そこで無価値の話をしましょう」
ということが、
いまのところのぼくのやり方なんです。
反省すべき点も、たくさんあります。
でも、吉本さんが
了解してくださったことのおかげで、
たくさんの人びとの中の無価値が、
ものすごく活気づいたんです。

吉本さんは、
世の中で誰も言ってない無価値について、
こんなに大きい声を出していらっしゃいます。
ぼくはそれを聞いて、
とても愉快だと思っているんです。
そして、みなさんも「聞いてください」と、
価値を作っていこうとしている。
見ようによっては、とんでもない矛盾です。
でも、価値と無価値の、
両方ともできてないことが
たくさんあると、ぼくは思うんです。
吉本
ええ、そうなんですよね。そのとおりです。
糸井
ぼくははっきりと、
ここは価値を作る、ここは無価値だ、
ということに、
いつも突っ込んでいきたいですし、
そこの配分比をしょっちゅう考えています。
食いたいものを食って、着たいものを着るのが
悪いことなんだったら別です。
吉本
ああ、それは、
悪いことのはずはない。
糸井
無価値であり、価値である、
その吉本さんの手伝いができていくかどうかは、
自分にとっても、ものすごく
愉快な冒険物語なんです。

吉本隆明さんという人が、
これから先も活躍するフィールドがあればいいし、
まぁ、ここまでは、あっちこっちにお願いしたり、
頭を下げたり、社員をどやしたりしながら、
やっとたどりついたんですが‥‥。
吉本
はははは。
糸井
出版にしても、本当に残念ですが、
どうしてもそれだけでは食えなくなっている、
という現状があると思います。
例えばいま、1万冊というのは
単行本として悪くない売れ行きだと思いますが、
1万冊というのは
1500円の本なら1500万円のビジネスです。
著者にとっては150万円の話になります。
年に一冊、1万部売れる本が出たら、
みんなから「立派だね」と言われますが、
どうやって食っていくんだ、
という問題が残ります。
吉本
ええ、そうです。
糸井
つまり、価値の部分が
相対的に地すべりしちゃったんです。
ですから、これからは、
新しい価値を生み出さなきゃならないし、
そのお客さんを作っておかなきゃならない。
そのための努力は、いま
がんばらなきゃいけない。
まずは「ほぼ日」のお客さんなら
そこの、価値、無価値、反価値の、
とても難しい場所の、
近いところにいてくれる人たちです。
これが「ほぼ日」で
吉本さんをはじめとするいろんなコンテンツを
つづけるもとになっています。
吉本
そうですね。
やっぱり、そういうことを考えて、
なおかつできるのは、
やっぱり糸井さんしかいないです。
ぼくは、もう、
そういう真正面さみたいなのは
非常に貴重だなというふうに思います。
糸井
みんな、こういうのを
「真正面」じゃなくて、「斜め」だと
思っているんですよ。
吉本
そうなんです。そうだと思います。
糸井
悔しいですよ。
吉本
それは糸井さん、よくわかります。
だからこっちはもう、開けっ放しでいいから、
そういう考えに沿って
自ずから行く、そういうふうには
ぼくも思っているわけですけどね。
文化的な業界で、
コミュニケーションが大事だという
関係のことをやっていて、
それに対応するやり方を、それなりにできる人は
あまりいませんよ。
糸井
だけど、ぼくは
吉本さんが言ったことをやってるだけなんです。
吉本さんが「理論」だったんですよ。
吉本
自分はやれてないくせに(笑)。
糸井
吉本さんはこう言った、
ああ言ったと、ぼくは覚えていて、
それを実践しているだけのことです。
ですから、たぶん吉本さんにとって
気分がいいかもしれないのは、
そのせいがあるかもしれません。
だけど、ご本人は「ただでいいよ」を
くり返しちゃったんですよね。
吉本
それをできないで、要するに、恰好を
そういうふうにつけないとだめで、
世間には通用せんみたいなことがあるから。
糸井
それはきっと、吉本さんだけじゃなくて
誰の中にもあるんだと思いますが‥‥
吉本
なかなか直らないですね(笑)。
(つづきます)

2008-12-29-MON

前へ


(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN