糸井 |
「言葉の幹は沈黙である」ということが
吉本さんの「芸術言語論」の講演の
テーマとして、ひとつ、あると思うんですが。 |
吉本 |
そうですね、アメリカだと
「記号論理学」という
学問が発達しました。
かっこよく言うとそうだけど、
それはもともと戦争中の
情報合戦によって生まれたんです。
その名残りで、アメリカは
戦争が終わっても
コミュニケーション主体の言語論を
ちゃんと「記号論理学」という学問として、
残すだけのことをしてきました。
しかし、日本はあんまり
そういった学問をやってこなかったんです。
コミュニケーションみたいなことは
どうも違うよ、と。
例えばときどき
テレビの深夜放送などを見ていると、
よく知らない農家の人が出てきたりして
ふと漏らしたりいることに
僕は「えー」なんて思って
感心して聞いたりすることがあります。
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糸井 |
ああ、そうですね。
日常でやり取りしてる言葉って、
基本的には、消えていってしまうもので、
記録に残ったりするものではないです。
万葉の時代だったら
それを歌で残したんでしょうけれども。 |
吉本 |
そうなんですよ。
そういう人の言葉や声を、
それこそ保存できればいいんですけどね。
そういう意味あいで、
僕らに伝わるように
なにかを伝えたことがないんじゃないか、
と思えるような、
偉い人が、ひとりいます。
それは、小島信夫って人です。
(註:こじまのぶお 1915〜2006 作家)
偉い人です。
でも、このあいだ亡くなられたんです。
その人が亡くなられたとき、そばにいた奴がいます。
そいつが小島さんに声をかけたら
「アハハ」って笑って、
目から涙をぽろりとこぼして、
それで息絶えたそうです。
涙を流したことは、
あまり意味があることではないと思います。
僕らにだって
目が悪くてひとりでに涙が出るようなことは
ありますから、
それはあまりあてになりません。
だけど、「ワハハ」と笑ったのは、
いかにも小島信夫らしいなと思います。 |
糸井 |
そうやって
コミュニケーション以外のところで
あらわれることのほうが多く、
実は、ほとんどなのかもしれませんね。 |
吉本 |
そうなんです。
戦争に負けたから癪だ、ということもあったのか、
僕はアメリカが考えていた
コミュニケーションとは逆のことを
やりたいと思ったんでしょう。 |
糸井 |
小島信夫さんは、
吉本さんより少し年上ですね。 |
吉本 |
そうです。
たいして年配の変わらない人たちでいえば、
僕は島尾敏雄の次に小島信夫のことを
優秀な人だというふうに思ってました。
惜しい人だったなと思います。
(明後日につづきます)
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