吉本隆明の ふたつの目。 ──ほんとうの考えを探し出す──  これまでたくさんの著作を生み、講演を行ってきた 吉本隆明さんが、ずっと気にしてきたことのひとつは、 「ほんとうのこと」についてなのだそうです。 「ほんとう」を探すために 吉本さんが持つようになった視点について、 糸井重里との話をお届けします。 * 吉本隆明さんの講演集は、 7月9日(水)に販売がはじまります。 おたのしみに。
吉本隆明の ふたつの目。 ──ほんとうの考えを探し出す──  これまでたくさんの著作を生み、講演を行ってきた 吉本隆明さんが、ずっと気にしてきたことのひとつは、 「ほんとうのこと」についてなのだそうです。 「ほんとう」を探すために 吉本さんが持つようになった視点について、 糸井重里との話をお届けします。 * 吉本隆明さんの講演集は、 7月9日(水)に販売がはじまります。 おたのしみに。

010 伝えようとはしないで。

糸井 「言葉の幹は沈黙である」ということが
吉本さんの「芸術言語論」の講演の
テーマとして、ひとつ、あると思うんですが。
吉本 そうですね、アメリカだと
「記号論理学」という
学問が発達しました。
かっこよく言うとそうだけど、
それはもともと戦争中の
情報合戦によって生まれたんです。

その名残りで、アメリカは
戦争が終わっても
コミュニケーション主体の言語論を
ちゃんと「記号論理学」という学問として、
残すだけのことをしてきました。

しかし、日本はあんまり
そういった学問をやってこなかったんです。
コミュニケーションみたいなことは
どうも違うよ、と。

例えばときどき
テレビの深夜放送などを見ていると、
よく知らない農家の人が出てきたりして
ふと漏らしたりいることに
僕は「えー」なんて思って
感心して聞いたりすることがあります。
糸井 ああ、そうですね。
日常でやり取りしてる言葉って、
基本的には、消えていってしまうもので、
記録に残ったりするものではないです。
万葉の時代だったら
それを歌で残したんでしょうけれども。
吉本 そうなんですよ。
そういう人の言葉や声を、
それこそ保存できればいいんですけどね。

そういう意味あいで、
僕らに伝わるように
なにかを伝えたことがないんじゃないか、
と思えるような、
偉い人が、ひとりいます。

それは、小島信夫って人です。
(註:こじまのぶお 1915〜2006 作家)
偉い人です。
でも、このあいだ亡くなられたんです。
その人が亡くなられたとき、そばにいた奴がいます。

そいつが小島さんに声をかけたら
「アハハ」って笑って、
目から涙をぽろりとこぼして、
それで息絶えたそうです。

涙を流したことは、
あまり意味があることではないと思います。
僕らにだって
目が悪くてひとりでに涙が出るようなことは
ありますから、
それはあまりあてになりません。
だけど、「ワハハ」と笑ったのは、
いかにも小島信夫らしいなと思います。
糸井 そうやって
コミュニケーション以外のところで
あらわれることのほうが多く、
実は、ほとんどなのかもしれませんね。
吉本 そうなんです。
戦争に負けたから癪だ、ということもあったのか、
僕はアメリカが考えていた
コミュニケーションとは逆のことを
やりたいと思ったんでしょう。
糸井 小島信夫さんは、
吉本さんより少し年上ですね。
吉本 そうです。
たいして年配の変わらない人たちでいえば、
僕は島尾敏雄の次に小島信夫のことを
優秀な人だというふうに思ってました。
惜しい人だったなと思います。

(明後日につづきます)

2008-07-30-WED

(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN