糸井 |
ぼくらもそのあたりは、本当に 気をつけていかなきゃいけないと思います。 だからこそ、事業にしたいんですよ。 だけど‥‥吉本さんのお話は、 例えがうまくないんですが、 野良猫にマイクを向けたら こういうことを言うんじゃないか、 みたいなところがあって(笑)。 つまり、猫のようにひとりである、ということが とにかく吉本さんの基準になってるんですね。 |
吉本 |
そうです。 自分がどう考えた、とか 自分がどう振る舞うか、ということに対しては、 誰にもなにもすることはできないんだよ、 ということです。 国家といえども、 ぼくがどうするということについて 文句を言うことはできないんです。 |
糸井 |
考えてもいけないという発想が、 世の中にはありますから、 それはそうとうまずいですね。 考える道筋というのがあったわけで。 しかも、本人のせいじゃなく、あったわけで。 |
吉本 |
そうそう。だからもう、 まして文化事業は高級だという‥‥いや、 本当に高級なんですよ。 本当は、高級なんだけど、 高級だということを主張したら、もう、 必ず文化的じゃないところに 追い込まれていくということになります。 |
糸井 |
それは本当に、難しいところです。 価値を出さないと、 人はお金を出さないということも ありますから。 いいことも悪いことも含めて ずるをするんです。 |
吉本 |
そうなんですよね。 ずるといえば、ぼくはいちど、 骨董屋さんで、ごまかされたんです。 |
糸井 |
あ、ご経験があるんですか。 |
吉本 |
上野の骨董屋さんで、 高村光太郎のペンギンの木彫があったんです。 箱書きを見ると「海潮音」とある。 その字がもう、どう見ても 高村光太郎の字なんですよ。 あら、これどうして、もしかすると、 本当かもしれないなんて思いまして。 |
糸井 |
欲が(笑)。 |
吉本 |
欲も絡んで(笑)。 そしてそれは、二十万円足らずの値段が 付けてありました。 「おかしいな、これは」というふうに思って、 高村光太郎の専門家で、全集を作った友人の 北川太一さんに電話をかけて、 「こういうのがあったけど、これは本当かな」 と訊いてみました。そしたら彼は 「いや、そんなはずはない。 高村光太郎の木彫があったとしたら、 いまは数千万だよ」 って言ってね。 でも彼は「そんなはずがない」と言いながら、 「ちょっと俺が行くまで待っててくれ」って 言うんです。 |
糸井 |
ははははは。 |
吉本 |
彼はさらに 「吉本さん、高村光太郎の木彫なら、 こんな小さな蝉を彫ったやつでも、 それが誰の手にあって どこに売り飛ばしたか わかるようになってるんだよ」 とか言ってましたけどね。 そしてふたりで 「もしも本物だったら、数千万というのを 山分けしようじゃないか」 と、店に入っていって、 その主人に 「この彫刻、買うか買わないかは あとで考えるとして、 箱ごと1日貸してくれませんか」 と頼んでみたんです。 断ると思ったら、そこの主人は 「いいですよ、いいですよ。どうぞ、どうぞ」 って。 |
糸井 |
預かっちゃったんですか? |
吉本 |
貸してくれたんです。それでぼくらは、 「おい、もしかすると大儲けするぞ」 と言いながら、高村光太郎の弟さんに そのペンギンを持って行きました。 その人は鋳金家で、高村豊周という著名な人です。 そしたら、とても専門的に、 「兄は、この首のところを彫るときには、 ノミの使い方はこういうふうには 使わないんですよ。 だからこれは偽物ですよ」 って、すぐに言いました。 |
糸井 |
すごいですね。 |
吉本 |
ええ、すごいですね。 専門なんだなぁと思いました。 それで「ちょっと待っててください」と言って、 高村光太郎の書の、詩集を持ってきてね、 「海という字はここから取ったんです」 「潮という字はここから取ったんです」 と、いちいち箱書きの字の出所を示すんです。 |
糸井 |
貼り付けだったんですね。 |
吉本 |
いまの印刷術だと、こうすればうまく できるわけですよ、と説明してくれて。 とたんにふたりともガックリしました。 |
糸井 |
やっぱり欲はかくもんじゃない(笑)。 |
吉本 |
でも、弟さんは、そういうことで ぼくらにいろいろ説明してくれました。 木彫とか、金彫とかいろいろありますけど、 そういう作品を突き詰めていくと、 結局何も彫らないのがいちばんいい、 ということになる、とおっしゃるんです。 |
糸井 |
ああ。また「沈黙」ですね。 |
吉本 |
ええ。ぼくらは「はぁ」とびっくりして、 金属彫刻の大家というのは、 やっぱりすごいんだなと感じました。 それで‥‥骨董屋さんに、返しに行きまして。 |
糸井 |
え? あ、そうだった、返しに(笑)。 |
吉本 |
そうそう。そこの主人に 「どうもありがとうございました」と言ったら、 「いやいや、いやいや」と言いながら、 文句も言わずに、金も取ろうなんてせずに、 受け取ってくれました。 「これは偽物です」というのは、 一度も言わないですよ。 そんなこと、相手はひと言も言わないんだけど、 ただ黙って品物を一晩貸して、それが帰ってきた、 という、それだけのことでしかないんです。 |
糸井 |
登場人物の中で いちばん大人っぽいのは、その親父ですね。 |
吉本 |
そうなんです。 それでぼくはまた「へぇ」と思いました。 専門というのはちがうものだなと思ってね。 一日貸したから、いくらくれとか、 そういうふうに言ったら、 ただの中小企業ですよね。 |
糸井 |
そうですね。 |
吉本 |
見事なもんだと思いました。 |
糸井 |
価値と無価値と反価値。 すべてが入っているとも言えますね。 |
吉本 |
ははははは。 |
糸井 |
では、今回はこのへんで。 今年は、ほんとうにいろいろと お騒がせしたと思います。 どうぞ懲りずに、来年も よろしくお願いいたします。 ありがとうございました。 |
(おしまい) |