糸井 |
吉本さんがおっしゃるのは、 芸術なんていうのは 経済的な価値があるものではない、 ということです。 けれども、実は視線の当て方で、 人と違うものが見えたりしたら、 それは逆に、 価値を呼んでしまうんですね。 |
吉本 |
そうだと思います。 |
糸井 |
やっぱり、いま、 人々ががんじがらめになっているのは、 価値の体系の中に自分がいるかいないか、 というところだと思います。 その中で無価値とされている人間は辛いし、 また、自分が価値があるかないか、 明日になったらどうなっているか わからない状況でしょう。 吉本さんがおっしゃっていることは、 「芸術言語論」の「沈黙」のところまで 行くわけです。 そこで芸術の無価値について、 吉本さんは語られるわけですが、 ぼくは、価値と無価値のあいだに、もうひとつ、 反価値というのがあるような気がするんです。 |
吉本 |
ああ。 |
糸井 |
ぼくらは、価値と無価値と反価値という、 この3つをそれぞれ持ってないと いまの社会で生きられないんだと思います。 ぼく個人は、これまでの経験から、おそらく 価値の作り方を よけいに学んできたのかもしれません。 吉本さんは、きっと3つ全部を 均等に意識していらっしゃると思います。 そして、吉本さんが 反価値について語っている部分さえも、 価値に変えてしまうことを、 ぼくはこれまで お手伝いしてきたんだと思うんです。 この先もこれはきっと、同じだと思います。 |
吉本 |
そうですね。 |
糸井 |
いろんなことがたいへんだったり、 ご迷惑をかけることもあると思います。 けれども、 「吉本さん、しょうがないですけども、 こうやって価値にしてください。 それで一回ご飯を食べましょう。 そこで無価値の話をしましょう」 ということが、 いまのところのぼくのやり方なんです。 反省すべき点も、たくさんあります。 でも、吉本さんが 了解してくださったことのおかげで、 たくさんの人びとの中の無価値が、 ものすごく活気づいたんです。 吉本さんは、 世の中で誰も言ってない無価値について、 こんなに大きい声を出していらっしゃいます。 ぼくはそれを聞いて、 とても愉快だと思っているんです。 そして、みなさんも「聞いてください」と、 価値を作っていこうとしている。 見ようによっては、とんでもない矛盾です。 でも、価値と無価値の、 両方ともできてないことが たくさんあると、ぼくは思うんです。 |
吉本 |
ええ、そうなんですよね。そのとおりです。 |
糸井 |
ぼくははっきりと、 ここは価値を作る、ここは無価値だ、 ということに、 いつも突っ込んでいきたいですし、 そこの配分比をしょっちゅう考えています。 食いたいものを食って、着たいものを着るのが 悪いことなんだったら別です。 |
吉本 |
ああ、それは、 悪いことのはずはない。 |
糸井 |
無価値であり、価値である、 その吉本さんの手伝いができていくかどうかは、 自分にとっても、ものすごく 愉快な冒険物語なんです。 吉本隆明さんという人が、 これから先も活躍するフィールドがあればいいし、 まぁ、ここまでは、あっちこっちにお願いしたり、 頭を下げたり、社員をどやしたりしながら、 やっとたどりついたんですが‥‥。 |
吉本 |
はははは。 |
糸井 |
出版にしても、本当に残念ですが、 どうしてもそれだけでは食えなくなっている、 という現状があると思います。 例えばいま、1万冊というのは 単行本として悪くない売れ行きだと思いますが、 1万冊というのは 1500円の本なら1500万円のビジネスです。 著者にとっては150万円の話になります。 年に一冊、1万部売れる本が出たら、 みんなから「立派だね」と言われますが、 どうやって食っていくんだ、 という問題が残ります。 |
吉本 |
ええ、そうです。 |
糸井 |
つまり、価値の部分が 相対的に地すべりしちゃったんです。 ですから、これからは、 新しい価値を生み出さなきゃならないし、 そのお客さんを作っておかなきゃならない。 そのための努力は、いま がんばらなきゃいけない。 まずは「ほぼ日」のお客さんなら そこの、価値、無価値、反価値の、 とても難しい場所の、 近いところにいてくれる人たちです。 これが「ほぼ日」で 吉本さんをはじめとするいろんなコンテンツを つづけるもとになっています。 |
吉本 |
そうですね。 やっぱり、そういうことを考えて、 なおかつできるのは、 やっぱり糸井さんしかいないです。 ぼくは、もう、 そういう真正面さみたいなのは 非常に貴重だなというふうに思います。 |
糸井 |
みんな、こういうのを 「真正面」じゃなくて、「斜め」だと 思っているんですよ。 |
吉本 |
そうなんです。そうだと思います。 |
糸井 |
悔しいですよ。 |
吉本 |
それは糸井さん、よくわかります。 だからこっちはもう、開けっ放しでいいから、 そういう考えに沿って 自ずから行く、そういうふうには ぼくも思っているわけですけどね。 文化的な業界で、 コミュニケーションが大事だという 関係のことをやっていて、 それに対応するやり方を、それなりにできる人は あまりいませんよ。 |
糸井 |
だけど、ぼくは 吉本さんが言ったことをやってるだけなんです。 吉本さんが「理論」だったんですよ。 |
吉本 |
自分はやれてないくせに(笑)。 |
糸井 |
吉本さんはこう言った、 ああ言ったと、ぼくは覚えていて、 それを実践しているだけのことです。 ですから、たぶん吉本さんにとって 気分がいいかもしれないのは、 そのせいがあるかもしれません。 だけど、ご本人は「ただでいいよ」を くり返しちゃったんですよね。 |
吉本 |
それをできないで、要するに、恰好を そういうふうにつけないとだめで、 世間には通用せんみたいなことがあるから。 |
糸井 |
それはきっと、吉本さんだけじゃなくて 誰の中にもあるんだと思いますが‥‥ |
吉本 |
なかなか直らないですね(笑)。 |
(つづきます) |